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オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その19


19.   集金の時間


夕飯を食べ終わってから一度自分の部屋に
洗濯物を取りに帰った。


そしてまたお店に戻って
洗濯機に洗濯物を放り込んでから
明日の朝のチラシを整えるという
合理的な動きしている自分に
一人で気持ち悪めに、ほくそ笑んでいたら
二階から誰か降りてくる足音が聞こえた。


タッタッタ!
軽くて楽しそうな足取り。
由紀ちゃんだった。


私はキリッとした顔に変えて言った。


「どうもどうも。」


「あ、どうもどうも。」


なんか、よそよそしい二人。


このあいだの新人歓迎会後、初の会話だ。
新人歓迎会中は一切会話が無かった私達。


せっかく部屋まで遊びに来てくれたりして
仲良くなったのに、
フレンド具合は逆戻りしてしまったかもしれないと
少し心配していた。




由紀ちゃん達が先輩達とどんな会話をしていたのか?
二次会はどんな感じだったのか?
盛り上がったのか?
いや盛り上がるはずは無いだろう。
私には妙な自信がそれにはあった。



なぜか詳細を知りたいとも思わなかった。
そんな私のよそよそしい冷たい考え方が
気軽に話しかけづらい空気を作っていたのかもしれない。


お互い別々の体験をした新人歓迎会という時間。
それをお互いが意識している。


そんなのが私たちの間に見えない空気のように
遠慮という名で詰まっていた。


しかし元気と明るさの子、由紀ちゃんは
あっという間にそんな空気を突破してきた。
芯の強い子だ。


由紀ちゃんが私に聞いてきた。



「どうだった、そっちは?」



「あ、二次会っすか?
いやぁ〜、ものすごく良い体験が出来ましてね。」


「あー!なんかすごい所に行ったって優子さん言ってたなー。」


「うん。でも見てすぐ帰ったし、芸術だし・・・」



「ふーん。」



なんなんだ?
なんで私は本当の気持ちを隠さないと
いけないのか?



二人は、まるで古くからの付き合いでもあるかのように
同じ日の同じ時刻に違う場所で過ごすことになってしまった
お互いのイベントの模様を話し合って、
お互いの溝を埋めていこうとしていた。



私はどの子からも嫌われたくなかったのだ。



「そっちはどうやったん?カラオケに行ったんやったっけ?」


「そう!行った!もうめちゃくちゃやってん!聞いてくれる?
大野先輩がさぁ、もうグラスは割れるし、飲み物はこぼすしで・・
暴れまくってさー!」


「うわぁ。大変やってんな。歌は歌えた?」


「歌えた!私カラオケ好きやねん!真田くんは?」


「いやあ、人前で歌うのはちょっと。タンバリンが専門なもんで・・」


「はははっ!見てみたい!今度みんなでカラオケ行こうよ!」


「カラオケぇ?」


「嫌?」


「いや・・」


「嫌なんだ・・」


「いや、違う違う!そっちの【嫌】じゃなくて、
『いや〜その〜あの〜』の方の【いや】を言っただけで・・」



「どういう意味?」


「えーと、『いやー、しかし今日も暑いでんな!』の
最初の【いやー】のほうやんか!」



「よく分かんないんだけど・・・」



「ところで、みんなって誰と誰と・・・」



行くメンバーを聞こうとしたその時、
お店に細野先輩が現れた。
一人だった。


私と由紀ちゃんは会話を止めて
細野先輩を見ていた。


細野先輩は、お店の奥の部屋に声を掛けて
肩から掛けられる紐が付いているダサい色と形のカバンを
所長から受け取っていた。


そして中身を確認してから
私に声を掛けてきた。


「あー。ちょうど良かった。今いける?」


「えっ?はい!」


細野先輩が珍しく私に声をかけてくれるなんて
大人の仲間入りが出来るのかと思ったけど
違った。


「今から集金に一件だけ行くんだけど一緒に行こうか。
そろそろ教えなきゃいけないし。」



細野先輩が集金業務を教えてくれる。
今月から集金をしなければならない。
集金業務をするお給料のコースを選んだからだ。



集金業務は毎月25日から始まる。
みんな自分の配達区域を集金して回る。
いつも配達する家を回るのだから簡単だろう。



これでお給料が2万円アップ!
楽勝だぜ!



