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あの頃、加奈や美頼は堕落の象徴であった……二人は混迷の時代の中、大きな物語に縋ろうとする人々と邂逅する。或いは『フワつく身体』第十二回。

※文学フリマなどで頒布したミステリー小説、『フワつく身体』(25万文字 366ページ)の連載第十二回です。(できるだけ毎日更新の予定)

初回から読みたい方はこちら:「カナはアタシの全て……。1997年渋谷。むず痒いほど懐かしい時代を背景にした百合から全ては始まる。」

前回分はこちら:カナは自分だけを見ていると思っていたのに……奔放な加奈に振り回される美頼。二十年後の環は捜査一課に出向く。或いは、『フワつく身体』第十一回。

『フワつく身体』ってどんな作品?と見出し一覧はこちら:【プロフィール記事】そもそも『フワつく身体』ってどういう作品?

八割方無料で公開いたしますが、最終章のみ有料とし、全部読み終わると、通販で実物を買ったのと同じ1500円になる予定です。

本文:ここから

▼参考文献より引用

 ポスト・モダンの悪しき影響を受けたバカどもは国家など幻想にすぎない、歴史は物語にすぎない、と得意気に語る。
「すぎない節」を歌って踊っても何の意味もない。
 国家や歴史は物語に「すぎない」とヘラっと言えるようなものではない。
 誰もがその物語を共有することによって自らに成約を加え、アイデンティティを獲得している。
 物語を失うことは制約のない自由の中に子を放り出されることであり
 国民が国民でなくなりたちまちオウムなどの小さな物語に回収されてしまう危険がある。
「物語」は大切である。
 その大切さを自覚できないほど日本人は幼稚化している。
 わしは西尾幹二氏が「歴史は物語だ」と言ったことに感動して協力する気になった。
 事実はこれだファクトはこっちの方だと論争しているようではまだまだ近代合理主義の枠内での教科書しか作れない。
 事実は最重要で煎じ詰めるが「物語」にするためには事実の列挙をどこか超えねばならない。
 わしは今こう主張している。
 教科書には「第一章神話」と書くべきである。
 つまり「神話」とタイトルすることでこの章が物語であることを自覚させる。
 国の始まりを「おはなし」で語ることによって子どもたちの深層心理に人間の歴史は物語として語るしかなく、
 その物語の共有で国民が成り立つのだということをまず暗示しておくのだ。
 歴史を相対化する目もあえて自覚的に絶対化する目も教えておく。
 子供たちが無意識にそこまで複雑な思考の原初形態を獲得できるようにしてあげたい。
 そのためには「第一章・神話」このタイトルで新しい歴史教科書を始めるのがベストだ。
 神話は実際面白い。
ワクワクするような面白い話から、歴史に導入するのは子供の学習意欲を高めて良いことではないか。

 ※小林よしのり(2001)『新ゴーマニズム宣言 4』小学館文庫 p.108
 (初出 『SAPIO』1997年7月23日号 小学館


●一九九七年(平成九年) 七月二十七日 世良田美頼の日記

 ここ一月ぐらい日記をつけていなかった。

 カナとアタシとショウの関係はなんだかとても奇妙なものだった。

 うまく言葉に言い表すことができずにいるうちに、一月経ってしまった。そんな感じだった。        

 カナもアタシも、援助交際を続けていて、相変わらずオヤジからお金をもらっては渋谷で遊ぶのに使っていた。

 あのカラオケボックスで二人清め合うのも変わらなかった。

 それから、アタシもママをすっごい説得してピッチを作った。

 ショウはその間、別の女の子をナンパして、食事したり、ホテルに行ったりしていた。

 その後、ずいぶん遅くなってから、カナと落ち合って、二人どこかに消えていった。

 ショウはいくら女の子とエッチしたって、お金がもらえるわけじゃないし、むしろ、食事代やホテル代はショウが出すから、お金が追いつかないらしかった。

 カナとアタシが渋谷に来ていても、ショウは来ていないこともけっこうあった。

「カナ一人にしぼればいいのに」

 とあるとき、思わずアタシが言ってしまったら、

「それじゃ、ショウの生き方に反するんだ。ショウにとって、セックスは薄汚れた日常を生きるための修行みたいなものだからね」

 とカナに返された。

「相変わらずよく意味が分からないよ。ショウがナンパした子の中で本気になっちゃう子がいたらどうするんだろう」

「ショウはそんな子は重いって、今日日、恋愛に万能の救済を求めるのは間違ってるって言ってた。まあ、でも実際はショウがそのとき、どう思うかだろうね」

 ただ、ショウがカナと付き合いながらも、ナンパ師のままでいて、カナに一途な感じにならないから、アタシはカナと今までと同じように接することができるのかもしれないと思った。

