よっしー@ホロスコープカウンセラー

ホロスコープ星術師|心理士|個別相談はもうすぐ100件。 自分迷子の”持って生まれたあ…

よっしー@ホロスコープカウンセラー

ホロスコープ星術師|心理士|個別相談はもうすぐ100件。 自分迷子の”持って生まれたあなたの性質”を読み解き、本来のあなたへ。 もと役者のアラフィーシンママ

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「あなた、コロナにかかってますよ」目次

ご訪問いただきありがとうございます! この記事は、私が2021年5月に新型コロナウイルスに感染し入院、そこからわが身に降りかかった”不思議体験”をまとめた読み物「あなた、コロナにかかってますよ」の目次です。 「え?」と思うところもあるかと思いますが、ほぼほぼノンフィクションです。特に後半部分は起こったことをそのまま書いています。信じられないかもしれませんが、実は私たちの周りでこんなことは普通に起こっているのだと思います。それを受け入れて、楽しみ、感謝し暮らしていくのがこれか

    • 自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記42.劇団立ち上げにも奇跡が起こる

      よし、ママの劇団を立ち上げるか! そう決意したとこまではよかったが、実はワタシは劇団を立ち上げたことなどこれまで一度もなかった。 (普通はないか。笑) 世のいわゆる ”劇団” という団体は、 ・「オレはこんな芝居がやりたいんだ! みんなオレについてこい!」と、自分の世界観を台本に落とし込み、みんなをその世界観に引っ張ることのできるヒトが立ち上げるもの ・もしくは、どっかで一緒に芝居をしていた仲間が数名集まり、役割を分担しながら協力し、運営するもの こんなイメージだ。これを

      • 自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記41.劇団やったら?

        子どもを保育園に預けたことをきっかけに、ワタシは『本当に自分がしたいこと』の探求をはじめた。 しかしその作業は、とても難しいものだった。 一体自分はどんなことができるのか 一体どんなことをしていきたいのか 「自分の棚卸し」とか「自分を知る」なんて言葉はなく、スピリチュアルなんて言葉も知らず、職場の同僚の”みえないヒトの声が聞こえる”なんて話にゾワゾワしていた頃。自分のことを深掘りすることは、まるで雲をつかむような、ふわふわとつかみどころのない作業で、いま思えば、ワタシは

        • 自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記40.間に子がいる夫婦とは

          今日、整体の先生に「運動得意ですよね? なにやってました?」と聞かれビックリした。ずーーーっと長い間「自分は運動がニガテ」と思ってきたが、実はただの思い込みだったのかもしれない。 (脚が、運動ができるヒトの脚、らしい) 人間って生きてるうちに、いろんな思い込みで完成されてくんだろうなーと改めて感じた。 たぶん、いま思ってる自分のこと、全部一旦疑ってみた方がいいと思う。 さて。時を2000年代に戻そう。 こうして子どもがいるようになってからの生活を綴っていると、オットの存在

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        「あなた、コロナにかかってますよ」目次

          自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記39.我が子が教えてくれたこと

          4月になり、とうとう保育園に1歳にもならない子どもを預けながら働く生活がはじまってしまった。 ※ちなみに、認可保育園に入るには0歳児からの申し込みが一番確実。1歳児以上になってしまうと空きが出ない限り入れないから。 でもはじめは、慣らし保育といって、2時間とか3時間、母親と離れる練習をするような期間が設けられているので、まだまだ本番にはほど遠いし気がラク。ただ決して楽しいワケではない。 緊張しながら保育園へ。 息子、まだなんにもわかってない。 さあ預ける。 泣く。 保

          自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記39.我が子が教えてくれたこと

          自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記38.産休育休保育園

          さて。 「そろそろ子どもがいてもいいかも…」と考え行動したワタシのとんでもなく打算的だった話を暴露するのは、こうみえてとっても勇気がいることではあったが、実はワタシは他の点においても抜かりない調査のもと、今回のミッションを成し遂げたのだった。 まず、派遣社員でなく契約社員として働こうと、とある社団法人に入った。今はどうなのかわからないが、当時は派遣社員に産休も育休もなく、そうなれば収入がゼロになるのはもちろん、産後に仕事復帰したいとなったときも困る。その点、社団法人であれば

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          自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記37.子どもの存在でみえた夫婦の溝

          33歳で子どもを産んだ。 なんて可愛いんだ~‼️ これまでのワタシはなんだったんだろう…こ、こんなことなら、もっと早く産んどくんだった涙 ワタシの人生、常にそんな感じだ。 いい匂いがする… 肌もツルツル… 手足の小さくてムニュムニュした感じは、大人には絶対ない…自分の手を近づけるとぎゅっとつかむ…たまらん… こんな言い方が良くないのはわかっているが、息子の存在は何より刺激的だった。息子が母乳育児だったこともあり、ワタシは息子と離れられなくなり、いつしかオットとの距離

          自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記37.子どもの存在でみえた夫婦の溝

          自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記36.助産院の先生

          結婚し、約5年の月日が流れた。 あの頃って、本当に周りがうるさくて、結婚してると言えば絶対「子どもは?」と聞かれるし「早くつくらないと」とか余計なことばかり言ってくる大人が大勢いて、ワタシはしょっちゅう腹を立てていた。 が、しかし。 ある時ふと「なんか、子どもがいるのもいいかも…」と思ってしまった。そしてそれを相手に伝えたところ、じゃあつくってみましょうか、となり、そして妊娠してしまった。 これはいろんな意味で本当に失礼な書き方をしていると思うのだけど、当時のワタシを