集金をしない者の区域は
自分の区域を持たない先輩達が回る。



25日から回り始めて月末までに一気に終わらせる。
もちろん完全には終わらないらしい。



月を越えて毎月1日に来てくれとか
5日に来てくれとか指定してくるワガママな客も居るそうだ。
まあ給料日が人それぞれなのだから仕方がないか。


逆に20日や23日に早く来てくれと
言うめずらしい客もいるそうだ。



そんな今日はまだ23日。
細野先輩はそんなワガママな客のために
自分のスケジュールを調整して来ていたのだ。
そしてこれからは私がする番だ。



さて、集金の手順としてはまず、
何色か名前も分からない色の
ダサい集金カバンをお店から預かる。


その中には
釣り銭と領収書の束が入っている。
野球や美術館の招待券の束も入っている。


領収書は家の数だけあり
だいたい全部で200件分くらい。
新聞代は3850円。
総額77万円ほど集金することになる。


こんなカバンひとつで大丈夫か?
襲われたらカバンを真っ先に捨てて逃げよう。


もちろん無事に集金が終われば、
その集金カバンをそのままお店の
所長か優&優子さんに返還するだけで良かった。



「じゃあチラシ終わったら行こうか。
サクッと終わらせて帰って来よう。」


「はい。」


ピーピー。
ちょうど洗濯も終わったようだ。


先輩と私は自転車に向かった。
由紀ちゃんがいってらっしゃいと言って
控えめに腰のあたりで小さく、
こちらに手を振ってくれているのを
見逃さなかった。



なんか特別扱いされてる気がして嬉しい。
彼氏になった気分だ。



温かい気持ちになった。



自転車に乗って、
1個目の信号待ちで細野先輩が言った。



「お金もらってお釣りと領収書を渡すだけだから
集金なんて簡単なんだけど、時々ややこしい客が居るからさ。
そのややこしいのだけ教えとく。
今日はそのややこしい日。」



なるほど。
私よりややこしい人が居るんだな。


前カゴに積んだ洗濯物が袋から出ないか
気にしながら自転車を漕いだ。


「着いた。いきなりややこしい客で悪いけど来月からは一人で頼む。
俺も来月からは違う区域に行かなきゃならんから。」


「はい。」



そこは一軒家だった。広い玄関だ。
東京のど真ん中でこの一軒家はなかなかのお金持ちだろう。
車を二台は停めれそうな玄関横のスペースには何も停まっていない。
そこに私たちは自転車を停めた。
私は細野先輩の自転車の横にピッタリと停めた。
贅沢な土地の使い方。



細野先輩が呼び鈴を押した。
丸くて小さな白いボタンだ。


押すとジリジリジリーと家の中から音がした。
細野先輩は長めにそれを押した。
指を離すと鳴り止むから押し続けなければならない。


しばらくすると、
家の中から声が聞こえてきた。



「おー!細野か?開いてるぞ!入れ!」


おじいさんの声だ。でも力強い。
腹の底から声が出ている。
細野先輩が来るって分かっていたみたいだ。
そうだ。
向こうから23日に指定してきたんだった。


明るいナチュラルな茶色で出来た木の門を開けて
少しの庭を通って家の玄関まで来てまたベルを押した。


「開いてるぞ!」


細野先輩は玄関のドアを開けた。


しばらくすると白髪の老人が浴衣のような
お召し物で現れた。


70歳くらいだろうか。
大きな木造の一軒家。
凝った内装。
この東京のど真ん中でこの庭と家の広さ。
敷地の面積の広さ。
家の中のしっかりとした木で出来た内装。
鬱蒼と茂る庭の木々。
得体の知れない屋敷のような作り。
ちょっぴり腐敗したお金の匂いがした。


すでに玄関の下駄箱の上に用意されていた
銀行の封筒を手に取って
「失礼します。」と言って中身を確認している細野先輩。
なるほど。
もうすでに新聞代を用意してくれているのだな。
ではすぐに終わるのだろうと思った私が間違いだった。