 ショウは、高校生まではすごく真面目に生きてきて、生徒会とかにも入っていたらしい。あと、中学のときは足がすごく速くて、四百メートル走で全国大会にも出たことがあるらしい。運動神経の鈍いアタシにはとてもうらやましいんだけど、高校に入ると別に陸上選手を目指しているわけじゃないからって、すっぱりとやめてしまったそうだ。

 真面目に生きてきたからこそ、大学一年のときにオウム事件があって、ショウは理系だからすごくショックを受けたらしい。それからいろいろあって不真面目になることにして、ナンパ師をはじめたらしい。

 ショウはアタシと会うとアタシともエッチしたがった。カナも、

「そうすれば、いいじゃん」

 とか言ってたけど、アタシは絶対に嫌だった。オヤジたちとはお金をもらえるから、我慢しているんであって、お金をもらわないで好きでもない男の人とするのなんて絶対に嫌だった。

 もしかしたら、アタシは、カナにとって重いのかな。重いとか重くないとか言うのは男女だからだよね。女の子どうしならちがうよね。

 アタシはそう思いながら、カナには直接言うことはできなかった。

 重いって言われたら、きっとアタシはカナにとってすっごいダサい。

 加奈はショウができたからと言って、トパーズの指輪を外すことがなかったのがとても嬉しい。

 でも、アタシはカナからもらったシャネルのカメリアリングを外したままだった。

 ケースを別で買って、コインロッカーにしまってある。

 指輪が大きいので、かわいいんだけどちょっと邪魔だし、どっかにぶつけたりして欠けたりしてもやだなあと思うのも理由だけど、一度外してから、もう一回つけるタイミングを見失ってしまった気がする。なんで、そうなのかは自分でも分からない。


 それから、今日のこと。

 ショウの付き合いでアタシたちは、真面目ぶった勉強会に行くことになった。

「カナとは考え方がぜんぜんちがう連中だし、ミヨリちゃんは興味ないと思うけど、薬害エイズに関わってたころの友達の付き合いで、数合わせにどうしてもって言うから」

 カナもアタシも暇だったので、付き合ってみることになった。

 ショウもその友達も、ある漫画のファンで、その漫画に影響されて、薬害エイズ訴訟にボランティアとして関わるようになったんだそうだ。

 薬害エイズは去年ぐらいまで、しょっちゅうニュースでやってたから知っている。

 血友病という病気を持った子供たちが使っていた注射の中にエイズウィルスが入っていて、今のところ治る見込みのないエイズに感染してしまった。

 注射に使っていたその薬は加熱すれば、エイズウィルスは殺菌できるということが海外では分かりはじめても、製薬会社も厚生省も加熱してない薬を危険と知りながら、売るの止めなかった。そうして、血友病患者のエイズ感染者が増えてしまった。そう言うかわいそうな話だった。

 なので、集団訴訟が起こって、厚生大臣が謝罪したり、なんてことがあった。

 その運動にたくさんの学生ボランティアが関わっていて、ショウはその一人だったようだ。

「その漫画家が運動に興味なくして、主張を変えて、オレもそいつも薬害エイズの運動に関わるのはやめたんだけど、オレは漫画家について行かなかったんだよね。漫画家は、ボランティア活動で自分を探しちゃうような『純粋まっすぐ君』はダメだって言って、オレもそうだと思ったから、運動をやめたのに、そのあと、漫画家はなぜかナショナリズムに走ってしまった。だから、オレはマキガミの本を読んで自分を薄汚れた世間に適合させるために、ナンパ師になった。でも、そいつは漫画家についていった。まだ連絡は取り合っててどうしてもって頼まれたんだ」

 ってショウが言ってた。

 待ち合わせは半蔵門線の九段下駅で、改札を出たところの長い階段の下で、ショウの友達とだというネクラそうな人が待っていた。アタシたちは今日は私服を着ていて、女子高生じゃなくて、女子大生だって伝えた。

 カナもアタシもアルバローザのお揃いのホルターネックワンピースだった。カナは黒地に青いハイビスカス、私は黒地にピンク色のハイビスカス。

 本当は肩をラメで光らせて来たかったんだけど、こういう勉強会で肩出すのはどうかなとカナが言ったので、アタシたちは、レースのカーディガンで肩を隠した。足元もカナとお揃いのウェッジソール。