          自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記36.助産院の先生

          自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記35.ある風水師さんとの出会い

          そんなわけで、 いつまでも”同棲状態”ではいかん!!との強迫観念から、ワタシはとうとう結婚することに成功した。 27歳。 なんと友人はほぼほぼ結婚し、子どもを育てており、話が全然かみ合わなくなっていた笑。 「結婚」できたことで、ワタシの心に平穏が訪れた。それは「世間体」を気にする親の目だったり、それが刷り込まれた自分自身の思い込みが原因なのもあるが、意外にも「もう相手との駆け引きが必要ない」ことも大きな理由だった。 恋愛は疲れた。 いつも相手の思いを気にしていた。 「本

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          自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記34.ここへきてまた「世間体」が

          念願のひとり暮らしをはじめたのは25歳の頃。埼玉あたりに住むつもりが、あまり変わらない家賃で都内にある物件を発見してしまい、そこに住むことに決めた。決めてしまった。 ひとり暮らしを決行するのは、なかなかに勇気がいった。あまり考えることなく思い付きでワァーッと行動してしまうときもあるのに、行こうと思うと「いや待てよ」とブレーキをかける自分がいるときもあって、ひとり暮らしは”ブレーキの自分”がかなり優勢で、(自分を)説得するのに時間がかかった。 でも、いつまでも実家にいて親か

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          自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記33.どんな経験にもムダはない

          社会で生きるということは、他人とうまくやっていくことだと思っていた。 ヒトとうまく渡り合えること。 誰とでもそれなりに気持ちよく過ごしてもらうこと。 そして、誰か、とても気の合うヒトともっと仲良くなれること。 社会人としての第一歩で2年ももたず会社を辞めたことで、ワタシのなかには「失敗した」「人間関係がニガテ」そんな刷り込みができていた。 そしてそこを、自分なりに何とか払拭できないものかと思っていた。努力すればなんとかなるかも、と思っていた。 一方で「役者になる」という

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          自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記32.借金のために働く、がその行先は

          さあどうしよう。 残ったのは借金だけ。 ようやく満を持して役者の道に進んだのに、何にもなれなかった。 ※とはいっても、役者修行をしていたのはほんの3年ほど。今、あたりを見回せば十年選手などゴロゴロしているのが当たり前の世界とわかる。自己肯定感の低さと白黒はっきりさせたがる気質から、自分で勝手に見切りをつけ離脱しただけに過ぎない。 ワタシは悩む暇もなく、借金を返すため、おカネを稼ぐため仕事をした。その頃「派遣社員」という、正社員でもないバイトやパートでもない、新しい働き方が生

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          自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記31.念願の役者修行をはじめる

          「せっかく短大まで出してやったのに…何やってるんだ、アイツは」 オンナだから高卒でいいと思っていたのに、行きたいっていうから短大に行かせてやって、ようやく就職が決まったと思ったら、こんなあっという間に辞めやがって…「就職先が決まらない」って泣きついてきたとき、口きいてやらなくて、ホントによかった。 それにしても毎日ウチに居られたら、近所からどんな目で見られるか…まいったなぁ… 両親の思いはこんな感じだっただろう。 母「お芝居やりたいならやってもいいけど、ちゃんと昼間に働

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          自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記30.いい子じゃなくなった

          会社を辞めたのにはもう一つ理由がある。 今こそ、今こそもう、芝居をはじめてもいいんじゃないか!!! 一旦社会人経験したからいいだろ。 そう、もしかすると 「あ、そっか、ホントは芝居がしたいんだ。だから会社勤めなんかしてちゃダメなんだ」 そんな風に自分のなかでうまくすり替えて、”オンナ恐怖症”とか”ヒトの感情に敏感なとこ”なんかにうまくフタをして、うやむやにしてしまったのかもしれない。 ただまあ、そうはいっても、芝居がしたいという思いは小学生のころから何となく夢見たものだ

          自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記30.いい子じゃなくなった

          自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記29.悪口言われてる気がする

          前回書いたお茶くみ同様、あの頃はオンナが集まって何かをすることが多かった。制服もあったから、毎日更衣室で着替えていたし、その更衣室が休憩室も兼ねていたものの、お昼休憩は別の課のオネエサマたちが使用することが暗黙の了解で決まっており、我々新人は(いや、ワタシは)着替え時間以外は恐ろしくて更衣室に出入りできなかった。 じゃあお昼はどうしてたのかと思い起こすと、あの頃はコンビニ弁当なんかもそんなに充実してなかったので、ワタシたちは近所のお店に外食しに行ってたんじゃなかろうか。 ワ

          自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記29.悪口言われてる気がする

          自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記28.昭和のお仕事:お茶くみ

          あ。そういえばワタシが就職したころはちょうど平成に入ったタイミングで、昭和じゃなかったわ。 すっかりウソをついていました、、、 でも、じゃあ平成かというと、行っていたことは紛れもなく昭和のものだったと思うのです。平成ってもう少し違うと思うんだよね。 というわけで、昭和ならではのお仕事「お茶くみ」をご紹介しようと思います。 今もやっている会社、あるのかしら? まさか、この、令和の時代に!? あったら教えていただきたいです。 ワタシの入った職場は、当時、株式一部上場企業の、

          自己否定からの解放ー自分を知り荒波を乗り越えたワタシの半生記28.昭和のお仕事:お茶くみ