ご老人は目が悪かったのか細野先輩の後ろに居た私に
気づいていない様子。


気を使って先輩が私を紹介しようとしたら
やっと私に気が付いた。



「ん?なんだ?新入りか。
もうそんな時期か。1年経ったのか。
早いな。名前はなんていう?」


「真田と言います。よろしくお願いします。」


「関西訛りだな。どこだ?」


「大阪です。」



「真田丸か。『関東勢は百万も候へ、男は一人もなく候』だな。
家康を倒しに来たのか?わっはっは!」



真田幸村の事を言っている。
たまに年寄りから言われる話だ。
徳川家康が切腹を覚悟するくらいの
凄い勢いで戦ったそうだ。
先祖でも何でもなかった。



「まあ入れ!上がっていけ!茶でも飲んでいけ!」



細野先輩は何一つとして受け入れず拒否の空気を全身から出して
黙々とさわやかにクールに集金業務を遂行していく。
古新聞を入れる袋を下駄箱の上に置いていた。



余計な誘いに乗らず、
自分の時間を大切にしている感じが全身から出ていた。


「では来月からは真田が来ますんで、よろしくお願いします。」


細野先輩はそういうと
領収書を佐久間さんに手渡した。


同時に私にタスキを渡した。
いやバトンかそれとも印籠か。



「細野よ。お前は辞めるのか?」


「いえ、まだ学校が残っているので辞めません。
別の区域の担当になりますので。」


「なるほど。いつでも遊びに来いよ。
おい真田よ。お前もいつでも来ていいからな。
昼間でもいいぞ。いつでも良いからな。」



よくしゃべりそうな強気で江戸弁の下町の
感じの根っからの東京育ちの人っぽい。


私には未開の人種だ。



草木で鬱蒼と覆われている庭。
多分三階建ての不思議な家。
他に住んでいる人の気配が無い。
謎だらけだ。


からくり屋敷みたいだ。
家の中を見学させてほしいかも知れない。


一人暮らしなのか。
奥様は居ないのだろうか。
子供や孫は居るのだろうか。



モタついている私の背中を押すように
細野先輩が「ありがとうございました!」と言って
逃げるように自転車に飛び乗った。
着いてくのにやっとの私。



「・・・ん・・で・・・な!」
佐久間さんがまだ何か言っていたが、
もう聞こえなかった。


何もそんなに急がなくてもいいのではないかとも思った。


佐久間邸が見えなくなってから
いったん自転車を止めて私を待つ細野先輩。



そして追いついた私に忠告してくれた。



「あそこの家は捕まると長いから
ささっと済ました方がいい。
俺はああいうの苦手なんだ。お茶とかはいいや。
まあ君は好きにしてくれていいけどさ。
でも気を付けた方がいい。
何を言ってくるかわかんないからね。
次があるからって言って、すぐ出てった方がいいよ。」



「はい。そうします。」



そう言いながらも
あの屋敷に興味津々ではあった。



来月からは一人で行かなくちゃいけない。
無事に業務を遂行できるか自分を心配した。



お金持ちだから興味があるというわけでもなく
【いつもと違う】ということに興味がある。



芸術的な匂いが
あの屋敷からはする。
少し酸っぱそうな匂いが。



蛍光灯の明かりが無かった。
ほのかな間接照明だけで構成されていた。


ぬくもりのある家の作りなのに
家自体はなぜか寂しそうだった。



ロックな庭にブルースを歌う木々達がむせび泣く家。
これでもしクラシックが流れていたら、さっさと帰ろう。



急いで漕いだ自転車の前カゴで
洗濯物たちが笑っていた。



そして次の月。
23日。



私は紐の付いた、
牛乳を少し飲みすぎた時の便の色のカバンを
たすき掛けにして自転車に乗り、
佐久間さんの家に向かった。


一人だ。
もう20歳だぞ。
すっかり大人だ。
こんな業務は簡単だ。
相棒の自転車が居る。


夜の7時。
私は自転車を佐久間さんの家の玄関に停めて
呼び鈴を長めに押した。


ジリジリジリジリ!


「おう!真田か?入れ!」


ちゃんと名前を覚えてくれている。
これは只者ではないぞ。


(細野)だった部分をちゃんと(真田)に
変えてくれている。
ボケていない。
老人だと思って見くびらない方がいいかもしれない。



今日のお召し物は浴衣ではなく、
茶色いズボンに白いシャツだった。


今日を意識したのだろうか。
見た目は少し背中の曲がった老人だが
中身は若いのかもしれない。



「まあ、入れ!上がっていけ!
お茶を淹れてやる。飯は食ったのか?カレーがあるぞ!
そうだ!良いものを見せてやろう!
どうせ音楽家でも目指しているんだろう?」



な、長くなりそうだ・・・



〜つづく〜



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