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The Brain Chart。生前〜100歳までの脳成長曲線

📖 文献情報 と 抄録和訳

人間の寿命に合わせた脳内図表

Bethlehem, Richard AI, et al. "Brain charts for the human lifespan." Nature (2022): 1-11.

🔗 DOI, PubMed, Google Scholar, Nature Japan

[背景・目的] 過去数十年の間に、ニューロイメージングは、ヒトの脳の基礎研究および臨床研究においてユビキタスなツールとなってきた。しかし、身長や体重などの人体形質の成長チャートとは対照的に、ニューロイメージングメトリックスの経時的な個人差を定量化するための参照標準は現在存在しない。本研究では、現在または将来の任意のMRIデータサンプルから得られた脳形態をベンチマークするためのインタラクティブなオープンリソースを組み立てた。

[方法-結果] ブレインチャートは、世界人口の多様性に比べてMRI研究のバイアスが大きいため、その限界を考慮した上で、最大かつ最も包括的なデータセットに基づくことを目的として、世界中の100件以上の研究から得られた10万1457人(受胎後115日から100歳まで)のMRIによる脳スキャンデータ12万3984点を照合し、ヒトの生涯における正常な脳の発達を示すチャートを作成した。MRIの指標は、生涯に渡る脳構造の変化とその変化率の非線形軌道に対して、百分位値で定量化された。ブレインチャートは、これまで報告されていない神経発達のマイルストーン を特定し、縦断的な評価にわたって個人の高い安定性を示し、主要研究間の技術的および方法論の違いに対する頑健性を実証した。Centile scoreは、非集中型MRI表現型と比較して高い遺伝性を示し、非定型脳構造の標準化指標となり、神経疾患および精神疾患における神経解剖学的変異のパターンを明らかにした。

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✅ 図. 上図は、各グローバルMRI表現型の中央値(50th センタイル)の標準的な軌跡と、主要な発達のマイルストーンを年齢の関数としてグラフ化したものである(対数スケール)。丸印は、各表現型の成長マイルストーンのピーク速度(中央値軌道の1次導関数の最大値で定義(図1e))を示している。三角形は、各表現型の体積のピークを表す(中央値軌跡の最大値で定義)。GMV:WMV分化の定義については、補足情報9.1に詳述している。下は、MRIおよび非MRIの発達段階とマイルストーンをグラフにまとめたものである。上から下へ。青色斜線のボックスは、MRIデータセットに含まれる主要な臨床疾患の発生年齢範囲を示し、黒色のボックスは、文献から得られたこれらの疾患が一般的に診断される年齢を示す(方法)。茶色の線は、MRI以外のデータから得られた、過去の文献に基づく、男女平均した発達の節目の標準間隔を示す(方法);灰色の棒は、既存の(世界保健機関(WHO)および疾病管理予防センター(CDC)の)身体測定および超音波検査の変数の成長チャートの年齢範囲を示す24。両パネルに渡って、薄い灰色の縦線は、神経生物学的基準によって以前に定義された寿命のエポック(上部パネルの上にラベル付けされている)を区切っている。Tannerは、身体発育のTannerスケールを指す。AD、アルツハイマー病;ADHD、注意欠陥多動性障害;ASD、自閉症スペクトラム障害(後年診断が確定した高リスク者を含む);ANX、不安または恐怖症;BD、双極性障害;MDD、大うつ病性障害;RMR、静止代謝量;SCZ、統合失調症。

[結論] ブレインチャートは、一般的に使用される複数の神経画像表現型において、規範となる軌跡を基準として個人差を定量化するための重要なステップとなる。

🌱 So What?:何が面白いと感じたか?

