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なぜ女子高生を買うのか?それぞれの理由の中に見える様々な偏見や歪み。或いは『フワつく身体』第二十二回。

※文学フリマなどで頒布したミステリー小説、『フワつく身体』(25万文字 366ページ)の連載第二十二回です。(できるだけ毎日更新の予定)

初回から読みたい方はこちら:「カナはアタシの全て……。1997年渋谷。むず痒いほど懐かしい時代を背景にした百合から全ては始まる。」

前回分はこちら:二人はミツルと名乗る男の誘いに乗り、デートクラブに所属することになる。或いは『フワつく身体』第二十一回。

『フワつく身体』ってどんな作品?と見出し一覧はこちら:【プロフィール記事】そもそも『フワつく身体』ってどういう作品?

八割方無料で公開いたしますが、最終章のみ有料とし、全部読み終わると、通販で実物を買ったのと同じ1500円になる予定です。

本文:ここから

●一九九七年(平成九年) 九月十二日 世良田美頼の日記(承前)

 それからしばらくして、デートクラブのソファーの上でゴロゴロしていたら、アタシに指名がついた。

 指名してきたのは、アライさんという、四十代半ばのオヤジだった。ヨシキによると、デートクラブの立ち上げに関わったうちの一人だと言う。

「東京都の偉いさんで、条例の制定とかに関わっているのに、ロリコンなんて業が深いやつだよな。逆に、オレたちに規制に関する法律がどうなっているのかリークしてくれる貴重な情報源でもある、だから失礼のないようにね」

 アライさんはもじゃもじゃの天然パーマでメガネをかけていて、ドラえもんとかキテレツ大百科とかにたまに出てくるラーメンを食べてるキャラクターに似ていると思った。

 アライさんにそう言ったら、

「よく言われるんだ。アライなのにコイケさんなんだ」

 と言われた。そして、アタシはあのキャラクターの名前がコイケさんだったことを思い出した。

 ヨシキからは、失礼のないようにと言われたけれど、どうするのが失礼じゃないのか、アタシにはよく分からなくて、他のオヤジと同じようにエッチしただけだった。

「どうして、高校生の女の子を買うの?」

 終わったあと、アタシはアライさんに聞いてみた。前にハットリさんにも聞いていたし、デートクラブを作ってまで、女の子を買おうとするなんてどういうことなのか不思議に思ったからだ。ハットリさんの理由はあんまりよく分からなかったけれど。

「そんな、性癖に理由なんてないよ。ボクは若い子に興奮する、それだけだ」

 たしかにそうなのかもしれない。

 あんまり聞くと、これこそが失礼に当たるのかな、なんて思ったら、アライさんは続けた。

「ボクの高校時代は、学生運動の下っ端みたいのがモテたんだ。反体制気取ってカッコつけて。そうじゃないオレはモテなかった。こんなバカみたいなものはすぐに終わるって信じて勉強してた」

 アライさんはそこまで言うと、立ち上がってハンガーにかけてあったスーツの内ポケとからタバコを取り出して、火をつけた。

「本当は官僚になりたかったんだけどね、ボクと同じクラスで反体制ごっこしてたやつが、国家一種受かってね。悔しかったな。ボクが青春を返上しても手に入れられなかったものをやすやすと持っていってね。だからボクはあるべきだった青春をこうやって取り戻しているのかもしれない」

 やっぱりオヤジが女の子を買う理由はよく分からない。

 でも、アライさんは、

「いや、やっぱりそんなのはこじつけだな、若い子が好き、そのことに理由なんてないんだ。だいたい、女なんて、二十五すぎたらみんな不良債権みたいなものだよ」

 と言った。

 不良債権、最近、ニュースでよく出てくる言葉だ。

 アタシが小学生のころ、世の中はすごく景気が良くて、銀行はじゃんじゃんお金を貸してくれたらしい。でも、アタシが小五のときに、バブルというのが崩壊して、それからだんだん世の中が不景気になった。

