Kairi

地球にも人にもやさしい人間になりたい。

Kairi

地球にも人にもやさしい人間になりたい。

最近の記事

もう一度、書きたくて

2023年は、もう少しnoteを書く回数を増やしていきたい。そんなことをふと思った。 理由は特にないけれど、無性に書きたくなった。 あと、2022年を振り返るために、久しぶりに書こうと思ったけど、全然書けなかったから!! 伝えたいこと、まとめたいことはあるはずなのに、言語化できない自分にモヤモヤして、もっと自分の頭の中にある言葉を、伝えられるようになりたい。そんなことを強く思った。 ここ1-2年は、書くことはできなかったけど、読むことは増えて、それが私の救いになった。

    • 息ができる場所

      結局、1年ぶりのnoteになってしまった。 書きたいこと、思うことはたくさんあったはずなのに、結局最後まで書けなくて、下書きばかりが溜まってしまった。 私にとって2022年は、耐える年だった。 大好きで心地よかった鎌倉を離れ、大学にも進学し、実りある年だった。 そう言いたかったけど、前半は心身ともにボロボロで、我ながらよく耐えたと思う。後半になって、ようやく心穏やかな日々を取り戻せた気がする。 苦しかったのが何、その正体はよくわかっていない。 ただ、なんとなく、肯定

      • 傷口と、優しさに触れて

        今年を一言で表すのは難しいけど 「人の優しさに救われた」 そんな年だった気がします。 ゲストハウスでの生活に救われて そこで出会った人達に救われて 転職したクリニックの人達に救われて 自信をなくす度に背中を押してくれる そんな人達に支えてもらいました。 2021年は幸せだったけど、同時に 全てがどうでも良くなるくらい 辛くて、悲しい出来事があった。 「振り返れるほど傷が癒えてない」 これが、2021年最終日の感想かもしれない。 それでもnoteを書こうと思った

        • 10ヶ月ぶりの復帰。怖いけど楽しかった日。

          看護師として働くことが、本当は好きなのかもしれない。 10ヶ月ぶりに看護師に復帰をした今日、そんなことを思った。 去年の7月、一生看護師には戻らないと心に決めて病院を退職した。 旅がしたい、留学がしたい、看護師以外の他の世界をみたい。そんな理由で退職をしたけど、本当はもう疲れ切っていた。 命を預かる責任から解放されたかったし、業務や時間に追われる生活から逃れたかった。 患者さんに優しくなれない自分に気付いて「あ、もうダメだ」と思い、辞める決意をした。 辞めてから他

        もう一度、書きたくて

          先生。2weekのコンタクトが吹っ飛んだ日のこと、覚えていますか?

          小学5年生から高校まで剣道をやっていた。高校時代は、バリバリの部活少女だった。 今でこそ髪の毛を伸ばしてメイクをして、ファッションを楽しんでいるけど、高校3年間は短髪で、怒られるのが怖くてメイクなんて考えたこともない。 髪の毛を伸ばしたり、リップクリームを塗ったりしただけで「色気づくな!」とシバかれる。そんな世界だった。 中学生の時に出会った道場の先生が、強くて美しくて、尊敬していた。その先生の指導を受け始めたら勝てるようになり、剣道が好きになった。 自分に自信もつい

          先生。2weekのコンタクトが吹っ飛んだ日のこと、覚えていますか?

          正職員になったら、心は満たされますか?

          非常勤の看護師として、働くことにした。 「絶対、看護師には戻らない」そう思いながら昨年の夏に退職したから、正直、自分でも驚いてる。 8ヶ月経ってまた看護師に戻ろうと思ったのは、どうしても1人暮らしがしたかったのと、”好きなこと”を続けたいと思ったから。 最近、ちょこちょこだけど、キャリアプランナーや、スタートアップの手伝いをさせてもらっている。 自分でやりたくて始めたから、諦めたくなくて。 でも、それだけではまだ生きていけないから、生活のために看護師に戻ろうと決めた。

          正職員になったら、心は満たされますか?

          叶えたかった夢と、叶っていた夢

          「かいちゃん、夢叶えてるよ」 友達Aに言われたことが、なんだか胸に響いた。 最近、よく聞かれる。 いま、何してるの?? ええっと。うう〜ん……。 私、いま何してるんだろう?? ゲストハウスで住み込みはしているけど、お給料は発生してないから”働いてる”と言っていいのか…? 午前中は仕事して、午後はカフェに行って海を見て、それだけで1日が終わっちゃう。 うん、やっぱり何もしてない。 でも、ずっと”やりたい”と思っていたことは、確実に実現してる。 2020年目標

          叶えたかった夢と、叶っていた夢

          2回目の美容室で、数年ぶりに前髪を切ってもらった

          前髪を、久しぶりに切った。 正確には、つくってもらった。 パッツンの前髪は好きじゃないので、前髪ができたのは数年ぶり。 少し幼くなったけど、気に入っている。 オーガニックカラーや、ヴィーガンパーマを扱う美容室。 ここに行くのは、まだ2回目。 HPを初めて見た時、ゆるやかな雰囲気に惹かれた。 そこでは美容師さんが1人で、シャンプーからカットまで全てを担当してる。 しかも世界を放浪していた美容師さんだと…!! SNSを頑張ってないあたりも、私の中ではツボだった。

