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物語り 愛と涙と星のきらめき 8
遮光カーテンを開けると、眩しい朝の陽光が一瞬の迷いもなく部屋の中になだれ込んできた。
ガラス戸越しの庭に盛りを過ぎようとしていた花みずきが、昨夜の慈雨に再び勢いづいて白い花姿を楚々と輝かせている。
久しぶりに殉難のひとかけらも感じないで済んだ爽やかな朝の目覚めだった。毎夜眠りに落ちるまで、施設で暮らす妹のことを思わない日はなかったから…。
梨花はその存在を確かめるかのように妹の部屋を覗
物語り 愛と涙と星のきらめき 7
梨花が滝沢医師から託された手紙を母は長い間手の中に握りしめていた。
看護学校に在学中、実習に入った施設の様子を思い出したのか不安を滲ませ、暫く不動のまま…。
——この母と離れて暮らした年月がどんなに重く子供たちの上にのしかかっていた事か、やりきれない思いで過ぎた日々を振り返る。
重厚な無垢材のダイニングテーブルや縦横1・8メートルほどもある大きなカップボードや食器の類い。
この家にあ
物語り 愛と涙と星のきらめき 6
「長谷川梨花さん、どうぞ中へお入り下さい」
問診の書類を片手に自ら診察室のドアを開いたのは、小柄な中年の女性医師だった。
ー滝沢メイ・クリニック
精神科と心療内科の両科目を掲げ、しかも女性医師という条件をもって梨花が探し当てた診療クリニックだった。
滝沢医師は書類に目を落としながら 落ち着かない様子の梨花に椅子をすすめた。
「加奈さんのお姉さんですね。先日はお母様がいらっしゃいました
集団のつるむ心理は抗えない弱者への虐待を生み、順境の者の心理は逆境の者への無理解無関心に通じる————「いじめに発展する構図とその周辺」 縷々
「再掲」 粋人と「水ぼたる」
「蛍を見に行こう」と誘われた。
ずいぶん昔の梅雨入り前のことである。
その友人は、私同様転勤族だった。家事の合間を見計らっては団地周辺に広がる里山を駆け巡り、一人自然を堪能していた。
神出鬼没のスタイルはとても真似ができない。本人も思い立ったら即行動だから当然単独の探索になってしまう。
多動性ナントかと言って揶揄する人がいたけれど、金融系の頻繁な移動は一般企業とはかなり異なる。何処へ行っ
「大地」と著者パール・バックを語る 其の3 後半
パール・バックは、キリスト教布教の目的で中国に派遣された宣教師の娘として、生後間もない時期から三十数年に及ぶ年月を大陸で過ごしました。
のちに夫となったジョン・ロッシング・バック博士の農業指導に同行して北部の一農村に足を踏み入れます。
彼の地でパールが目にしたのは、苛烈な環境に身を置く農民の姿、そして怨嗟の声でした。この時の体験が作品「大地」の骨格となったのです。
父のもとを去って親戚に
「大地」と著者パールバックを語る 其の1
パールバックは1938年ノーベル文学賞を受賞したアメリカ初の女性作家です。
その受賞作「大地」の舞台となった時代の中国は、古い時代から近代へと移行する過渡期にありました。
改革と銘打った「大小の革命軍」による抗争が続く一方、生活の立ち行かない貧しい農民を取り込んだ無法集団「匪賊」がはびこり、各地で殺戮と略奪が繰り返されるという長い恐怖の時期が続きました。
戦乱の続く不安定な状況下にあった
愛と涙と星のきらめき 2
お互いの名前も顔も覚束ない入学早々の時期だった。
梨花と私はそろって生活指導室に呼び出された。
私はパーマのような縮毛で…梨花は脱色した様な褐色の毛色で。
パーマを当てているのではないか、脱色しているのではないか——指導教諭は胸元に腕を組み、高圧的な物言いで椅子にふんぞり返った。
「先生私のこの眼、よ〜く見てください」
梨花は教諭の眼前に顔を突き出した。
「虹彩の色、薄いアーバン色