 だから、日本のいろんな会社が返せなくなった負債をたくさん抱えていて、それを不良債権って呼ぶそうだ。

 二十五すぎた女の人が不良債権なら、アライさんみたいな、オヤジはなんなんだろう。


●一九九七年(平成九年) 九月十七日 世良田美頼の日記


 デートクラブの控え室で勉強してるわけでもないのに、この日記を書いているのは恥ずかしいところもあるんだけど、やっぱり今日のことは書いておくべきだと思ったので書いておく。

 今日、指名があったのは、タバタさんという常連だった。もう、六十近い人だった。

 と言うか、タバタさんこそがこのデートクラブの最大の出資者で、お客さんもミツルがやってたテレクラからの紹介と同じくらい、タバタさんからの紹介が一番多いんだそうだ。

 タバタさんは、すごく大きな不動産会社の社長で、渋谷にもたくさんビルを持っているそうだ。でも、バブルが崩壊してからはちょっと大変らしい。

 タバタさんは、笑福亭笑瓶みたいな派手なメガネをかけたひょうきんなオジサンだった。手荒なことはぜんぜんしなかったし、むしろ優しかったけど、アタシはなんだか怖かった。

 ミツルやヨシキと同じ種類の怖い匂いがあった。

「ねえ、どうして女の子を買うんですか?」

 終わったあとで、ハットリさんにもアライさんにも聞いた質問をしてみた。

「なんで、君はそんなことを聞くんだい?」

 タバタさんはアタシの目をまっすぐに見て答えた。笑っていたけど、やっぱりなんか怖かった。

「ハットリさんにも、アライさんにも聞いたから、でも、聞いたけどよく分からなかった」

「よく分からないのに聞くの?」

 タバタさんはベッドの上で腕を組んでアタシの方を見た。タバタさんの腕にはダイヤモンドを散りばめた高級時計がはまっていた。たしかブルガリの一千万ぐらいするやつだ。

「たぶん、よく分からないからこそ、聞くんだと思うんです」

「君は、野坂昭如って知ってる?」

 なんでそんなことを聞くんだろう。

「ノサカ、……ああ、小学校のころ、大島渚監督と殴り合ってるのをテレビで見ことがあります」

「彼が書いた、『火垂るの墓』は知ってる?」

「知ってます。見ました。小学生のとき、アニメで。ていうか、あの原作書いたのがあのオジサンだったんだ」

「ボクはまだ、アニメの方は見たことがないんだ。よくできているって聞いたけど、ボクらの歳だと、アニメなんて子供のものだという先入観が抜けなくてね。あの小説は野坂さんの実体験が元になってるんだけどね、ボクと野坂さんの境遇は似ていてね」

「そう……なんですか」

「野坂さんはボクの三つ上で、パーティーなんかにも来てもらったことがあってよく知っているんだけどね。野坂さんは話を盛るのがうまいからね。本当はお母さんは怪我しても生きていたし、一緒に住んでいたおばあさんもいた。でも、ボクは正真正銘の戦災孤児だった」

 戦争の話は苦手。

 いつだってかわいそうで、悲しい。そしてその後で大人たちはアタシたちにお説教をする。その感じが苦手。

「ボクんちは木場にあってね。もう他の同級生たちは、集団疎開で新潟に行ってたんだけど、ボクは八つ離れた下の妹の世話もしなくちゃなんなかったからね。母さんと三人で、栃木にいる叔母さんのところに厄介になる予定だったんだ。でも、その前に、あの東京大空襲が来た」