以前、Science誌において、脳の設計図が報告された。

そして今回、Nature誌において「脳の成長曲線(ブレインチャート)」が報告されたのだ。
子どもがいる家庭なら誰でも、「成長曲線」を目にしたことがあるだろう。

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✅ 成長曲線とは?(図はsite2より引用)
- 成長曲線とは、性別・月齢別に、身長・体重の平均値や、ばらつきの幅を示した曲線。
- この成長曲線にお子様の測定値を記録していくことで、お子様の成長の様子を視覚的に確認することができる。
- 低身長が心配な場合に限らず、お子様の身長と体重の変化を日頃から定期的にチェックしておくことは、病気の早期発見につながるという点でも大切。
🌍 参考サイト >>> site1, site2

通常の成長曲線は、出生直後の身長と体重を対象としているが、ブレインチャートは、出生前〜100歳までの脳における各部分の体積を対象としている。
揺り籠から墓場までを超えている点に凄みを感じる(生前+)。
さて、このブレインチャート、明らかに人類にとって武器になるだろう。
だが、武器の威力が大きいほど、その武器の使い方には慎重になったほうが良い。
ここでは、ブレインチャートによる利得と弊害について考えてみる。

まず、利得。
早期の異常値の検出、あるいは自動化、がある。
標準線、標準範囲があるから、異常値が定義される。
ルールがあるから、ルール違反が生まれるように。
ブレインチャートによって、「いま、あなたの脳は標準と比較していかがなものか?」を常に評価できるようになる。
さらに、近年、発展の著しいウェアラブルやスマートウォッチとの連携は、いずれ脳容量を逐一モニタリングするようになるだろう。
以下のような未来は、たぶん訪れる。
あなたの携帯のアラートが鳴って、「あなたの脳は皮質体積が少ないようです。一度詳細なMRI検査を受けることをお勧めします」。
早期発見、早期心配、早期精査、早期介入。
これがブレインチャートがもたらす、最大の恩恵の1つではなかろうか。

だが、価値判断を可能とする標準化は、同時に「レッテル・差別」を生み出す温床でもある。
たとえば、小学生。
「へえ、お前、ブレイン容量Dランクなんだ・・・、オツムが弱いのね」
のように。
このような差別が起こる可能性は、大いにあるだろう。
こと、ボーダーライン付近にいる人にとっては、深刻な問題である。
箱根のシード権争いよろしく、たった0.001の脳容量の違いが、AランクとBランクを分ける。
かたや正常、かたや障害というレッテルを貼られたとしたら、どうだろう。

さらに、「レッテル・差別」は長期的な発達自体に影響をもたらす『要因』そのものになり得るかもしれない。
ピグマリオン効果、ゴーレム効果、というものをご存知だろうか。

✅ ピグマリオン効果、ゴーレム効果
- ピグマリオン効果:教師の期待によって学習者の成績が向上すること。
- ゴーレム効果:ピグマリオン効果の対義語である。 「ある人物に対して周囲の期待が低い場合、その人物は周囲の期待通りにパフォーマンスが低下してしまう」という心理学効果。

すなわち、「親が信じた子どもの将来像」に近づくように成長が起こる可能性がある(飛躍御免)。
朝顔のつっかえ棒、のようなものだ。
あのつっかえ棒は、もともと、朝顔自体の本質とは全く関係のないものだ。
でも、経時的にそのつっかえ棒が寄り添うと、ニコイチになる。関係ないものではなくなる。
朝顔の生長は、その棒に巻き付くようにして進むわけだ。
そのとき、朝顔の生長の方向性を決めているのは、紛れもなく、そのつっかえ棒である。
親がなにを信じるかは、朝顔のつっかえ棒の方向を決めることに近しい。
そして、ブレインチャートは、断片的な価値づけを規定して、親の信じる方向性を規定してしまう可能性がある。
「ああ、この子どもは脳容量が小さい。思考力が乏しいのかもしれない」
のように。

最後に、これはブレインチャートに限ったことではないのだが、「進化を想定しない標準化」のリスクがある。
すなわち、固定化を作り出す根源となってしまうリスクだ。
つくられた標準には、死んだ標準と、生きた標準の2つがある。
前者は、死後硬直の言葉に示されるように、いつまでも変わらない、冷たい標準だ。
この標準は人々の権威となり、進化を認めず叱責してくる。
一方、後者は、生きている。
血が通い、喜怒哀楽を有し、成長をやめない、という「生」の特徴を有する。
生きている標準は、その瞬間の標準はただ、その瞬間の最前線の統制化でしかなく、最前線はもちろん前に進む、進み続ける、という前提に立っている。
どちらの標準になるのか、するのか、それは使い手が決めることだ(標準についての考察は以下note参照)。

ブレインチャート。
意義と危惧を有する、諸刃の剣。
この剣は、使い手を選ぶ。

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