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兄の慧眼 ~守護の熱 第十二話

 帰宅すると、兄貴も丁度、帰った所で、玄関に着いた所だった。

「あ、お帰り」
「遅いな、雅弥」
「うん」
「アルバイト、頑張ってんのよね」

 兄嫁は、相変わらず、いい感じに言ってくれている。

「風呂、先に行って、兄貴」
「んー、来い。たまには、背中流せ」
「え?」
「話がある」
 
 明海さんは、ちょっと、びっくりした顔をした。

「ご飯、用意しておきますね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 兄貴と風呂に入るなんて、何年ぶりか。一周り上の兄貴は、三十歳になった所だ。背中を流すと、こんな感じだったかと思った。俺の背が伸びて、体つきは近づいてきたようだ。でも、兄貴は、軍隊で鍛えているから、相変わらず、胸板は俺より厚いし、腕も太かった。

「色々、万事、上手く、進んでるのか?」
「受験とか?」
「ああ」
「うん、なんとか」
「帰り道に、役所に勤める、同級の奴にばったり会って、聞いたんだが、なんだったかな・・・あの金融のとこの」
「荒木田、かな?」

 嫌な予感がする。

「ああ、そう。付き合ってるのか?」

 やっぱし、それか・・・。

「いや、それはない。デマで、困ってる・・・」
「ははは、そうなんだ。懐かしいな。面倒臭い目に遭ってるんだな、やっぱし」

 ああ、解ってくれてるんだ。良かった。さすが、兄貴だ。
 ・・・でも、やっぱし、その話だ。

「そんなもんだ。俺と明海は、実際、付き合ってて、結婚したから・・・それでも、面倒臭かったからな」
「噂好きな人が多いし、田舎は狭いから」
「まあなあ・・・そうかあ・・・じゃあ、違うんだな、その話は?」
「そう、違う」
「いやあ、荒木田と辻の縁組が、って、言い方をされたんだ。聞いてないから、何の事かと思って」
「だから、勘違いだよ」
「うーん、今度、同じこと言われたら、否定してはおくが・・・」
「よく、言っておいてくれると助かるんだけど」
「そうだよな。違うのは、相手にも失礼だからな」
「そう」
「成績も学費も、万事、盤石なんだろう?」
「ああ、うん・・・」

 あ、学費・・・か、まあ・・・。

 広い檜風呂は、我が家の自慢だ。大人の男が湯船に二人、並んで、浸かる形になる。

「・・・あのさ、兄貴」
「・・・お前、いるのか?」
「え?」
「今、そういう関係のこと、言おうとしてるだろう?」
「あ、いや・・・」
「顔に書いてある」
「・・・」
「・・・ごめん。言えなくさせた」
「いや、」
「図星だ」

 そういうこと、じゃないんだけど、聞きたかったのは、・・・えーと、あれ?・・・そうだった。

「違う話。学校のクラスメートが、山の宿泊地のとこに行くって」
「山の・・・?あああ、ああ、解った・・・なんだ、そっちのことか・・・」

 兄貴は、声を立てて、笑った。そっち、って何だ?

「行ったこと、あるのか?兄貴は?」
「そうか、そうだな、・・・皆、その話は、一度は通るからな、仕方ない。行きたいのか?」
「いや・・・違う、そうじゃなくて」
「隠語で『青田』とか『青』って呼ばれてるやつ」

 兄貴は、声を潜め始めた。風呂場は、声が響く。

「名誉にかけて、というのか、恥なのか、どっちか解らないが、俺は行ったことはない」
「え?」
「必要なかったから、簡単に言えば」
「ああ、ああ、そうなんだ・・・」

 そうだよな。兄貴には、明海さんがいるから。

「あそこの人って、借金の為に働いてるって、本当なの?」
「まあ、そんな風に聞くな。都会から、わざわざ、移り住んでるとかね」
「どのくらいあるのかな?」
「人に寄るんじゃないか、そんなものは」
「・・・そうだよな」
「なんで、そんな話?」
「ああ、可哀想な人がいるみたいな噂、聞いたから、でも、こんなの内緒らしいから」
「へえ・・・んで、行きたいとか?」
「いや、だから、・・・違う」
「別に、おかしいことじゃない。ああ、お前、来月、18になるから・・・ああ、だからだな」