 カナは買ったばかりのシャネルのミニバッグを持ってきていた。シャネルらしいキルティング加工がされた黒い革でできているけど、大きさは二十センチぐらいしかない。この夏の新作だった。カナの華奢な指にピッタリ合って、ほんとう、カナが持つために作られたバッグにアタシには思えた。

 ショウの友達は、ショウが女の子を二人連れてきたのがうらやましいとか言ってた。「まるで、アスカとレイだな」とか言ってたかな。エバなんとか言う最近流行ってるアニメの話みたい。別にどっちがどっちのキャラクターっていうことはなくて、ただ女の子を二人連れているから言ってみただけだそうだけど。

 アタシが高校に入ってから無視してる、中学のときのクラスメイトたちも、教室にいるときにそのアニメの話をしてるのが聞いていた。アニメとか見るようなグループにもう入りたくないので、ぜんぜん興味ないけど。

 それで、アタシたちが連れて行かれたのは駅からちょっと歩いた大きめの会議室と言うか小さいホールと言うか、そんな場所だった。

 百人ぐらいは来ていただろうか。来ていた人の年齢はバラバラで、オジサンもいたけど、若い人もいた。半分ぐらいが女の人だったけれど、女の人はほとんどの人が、三つ編みおさげをヘアバンドみたいに巻きつけた同じ髪型をしていた。あれはなんだったんだろう。男の人の格好はみんな普通だった。来た順にパイプ椅子に座らされた。

 三つ編みヘアバンド女の人たちの格好はとても地味で、みんなロングスカートを穿いていた。カーディガンを羽織っているとは言え、アタシたちのミニスカート丈のワンピース姿は浮いていた。

 パイプ椅子の奥には、舞台というほどでもないけど、三十センチぐらい高くなっている場所があって、そこに長テーブルとパイプ椅子。テーブルの上にはペットボトルのお茶が置いてあった。

 舞台の上には、横断幕があって、「現代日本の教育を考えるシンポジウム1997」と書いてあった。

 しばらくすると、清楚っぽいブラウスに、ぴっちりしたタイトスカートと黒いストッキングを履いたちょっとエロい感じの女の人が、舞台の上に立って司会をしはじめた。髪型は普通のセミロングで、三つ編みヘアバンドじゃなかった。

 特にテレビとかで見たことはない人だった。芸能人でやっていくには、歯茎が出過ぎてると思ったし。

 その司会の女の人が、「こんなにたくさんの人にお集まりいただいて」とか、ありがちな挨拶したあと、今日、話をするオジサンが三人入ってきた。

 猫背のメガネのオジサン、白いひげのオジサン、黒いひげのオジサンの三人だった。名前は長テーブルのところに張ってあったコピー用紙に入っていたけど、忘れてしまった。ひげ率が高いなと思った。

 オジサン三人が入ってくると、会場から拍手がわきおこった。特に三つ編みヘアバンドの女の人たちが熱心に手をたたいていた。

 オジサンたちの主張は全員おんなじ感じ。今の日本は「ミッ教祖」が悪くした。ミッ教祖ってなに? 悪の秘密結社かなんかかな。

 だから、援助交際をする女子高生が現れたり、殺人を犯す十四歳が現れたりしたんだって。アタシたちがウリをはじめるに当たって、そのミッ教祖さんとやらの指示を受けたわけじゃないし。

 それで、日本を再生するには、子供たちに愛国心を植え付けることが大事で、さらに父親が強くなることが必要なんだって。

 愛国心があれば、日本のためにアタシたちはウリをやめるだろうか。分かんない。だってアタシたちにお小遣いじゃ買えないような、服やバッグを売る人たちがいて、アタシたちに物を買うように広告を出す人がいる。

 愛国心があったらやらないのは、そっちの方じゃないんだろうか。

 それから、アタシたちを買うオヤジたちも、きっと誰かのお父さんなんだろうけど、その人たちがお父さんとして強くなれば、女子高生を買うのをやめるんだろうか。たぶん、あんまり関係ないと思う。

 そう言えば、一月半ぐらい前に、たまごっちでアタシを釣ろうとしてきたオヤジも、似たようなことを言っていたなと思い出した。たぶん、そんな世の中、偉そうなオヤジが増えるだけだと思う。

 それから、教科書から従軍慰安婦の記述も削除しなくちゃいけない、ミッ教祖さんが日本を貶める差し金なんだって。その話はよく分からないけど、なんだか唐突だった。

 それから、黒ひげのオジサンが、そもそも戦後GHQによって、平等や人権という、日本に合わない価値観を持ち込んだことが良くないって言ってて、他の二人のオジサンもうなづいてた。

