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 そのお団子屋さんは商店街の中ほどにあった。
 店の入り口はドアがない。通りに面して開かれており、たくさんのお団子が並べられたショーケース、それにその場で食べていく人のために緋毛氈がかけられた縁台がある。
 店内には縁起物の豪華な熊手や、招き猫が飾られている。
 そしてきっとあれは奥様の趣味だったのだろう。季節おりおりの花が活けられていて、それはとても美しかった。
 観光地にあるようなにぎやかな店

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02 : 37 a.m.

02 : 37 a.m.

 「これは海外で実際にあった話なんだけどね、とある火事で一家の子供が全員亡くなるっていう痛ましい事件があったの」

 喫茶店で待ち合わせをしたヒナコは、アイスティーをストローで掻き混ぜながらそんなふうに切り出した。
 彼女は概ねこの調子だ。ストレートに話し出すことは珍しく、大体少し遠回りをしてから本題に入る癖がある。それが、話しにくい内容であればなおさらに、彼女はじっくりと慎重に、まるで獲物を狙う

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This Man 腹黒男③

This Man 腹黒男③

 やぁ突然呼び出して悪かったね。
 白々しいって? よく言われるよ。まあ形だけでも礼儀正しい人間でありたいと思うのは大事だよ。
 俺は珈琲にしようかな。
 君は紅茶派かな。そういえば、前に聞いた話だけど、こういうカフェで頼むダージリンには少量のアールグレイが混ぜてあるところが多いそうだ。
 何でも、アールグレイは茶葉を細かく砕いて香り付けするから、比較的安い茶葉でも味の違いがわかりにくい。だから、

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ヒュプノス症候群

ヒュプノス症候群

 茹で蛙の法則は嘘なのだという。
 これは、蛙の入っている水を少しずつ、少しずつ温めてやると、蛙は温度の変化に気が付かず茹って死んでしまうという話だ。変化に気付くことができない人間への警笛としてしばしば上げられる逸話だが、実際には、蛙は途中で飛び出して逃げるそうだ。
 この話から学べることは2つ。
 人は誰かに話したくなるような面白い逸話を鵜吞みにしてしまうこと。
 蛙よりも人間の方が愚かであると

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21階 会議フロア

21階 会議フロア

 人生で2度目の就職先となった会社は、可もなく不可もなくという所だった。
 取り立てて意地の悪い社員がいるわけでもないし、残業も毎日30分くらいある程度だ。有給も消化できたし立地条件も悪くない。1度目の就職に大失敗した後では、天国のような場所だった。ただ、これから先、20年、30年とこの仕事を続けていくのだと考えると、うんざりしてしまうのも確かだったけれど。
 それが社会人ってもんよ。
 母親はそ

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掌編小説)いちばん

掌編小説)いちばん

蝉の声は何かを掻き消さんとばかりに鳴り響き気温は30度を越えて、すっかりと夏らしい日々が続いている。
時計の針がもう少しで重なろうかと言う時間に私はモゾモゾとベットから這い出し、洗面台の前に立っていた。
鏡の中の気怠そうな私が『もう終わりにしたら?』と不気味な笑顔をこちらに向けていた…。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

私は兼ねてから希望していた進学校として名前の通った学校に受かっ

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狒々の山

狒々の山

 「怖い話って言うか笑い話なんだけどさぁ」

 二杯目まではビールで。三杯目をハイボールにかえたあたりから、頭が心地よい酩酊にふわりふらりと揺れていた。
 居酒屋特有の誰とも分からない話声、笑い声がどっと溢れたかと思えば、意識の外に消えていく。カランっとグラスのぶつかる音、ホールから聞こえて来る何かを炒めるジャッジャっという香ばしい音。そんな様々な音が、橙色のライトにまじりあって、ほどよく意識を鈍

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【掌編小説】面白い話

【掌編小説】面白い話

狭い部屋で2人、特に話題もない。
僕は思ったままを口に出した。
「はあ、なんか暇になってきた。もっと面白い話聞かせてよ」
僕は大袈裟にため息を吐いて、彼女のことを見つめた。
彼女は少し思いを巡らせてあとに意を決したように話し出す。
「私ときどき思うの。死は通過儀礼的なもので、この人生は次の人生のための予行演習なんじゃないかって」
彼女の声は少し震えていた。
「なるほど、それは面白い考え方だね。どう

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信号は赤

信号は赤

 僕の地元にはちょっとおかしな交差点があるんです。
 交差点だなんて言うと、大通りが交わっていて車がたくさん行きかうのを想像するかもしれないけれど、僕の地元にあった交差点は、車通りなんてほとんどない、田んぼの真ん中を通っている道でした。
 夜になると街灯ひとつなくて真っ暗なんです。
 いえ、違いました。そこの交差点にはぽつんと信号機がたってる。だから、畑の真ん中の真っ暗な道を走っていくと、ぼんやり

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