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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その32


この物語はフィクションです。
如何なる人物も実存しません。



32.   ご褒美



「おかえりー!」


優子さんの笑顔がまぶしい。


「ただいまー!」


由紀ちゃんの元気がこぼれる。


「どうだった?契約してもらえた?」


由紀ちゃんがとびきりの笑顔で
優子さんに向かってピースした。


私は急いで集金カバンからその契約書を取り出した。


「ほらっ!見て!2年も契約してもらえたんです!くぅ!」


「うわ、ほんとだ!すごいね!」



麻里ちゃんと千尋ちゃんも帰って来た。


「ただいまー!」


「おかえりー!どうだった?」


「一軒だけ契約してくれたー。」


「おかえりー。良かったね。私達も一軒だけ取れたー。」


私は女子の盛り上がりにも混ざることが出来る生き物なので
「わーい」とか「イエーイ」とか「すごーい」とか言って
その輪の中に居た。


その時、
坂井が戻って来た。
一人だった。


お店の中を見て坂井が私に言った。

「あれ?竹内はまだ帰ってないの?」


「竹内?っていうかなんで一人なん?」


「いや、どこも留守でこのままだと契約取れないだろうからってアイツが
自分の区域に行ってくるってお互い自分の区域を回ることになって。」


「ほうほう、二手に分かれる作戦に出たんやな。仲悪いしな。」


「いや、悪くない。でも留守ばっかで取れんかった!」


その時勢いよく自転車が入ってくる音がした。
竹内だ。
ハーハー言いながらお店に入って来た。


「ハーハー。あー、なんとか一件契約取れたよ。6ヶ月だけだけど。
なんか留守ばっかじゃん。坂井は取れたの?」


「んや、取れんかった。っていうか顔も見れんかった。」


「なんだよ。二人で一枚かよ。ハーハー。」


なんとか滑り込みで契約して来た竹内。
アイツはサラリーマンになっても生き延びていけるだろう。


「みんなチームで1枚やで。良かったな!ゼロ内。」


「ゼロじゃないって。1枚取ったじゃん。6ヶ月だけど。」

「6ヶ月ということは0.5やからゼロと一緒や。」

「なんでよ?真田くんは取れたの?契約?」

「おー、もちろん。しかも2年契約を結んできた。24ヶ月やからゼロ内くんの4倍やね!」

「すごいじゃん。さすが真剣くん。真剣になったらすごいんだね。」

「うぬっ」


お互いの名前で傷つけ合っていたら優さんが現れた。


「全員契約取れたんだな。なかなか優秀だな。
よしっ!これは、そうだな。ご褒美に飯でも行くか?」


「マジっすか!やったー!」


私が横で素直に喜んだので
話は前に進んだ。


「マジだぞ。さっそく明日の晩にしよう。
何が食べたい?」


そうか。
明日は日曜日だから
夕刊がないからお店の夕食も無い。
だから食事に連れて行ってもらえる絶好のチャンスだ。


「配達の道中に気になる店が何個かあります!」


私がそう言うと、みんなも言った。


「そうそう!あるある!行ってみたいお店あるよね?」


「あるー。」


「5区にアメリカンなステーキ屋さんない?」

私はなぜか坂井の区域である5区にある
気になるステーキ屋さんの話を持ち出した。


私は6区だけど5区は隣。
配達はしないけど通る道がある。


「あー!あるある!スッゲーデカい肉が出るらしいよ。」
竹内が言った。


「食ったんか?」


「いや、食べてない。」


優さんが食いついた。


「そこはTボーンステーキが美味いんだ。しかもボリュームが凄い。
確かこれくらい・・・」


そう言って手でステーキの大きさを
ラグビー選手のように表現してくれた。


「それデカイですね。食べてみたい・・・」


「よしっ!そこにするか?女子は?そこでいいのか?」


私はサッと首を左に向けて
女子全員の目をまばたきせずに直視した。


「んー、いいですよー」


代表して由紀ちゃんが言ってくれた。


よしっ、決まりだ。



そして次の日の夜。


赤や青のネオンチューブが看板になっている
派手なレストランの前に8人は居た。


アメリカン・ステーキハウスだ!
海外に憧れていて洋楽ばかり聴いていて
変わった事にしか興味がない童貞野郎憧れのレストランだ!


