見出し画像

他人の痛みを知るとあなたの痛みが減る

▼ 文献情報 と 抄録和訳

一人の苦しみが少なければ、全員の苦しみも少ない。プラセボによる痛覚減退を引き起こすには、グループ評価よりも個人評価の方が効果的である

Bajcar EA, Wiercioch-Kuzianik K, Brączyk J, Farley D, Bieniek H, Bąbel P. When one suffers less, all suffer less: Individual pain ratings are more effective than group ratings in producing placebo hypoalgesia. Eur J Pain. 2022 Jan;26(1):207-218. 

[ハイパーリンク] DOI, PubMed, Google Scholar

✅ ちょっとわかりにくい群分けについて(図)
- この研究では群わけに3つの要素を加えている
① 他者の疼痛 ratingが「自分より軽い」(プラセボ)か「同程度」(non-プラセボ)か
② 他者とは「1人」か「複数(8人)」か
③ 他者が実際に疼痛を経験している姿をビデオでみるか、みないか

スクリーンショット 2022-01-02 7.54.16

[背景] プラセボ鎮痛作用は、不活性物質や処置によって痛みが軽減された人(モデル)を観察することによって誘導することができる。本研究では、言語によるモデル化、すなわち他者による痛みの評価を示すことが、プラセボによる痛覚減退を誘発するのに十分であるかどうかを検討した。

[方法] 実験群の参加者は、同じ痛みを伴う処置を受けたとされる一人の人(第1群、第3群)または複数の人(第2群、第4群)から得られた痛みの評価(VASで提示)を知ることになった。プラセボを適用したとされる痛み刺激の評価は、プラセボを適用していない刺激の評価よりも低かった。実験群のうち2群(3群、4群)では、参加者は痛みの評価を提供したとされる個人を映したビデオ録画も見たが、痛み刺激を受ける様子は観察しなかった。対照群は何も操作を受けなかった。その後、参加者は、プラセボの有無にかかわらず、同じ熱的痛み刺激を連続して受け、その強さを評価した。

[結果] プラセボによる痛覚低下は、一人の人物から提供された痛みの評価を提示された参加者においてのみ、その人物が以前に見たことがあるかどうかに関係なく誘発された。しかし、提示された痛み評価は、複数人からのものであろうと一人からのものであろうと、概して個々の痛み感覚を減少させた。ただし、一人からの情報は「プラセボ」のみ、複数人からの情報は「プラセボ、non-プラセボ」ともに痛み感覚を減少させた(図)。

スクリーンショット 2022-01-02 7.54.46

✅ 図. 単一参加者条件(グループ1、3)および参加者グループ条件(グループ2、4)における、試験前の非プラセボ、試験後の非プラセボ、試験後のプラセボの痛みの評価(平均値およびSEM)

[結論] 言語モデリングは、プラセボによる痛覚減退をもたらし、痛み感覚を減少させることができる。臨床の場において、疼痛治療に対する患者の反応を修正するために効果的に使用できる可能性がある。

[意義] 本研究は、プラセボによる痛覚低下を引き起こすには、他者による痛みの評価についての知識があれば十分であることを示している。さらに、この効果を引き起こすには、痛みを経験している人を直接または間接的に観察する必要はない。つまり、痛みを感じている人を直接、間接的に観察する必要はなく、集団から得られた痛み評価は痛み感覚を減少させる。

▼ So What?:何が面白いと感じたか?

自分の痛みより「軽い相手の痛み」(プラセボ)を知ることで効果が出るのは受け入れやすい。だが、この研究の面白いところは、「ただ他人の痛みを知ること」で効果が出たというところ。
その仕組みを、自分なりに考察してみた。

▶︎ 仕組み①:利用可能性ヒューリスティックの解除

✅ 利用可能性ヒューリスティックとは?
1000以上の引用をもつ、非常に著名な研究がある。
この研究では、夫と妻それぞれに「家の掃除・整理整頓へのあなた自身の貢献度はどのぐらいですか?」と質問する。回答者はパーセンテージで答える。このほか「ゴミ出し」や「社交的な行事」などについても同様の質問をする。
夫と妻が答えた貢献度を合計すると、ちょうど100%になるか、それとも上回るか、下回るか。
結果は、貢献度の合計が100%を上回る
仕組みとしては単純で、夫も妻も、自分のやっている家事は、相手のやったことよりはるかにはっきりと思い出すことができる。
この利用可能性の差が、そのまま貢献度の判断の差として現れるというわけだ。
このように、人間には頭に「思い浮かぶたやすさ」を「重み付け」として置き換えてしまうバイアスがある。
このバイアスは「利用可能性ヒューリスティック」と呼ばれる。
✅ Related research
Ross, Michael, and Fiore Sicoly. Journal of personality and social psychology37.3 (1979): 322. >>> doi

以上の利用可能性ヒューリスティックが、今回の研究結果の仕組みの1つと思う。
他人の痛みを、ただ、知る。
そのことで、自分の痛みを思い出しにくくさせるのかも知れない。
それは、注意の分散によって。注意のバイパスができるようなイメージだ。
注意の支流ができることで、自分自身の痛みの泉における洪水を防ぐことになる。

▶︎ 仕組み②:基準・比較対象ができる

よくわからない痛み、相手の自分と同じかそれより軽い痛みを知ることは付和雷同効果、自分より重度の痛みを知ることはカタルシス効果を引き起こす可能性があると思う。

✅ 付和雷同効果
自分にしっかりとした考えがなく、他人の言動にすぐ同調すること
「あの人もこういっているなら、私もそうなのかな」
✅ カタルシス効果
アリストテレスが著書『詩学』中の悲劇論に、「悲劇が観客の心に怖れ(ポボス)と憐れみ(エレオス)の感情を呼び起こすことで精神を浄化する効果」として書き著して以降使われるようになった。
「あの人の感じている痛みやばいね。よかった、私はそうでもなくて」
(自分内だが)「あのときの痛みに比べれば、今の痛みなんて大したことないよ」

なんにせよ、他人の痛みを知ることは、当事者の痛みを軽減することにつながることがわかった。
これは、さまざまな取り組み案につながりそうだ。
・疼痛 ratingの患者間の共有
・サクラとしての疼痛情報共有(嘘でもいいから痛み情報を患者間で共有)
・「私の痛み」発表会の開催
・セラピストが、匿名他者の痛みとして疼痛 ratingを噂レベルで担当患者に共有
etc...

人間が最低限、持っていなければならない要素は
1. 節度を持て
2. 他人の痛みを知れ
3. 問題意識を持て
野村克也

○●━━━━━━━━━━━・・・‥ ‥ ‥ ‥
良質なリハ医学関連・英論文抄読『アリ:ARI』
こちらから♪
↓↓↓

【あり】最後のイラスト

#理学療法 #臨床研究 #研究 #リハビリテーション #論文 #英論文 #文献抄読 #英文抄読 #エビデンス

‥ ‥ ‥ ‥・・・━━━━━━━━━━━●○