 私は悲しいにきまっている話を聞くために、黙ってうなづいた。

「B29は木場から深川、本所、浅草へと焼夷弾を落としていった。ボクは炎の中を逃げ惑って、途中で母さんが目の前で落ちてきた柱の下敷きになって死んだ。それでもボクは三歳の妹を抱えて炎の中を逃げ惑った。もうどこをどう走り回ったのかも今となっては覚えてやしない。気がついてみれば、ぜんぶ焼け野原になっていた。近所の人もどこに行ったんだか分かりゃしない。十一歳の子供には、栃木に連絡する手段も分かりゃしない。食べ物もどうやって手に入れたらいいのか分からない。飢えて、飢えて、戦争が終わって少ししてから、妹が死んだ。あの小説みたいに」

 アタシは小説は知らないから、アニメの節子を思い浮かべた。

 やせ細り、兄の清太が持ってきたスイカを食べられずに、やがて息をしなくなってしまう節子を。

「ボクは、そこから這い上がった。ブリキ缶集めて金に変えて、そこから自転車屋起こして、不動産に目をつけて、日本中を買い漁り、アメリカやイギリスの土地まで買った」

 アタシはその話がさっきの質問とどうつながるのか分からなかった。

「どうして、生き延びて成功した清太が、今女子高生を買っているの?」

「たぶん、ボクは君たちを罰しているんだよ。少しね」

「どうして?」

「だって、君たちは生まれたときからなんでも揃っていただろう。テレビに冷蔵庫、洗濯機、家には車。暑い日にはクーラー。それどころか小学生になったころには、テレビゲームさえあった。飢えることなんて知らずに生きてきたろう。君たちはズルいよ」

 アタシはなんて返していいか分からなかった。

「妹はそう言うものを何一つ知らなかった。知らないまま死んでしまった。あらかじめ恵まれた世界を生きている君たちを、ボクは罰しているんだよ」

 アタシはタバタさんこそズルいと思った。

 女の子とエッチしたいっていう欲望にそんな言い訳がつけられることが。

 それに、本当にアタシたちは何もかも揃っているんだろうか。

 タバタさんは言った。

「バブルが崩壊してから、ボクは失うばっかりだ。生まれたときからなんでもあった君たちも、これから失うばっかりだろう。かわいそうに」

 やっぱりタバタさんは怖い人だと思った。

 タバタさんは、それから急に明るくなって、最初のひょうきんな感じに戻った。なんかダジャレを言っていたけど、忘れた。滑っていたし。

 タバタさんは、なんか申し訳なくなったのか、さらに五万くれた。

 でも、やっぱりこの人は怖い、という印象は変わらなかった。

 タバタさんの火垂るの墓みたいな話は重すぎて、なんだか胸の中にしまっておくのも苦しいし、でもデートクラブの子と話すような話でもないので、こうして日記に書いておくことにした。

 それから、カナは生理中だって言って、デートクラブには来ないで控え室の方にずっといたはずだった。

 それが戻ってきたら、どこにもいなかった。

 カナになら話せたのかもしれないのに。

 それから三十分ぐらい経って、アタシは思いつきでやってみようとしたジョギング中にカナを見かけた。

 デートクラブにいるとお菓子をついついつまんでしまう。気がついたら二キロも太っていた。ヤバい。もう気休めでもなんでもジョギングとかした方がいいだろう、と。

 アタシはマツリちゃんたちに笑われるのも気にしないで、

「ちょっと走ってくる!」

 って言って、デートクラブの周りをグルグル走ってみた。でももともと運動神経が鈍いからすぐに息が上がってしまった。

 そうして、路地裏でハアハア息をしていたら、カナとヨシキが並んで歩いているのを見たんだ。

 どうしてヨシキと一緒にいるんだろう。

 そう思ったけど、アタシは声をかけることができなかったんだ。

本文:ここまで

続きはこちら:第二十三回

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※この話はフィクションであり、現実の人物、団体、施設などとは一切関係がありません。

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性的好奇心を満たす目的で、一八歳以下の児童と、性交若くは、性交類似行為を行った場合、
五年以下の懲役若くは五百万円以下の罰金、又はその両方を併科されます。
本作品は、こういった違法行為を推奨、若しくは擁護するものでは決してありません。

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