お店の作りはイカダ。
丸太小屋だ。
ログハウスと言うのだろう。
カントリー風を全面に出したお店だ。
アメリカの田舎には、こんな店がゴロゴロあるのだろう。

店内に入った瞬間、
お腹が鳴り響いた。良い匂いがする。
匂いだけで白飯を1杯は食べられる。


案内されて席に座りメニューを見た。
ベタついたメニューが更なる食欲をそそった。


高い!どれも高い!そしてデカい!
フォルクスの倍の値段が付いている。
どれもデカくて鉄板から肉が
はみ出しているのが周りのテーブルからも見えた。


メニューの右上に輝く主役が載っていた。
これが名物のTボーンステーキか。
600gと書いてある。
全部食べきれる自信はある。
でも何か足りない。


「先生、僕ビールを飲んでみたいんですけど。
ステーキに合うビールなんてこの世にあるんでしょうか?」


「なんだ!毎日飲んでるんじゃないのか?んー、いいぞ。
真田はハタチだからな。1杯だけだぞ。」


「あ、私もビール飲もう。」


優子さんがそう言って、
私だけが目立たないように付き合ってくれたようだ。
でも、ビールが飲めるという羨ましさを感じている者は
一人も居なかった。


みんなはあまり来たことのない場に
大人しく、会話が無かった。


注文を終えてオシボリで手を拭きながら
優さんが言った。


「ここの店って新聞配ってたっけ?」

「いや、配ってません。」
坂井が答えた。

「そうか。これだけ食べるんだから新聞取って下さいって
言って契約もらって来いよ坂井。」

「えー?」

「10年契約でいいぞ。」
私は優さんの真似をして口を挟んだ。

「毎週食べに来ます!って言っとけば?」
竹内も言った。

「ホンマや。【毎週日曜日はステーキの日】とかいいな!
でもさ、新聞の契約取れたらご飯に連れて行ってもらえるんなら、
毎週やってもいいけどな、拡張デー。」


「ん?なんだって?」


優さんが私に聞き返してきた。


「いやー、先生!メシ連れて行ってもらえるんなら
毎週でも行きます拡張デー。」


「いつからお前の先生になったんだ俺は。
ん?待てよ?」


何か思い付いたらしくて
考え事を始めた優さん。


しばらくテーブルは沈黙が続いた。
店内に流れるアメリカのカントリーミュージック。
周りの人達の会話。
ただようステーキの素敵な香り。
非日常がまるで映画の中に居るように周りに流れていた。
今日はみんなが主役だ。


「俺たちのチームは2年契約取ったからステーキ2枚食べられるから
一人1枚ずつ食べられるけど、麻里ちゃんと千尋ちゃんのチームは1枚を
半分ずつやで。竹内と坂井に至っては半分のサイズを半分ずつや。」


私はビールで調子づいてきた。


みんなあまり私の話など聞いていなかった。


ビールを1杯だけに留めて食事を終えた。
ステーキは平らげた。
脂ギッシュな体で部屋に戻った。
速攻で銭湯に行った。
みんなも同じ考えだったらしく
銭湯で会った。


私は飲み足りない分のビールを
コンビニで買って帰って
部屋で飲んだ。


楽しい日曜日だった。


そして次の日の夕方。
夕刊を配り終えてお店に戻った。


掲示板の前で何人かが青い色の紙が貼ってあるのを
見ながら盛り上がっていた。


「ただいまー。何それ?」


私は誰に言うでもなく、そう言ってから
掲示板に貼ってある青い紙に
書いてある文字を読んだ。


【拡張コンクール開催!】

契約カード1枚につき1ポイントとして
ポイントに応じて景品が出ます!

みんなで拡張だ!

  5ポイント          食事会
10ポイント     ディズニーランド
30ポイント          テレビ
50ポイント          自転車
70ポイント         温泉旅行
100ポイント        ハワイ旅行

(ポイントは累計で使ったら無くなることとする)

みんながんばれ!!



考えたな。先生。

よく見たら青い紙ではなく
色鉛筆で青く文字の周りを塗っている。
そして空いた所々にビールの絵やらハワイを思わせる
南の島にビーチパラソルが突き刺さった絵やらが🏖
書いてあった。


優子さんが書いたのだろう。
楽しそうな絵だ。
上の方には🌈虹が描かれている。
優子さんの楽しい心がそのままに映し出されていた。
この一枚で、お店が明るくなった。


いつの日かみんなでハワイに行く日が来る事を
想像してみた。


楽しいんだろうな。きっと。
このメンバーとこのお店がまるごとハワイに
瞬間移動したらいいのにな。
先のことなんかもう考えたくなくなっていく。


「みんなでハワイで新聞配ろうぜ!」
思わず私はガッツポーズで言ってみた。


「えー!嫌だ!なんでハワイにまで行って新聞配るんだよ!」


その場に居た全員に反対された。


そうか!
みんなはハワイに行くことを想像していて、
私はハワイの方がこっちに来ることを想像していた。


みんなは旅行で行くのだな。
私はすぐに住みたくなる。


悪い癖だ。
でもじっとしていたらお尻が痛くなる。
そんなお尻のせいにして。


〜つづく〜









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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。

いただいたサポートで缶ビールを買って飲みます! そして! その缶ビールを飲んでいる私の写真をセルフで撮影し それを返礼品として贈呈致します。 先に言います!ありがとうございます! 美味しかったです!ゲップ!