 これは本当にぜんぜん分からなかった。だって、平等や人権が良くないのだったら、貧富の差とか差別とかいっぱいある世の中が良いってことになっちゃわないだろうか。

 だけど、「その先にバブルの崩壊があったんです」「オウムがあったんです」「こないだの神戸の十四歳の少年の事件があったんです」って言うと納得させられちゃうような、謎の説得力があった。

 ショウの友達は、この謎の説得力にはまってしまったのかな、と思った。

 最後に質疑応答の時間があった。すると、カナがすっと手を挙げた。

「先ほど、従軍慰安婦は自由な商行為であったのだから、教科書に載せるのにそぐわないとおっしゃっていた一方で、女子高生の援助交際は、戦後民主主義がもたらした悪であるとおっしゃっていましたが、女子高生の援助交際は少女たちの自由意志に基づく商行為であり、むしろ親に売り飛ばされたり、悪辣な環境に置かれているわけでもない分、戦時中の従軍慰安婦に比べたらずっとましであり、明らかにダブルスタンダードではないのでしょうか」

 周りから冷ややかな視線が飛んできた。だけどカナは動じていなくてカッコよかった。

 そうすると、黒ひげのオジサンがマイクをオンにして答えた。

「今の質問に対してですが、教科書に載せるべきか否かの話であって、悪かどうかで言えば、どちらも悪、と言うしかありません。いつの世も存在する逸脱です。売る方の貞操の問題です」

 するとカナがすぐに、司会者に渡されたマイクをオンにした。

「今、売る方の貞操の問題とおっしゃいましたが、買う方に問題はないと?」

 すぐに黒ひげのオジサンが答えた。

「今はそういったことを議論すべき場ではありません。また、我々の立場として、援助交際などと言うのは、五十年前に若くして散っていった特攻隊員を始めとする英霊に申し訳ない、そう言う立場です、九段下がどういう場所か、君は分かっているのかな」

 周りの視線がいっそう冷たくなった。特に、三つ編みヘアバンドの女の人たちの視線が刺すように痛かった。

 司会のエロい感じの女の人が、場の空気を読んで

「え、それではこの彼女の質問はここまで、ということにさせてもらいまして、他にご質問ある方?」

 とカナの質問を切り上げた。

 カナは納得行かないようで、ムスっとした顔をしていた。

 そのあとは二人、壇上のオジサンたちの言っていることに賛同する発言が出て、この会は終わった。

 三つ編みヘアバンドの女の人たちが、席を立つとき、アタシたちの方を見て、

「ふしだらな格好」

「コーサク員」

 みたいに言っていくのが聞こえた。コーサク員って、どういうことなんだろう。

 アタシたちも席を立って、会議室を出ると、ショウの友達がやってきて、
「困るよなー。君たちはただの数合わせだったんだから、真面目に反論されると。この会は同じ意見の人が集まって、結束するためのものなんだから」

「それじゃシンポジウムの意味ないじゃないですか」

 カナは不機嫌なままだった。

 それから、九段下の駅に向かいながら、カナはずっと不満たらたらだった。

「なんだったんだよ。このシンポジウム。愛国心がそんな万能なら、半世紀前も戦争に負けたりしなかったっつーの。それに、特攻隊の名前出してくるのズルくない? たしかに特攻で死んだ若者たちはかわいそうだけど、そんな作戦を立てて、命令をしたやつらって、結局オヤジでしょ。女子高生を買ってるのもオヤジ。どっちも本質はオヤジの振る舞い方の問題で、方や美化して、方や叱責して、若い子に理想や責任を押し付けてるだけでしょ」

 アタシはやっぱりカナは頭がいいなあと思って見ていた。

本文:ここまで

続きはこちら:第十三回

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※この話はフィクションであり、現実の人物、団体、施設などとは一切関係がありません。

※警視庁の鉄道警察隊に渋谷分駐所は存在しません。渋谷駅、及び周辺でトラブルにあった場合は、各路線の駅員、ハチ公前の駅前交番、渋谷警察署などにご連絡ください。

※現在では、一九九九年に成立した児童買春・児童ポルノ禁止法において、
性的好奇心を満たす目的で、一八歳以下の児童と、性交若くは、性交類似行為を行った場合、
五年以下の懲役若くは五百万円以下の罰金、又はその両方を併科されます。
本作品は、こういった違法行為を推奨、若しくは擁護するものでは決してありません。



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