          2回目の美容室で、数年ぶりに前髪を切ってもらった

          2021年、バリバリ働いてお金持ちになる。幸せ貯金をはじめます。

          お金持ちになりたい。友達にそう言われたら、みなさんはどう思いますか? ・なれるもんならなりたいよね。 ・ちょっとKairiちゃん、いやらしいわよ。 ・夢が大きくてイイね おそらく、2年くらい前の私だったら、こんな感情を抱いたと思います。 というのも、お金持ちといえばTHE・億万長者を想像していたからです。でも最近は「お金持ちって金額じゃないのかも」そう感じています。 実は、私の今年の目標は「お金持ちになること」です。あと「バリバリ働くこと」 今年の目標に掲げたけど、

          2021年、バリバリ働いてお金持ちになる。幸せ貯金をはじめます。

          拝啓 2020年、私を支えてくれた全ての皆様へ。

          皆さんこんにちは。 早いもので、2020年最後の日ですね。 今年もお疲れ様でした。 皆さんにとって2020年は、どんな年でしたか? 多くの人にとって変化のある年だったと思いますが、私にとって今年は激動の年でした。 仕事を退職し、様々なことに挑戦し、大革命と言えるくらいに、大きな節目を迎えた2020年。 今まで以上に人の優しさに触れ、支えられた1年でした。 2020年、自分の弱さに気付きました。2020年で1番感じたこと。 それは、自分の弱さです。 薄々気付いて

          拝啓 2020年、私を支えてくれた全ての皆様へ。

          2020年を振り返ったとき、これ以上の言葉はありませんでした。

          2020年、私は本当によく頑張りました。 自分でそう言えるくらい、今年はたくさんのことに挑戦して、悩んで、転んで、突き進んできました。 25年間生きてきた中で、1番、頑張った2020年。 たくさん、たくさん、自分を抱きしめて、褒め尽くして、次の年を迎えたいと思います。 ありがとう、2020年。 お疲れ様でした。 また改めて振り返るけど 2020年成長と葛藤の記録たち

          2020年を振り返ったとき、これ以上の言葉はありませんでした。

          傷付けて、傷付いたけど、やっぱり幸せになりたいよね

          1年くらい前の話だけど、相手の立場や環境まで考えずに、自分の意見を言ってしまったことがあって。 私は人をたくさん傷つけてきたかもしれない。とふと感じて、少しシュンとした昨日の夜。 私は、本当の意味で、相手の痛みを知ることができていなかった。そう思ったのです。 例えばの話 私は、仕事やお金、信頼……全てを失っても、帰れる家と環境があります。 父と母はどんな私でも受け入れてくれるし、兄弟もずっと私の味方でいてくれた。それが当たり前で、自然なことだと思っていました。 でも

          傷付けて、傷付いたけど、やっぱり幸せになりたいよね

          正社員の話を蹴って、無職で就活はじめます。

          すごく魅力的な正社員の仕事に誘われたけど、フリーアコモデーションしながら就活することに決めました。 ※フリーアコモデーションとは ホテルやゲストハウスなどで宿泊施設の仕事を決められた時間行う代わりに、無償で宿の提供・場合によっては食事が支給される仕組みのことです。 正社員になれるかもしれないお話をもらったんですよ。 福利厚生はしっかりしてるし、安定した収入を得られる。 営業の仕事だったんですけど、営業もやってみたかったので、魅力的だったんですけど。 断っちゃいました

          正社員の話を蹴って、無職で就活はじめます。

          自己評価マイナスだった私が、自己評価78点になるまでの話

          私は、2年前まで、自分のことが大嫌いでした。 でも今は、自分のことを愛おしくさえ思えます。 そう思えるようになったのは、ひたすら自分と向き合い続け、悩み、選択してきたからだと思います。 タイトルにもあるように、自己評価マイナスだった私が、自分好きになるまでの2年間の歩みを、今日は備忘録も兼ねて書き綴ります。 お暇があれば、お付き合いください。 毎日泣いて、先が見えなかった2年前私は2年前、看護師として働いていました。 毎日のように泣いて、少しずつ仕事を覚えて乗り越えた

          自己評価マイナスだった私が、自己評価78点になるまでの話

          私の原動力は周りからの愛だった

          実は最近、引越しをしました。地元から遠く離れて生活することは初めてなので、寂しい気持ちと「これで良かったのかな?」という気持ちに襲われそうな毎日です。 看護師を辞めてからの3ヶ月。久しぶりに実家に戻って主に両親との時間を過ごしたり、農家さんのお手伝いをさせてもらったりしていました。 すごく充実していたし、そのまま居心地の良い環境にいることもできたけど、いつか後悔しないために地元を出ました。 ずっと憧れていた街なのになんだか寂しくて、帰る場所があったから憧れてたのかな。なん

          私の原動力は周りからの愛だった

          明日も生きる

          今日も昨日もお酒を飲んだ。 お酒を飲むと色んなことを考える。 頭の中を整理したいけど、そのままにもしておきたい。答えが欲しいのに、知らないふりをしたくなる。 後少ししたら、私は今の居心地のいい世界を抜け出して自分の力で生きていく。 知らない世界に飛び込むことは、ものすごく怖い。 でも看護師を辞めてから、社会に通用する実力が私にはないって気付いた。居心地の良さに甘えて、このまま堕落していく自分が1番怖かった。 環境を変えれば自分が変わるとは言えないけど、やってみる価

          明日も生きる