 兄貴は、また、笑った。

「違う」
「別に、いいと思うが。教えてもらっとけば、彼女できた時にいいんじゃないか」
「俺は、ああいう施設は要らないと思う」
「・・・親父と同じだな」
「え、そうなの?」
「そういう意味だろう?」
「・・・うん、そう、そうだ。借金は仕方ないから、他の方法で返す」
「理想だな」
「そうなのか?」
「まあ、全否定できないね。世の中の必要悪みたいな側面もあるからな。あれで、犯罪が抑止されてる、ってことも言えるらしいから」
「・・・」
「解ってて、その仕事をしてるなら、仕方ない部分もあるんじゃないか」
「え、・・・これは、法律とかで、何とかできないのかな?」
「政治家になれ。だったら、官僚という手もあるぞ」

 ・・・議員は、接待漬けだって、この地域も。だから、親父もならなかったのかもしれないけど・・・。

「弁護士でフォローできないなら、立法だ。そういう、法律を作る方になるしかないだろう」

 兄貴も明解だ。兄貴は、戦争を未然に抑止する為に、東国義勇軍に入ったから。それは、ブレてない。

「八倉陣営の対抗馬で、出馬したらいい。親父の顔もあるから、地域住民は、結構、こっちにつくぞ。票が集まりそうだな」

 そう言って、風呂を出た。何か、具体的で、ぞっとしない。まあ、冗談だろうけど。

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 その後、兄貴に付き合って、久しぶりに、ゆっくりと、夕食を取ることになった。

「ちょっと、あれだが、さっきの、関連かと思うんだがな」
「え?」
「荒木田の話だ」
「だから、違うって」
「そういう話ではなくて。本人同士はとにかくとして、それが理想だっていうことらしい。よく聞け。薹部とうぶ開発の理想、ってことだ。荒木田は子飼いだからな。で、辻は、地主だ。もしも、お前たちが、付き合ってたら、それは、荒木田の親は、追い風を送るだろう。うちの土地が欲しいからな。結婚でもしてくれれば、自動的に、土地が手に入るだろう。まあ、それには、親父がいて、俺がいて、それから、お前って、手続きが要るんだけど、一番、合法的に、土地の権利を手に入れられる、綺麗なやり方とも言える。時間はかかるがな」

 そんなことが・・・って、やっぱり、誕生日会のこととかを思い出した。

「んで、もう一つ、お前の気にしてる、あの施設は、荒木田の経営だ」
「え?・・・そうなのか?」
「簡単に言うなら、あまり、お勧めできない、まあ、こんな動きがあるからな」
「そうか・・・」
「何か、気にしてることがあるとしても、あそこには、できるだけ、関わるな」
「・・・うん」
「いいか、できることと、できないことがある。やりたくても、実力、要は、立場がないと、それを行使できない。それが社会だ」

 親父そっくりになってきた。兄貴も。筋を通して、盤石に備える。間違えのない道の選び方は、俺も解ってるつもりなんだが・・・。

「まあ、特に、女には気をつけろ、・・・なんだけどな・・・」
「・・・え?」
「荒木田の娘でない、その子は、どこの子だ?」
「あ、いや、・・・そんなのは」
「上手くやれ、いい子なら、泣かせずに、ゆっくり、大切にしながら、進め」

 ここで、明海さんが、お盆に夕飯のおかずと、ビールを運んできた。

「ねえ、大きな声で、そういうの、やめた方がいいよ、雅弥君が可哀想」
「え、なんで?・・・家だから、いいだろ」
「でも、ねえ」

 一番、俺の感じ、解ってくれているのは、やっぱり、この兄嫁かもしれない。

「いいだろ?別に、そういう時期だ。普通のことだろ?」
「に、したってねえ?そんな、宣伝するみたいなの」
「雅弥、これから、申し込むのか?ひょっとして?」
「もう、やめなさいよ、本当に」

 色々と情報が入ったが、兄貴に、決めつけられたのが、なんかな・・・。

 申し込む、って何だよ・・・そう言えば、

『青の申し込み』とかって、あそこで言ってたな・・・そういうことか。

 とにかく、そういうのは、嫌だ、止めないと・・・。
                             ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 「兄の慧眼」守護の熱 第十二話
お読み頂きまして、ありがとうございます。
お兄さんの鷹彦さん。良い兄貴だなあ、と思っています。
お嫁さんの明海さんも、良い義理のお姉さんだし。
兄夫婦、結構、好きです。
さて、この後は、どうなるのでしょうか?
次は、第十三話「守護の目覚め③」です。
今までのお話は、こちらのマガジンから、御覧になれます。
是非、お立ち寄りください。


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