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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その36


この物語はフィクションです。
如何なる人物も実存しません。


36.   24時間耐久レース3



途中で休憩する事もなく
順調に海の方に向かっている。


海が見えた時は感動した。
湾岸ではなくて海。
潮の香りがする所まで近付いた。


「もうすぐ茅ヶ崎か。江ノ島まで行こうか?」


すっかりナビが板に付いた松本先輩。
湘南の海と言っても広い。


サザンの歌詞に出てくる地名がズラズラと目の前に現れて
私は少し興奮している。


本当に今、自分が湘南に居るんだ。


湘南に住んでいるはずのあの子に
ばったり会ったらどうしよう?


犬を飼っていて毎日浜辺で散歩をすると
言っていたっけ。


「波の音が聞こえない日はない。」
そう言っていたっけ。



海の近くに住むってのも良いもんだな。
はー。顔に当たる風が気持ち良い。


私はこの雰囲気に浸りたくて
助手席にお願いをしてみた。


「なあなあ、CD、サザンに変えていい?湘南に突入したし。」


「うん。いいで。」


CDを手渡したその時、麻里ちゃんが言った。


「私もCD持って来たんだけど・・・後で聞いてもいい?」


サザンのCDに全く興味のない松本先輩が
私から受け取ったCDを放り投げて言った。


「おー!いいやん!誰のCD?」


「えーっと・・・」


少し照れ臭そうに
自分のカバンの中を見ようとしている麻里ちゃん。


志賀先輩が振り返って言った。


「麻里ちゃんのカバンの中身、拝見!!
何持って来たか見せてー!」



「えーー!!ダメですーー!!」


「えーー!!いいじゃん!見せてよー!」


「んー、いいですよーもう!別にパンツとか変なモノ入ってないし・・・」


ぱ、ぱんつ・・・


屈託のない笑顔。
少し人とすれ違う特別な才能の持ち主。



そんな麻里ちゃんのカバンの中から
CDが出てきた。


中島みゆきのCDだった。


「じゃあ、それ聞こうか!」


私はそれを受け取って、
少し戸惑っている松本先輩に渡した。


CDを食べる車。
ムシャムシャという音が聞こえてくるようだ。
00:01と表示されて曲が流れてくる。


いつも自分一人で聞いている音楽を
みんなが居る空間で大音量で流れる事に
少し笑っていた麻里ちゃんと千尋ちゃん。


「ファイト!」が流れた。


な、泣きそうだ!
いきなりだ!


なんて切ない歌詞なんだ。

三番目くらいの歌詞の中に
田舎を捨てて東京に行けなかった男が描かれている。

東京に上京するには
田舎を捨てないといけないのか。
そんなつもりが無くても
残された者はそう感じて
反対したりするのだな。


そうか。
そうなのか。
そんな世界もあるのだな。


私はまるで旅行に来たかの様に
フラッと東京に来たが、
みんなは一大決心をして
家族に見送られて来たんだな。


一日一日を噛み締めて
大切に過ごさないといけないな。


バックミラーを覗いた。


車の中にみんなそれぞれの思いが漂っている。
みんなの頭上にゆらゆらとタバコの煙の様に、
いろんな形をした想いが、
ねじれたり途切れたり繋がったりしている。


みんなの過去。
みんなの夢。


音楽家になるために。
漫画家になるために。
ジャーナリストになるために。
小説家になるために。



一人で東京に来て
新聞を毎日配りながら生活しながら
夢を追いかけるなんて
すごいじゃないか!


すごい奴らの集まりじゃないか!
この車内は!


そんなドリーム号の運転手が出来たなんて
光栄である。



私はギターの練習すらしていない自分に
なんとか運転手の仕事を与えた。



「江ノ島だって。桑田さんの家って近いのかな?」


由紀ちゃんが言ってくれた。


ここにも何かの理由があって
住んでいる人がいる。


「あ、そうだ!真田くんの昔の彼女って
この辺に住んでるんじゃない?みんなで探そっか?」


「いや、彼女ではない・・・」


しーちゃんが余計なことを思い出してくれた。


松本先輩が加勢した。

「おーそうか!だから湘南に来たんか!早く言ってくださいよー。
一緒に探しますやんかー。おっ、そこに可愛い子が歩いてますけど!
もうあの子でいいんじゃないか?」


「ハハハ!」


みんなが笑ってくれた。
からかわれ始めた。


「真田くん、誰でもいいの?」


麻里ちゃんが笑いながら言った。



「オッケー!」

松本先輩が言った。



みんな凄い覚悟で東京に来た凄い奴らだ。
思う存分に私で遊ぶがいい・・・


〜つづく〜

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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。

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