優しくなった人はずっと傷ついてきたんだね。
こんにちは!すがどんです。
今回は、優しくなった人はずっと傷ついてきたんだね。というテーマで書いていきます。
あなたの周りに、この人やさしいなと思う人はいるでしょうか?
そのやさしい人は、相手の状況や気持ちを考えられて発言・行動が出来る想像力のある人です。そのやさしさに触れた時に、感動することすらあるかもしれません。
一方で、やさしさは感じないけれどもグイグイ我が道を行く背中で見せる強いタイプのリーダー的な人もいると思います。
どちらがいいというのは全くありませんが、今日はやさしい人にフォーカスをあてて、なぜその人はやさしくなったのかということについて考えてみたいと思います。
ちなみに僕は、やさしいねと家族や友達、会社の同僚から言われることが多く、どちらかと言うとやさしい方の人間なのだと自分で感じています。(人から言われるので、一旦自分がやさしい人前提で書いていきます 笑)
生まれつきそうだったかというとそうではなくて、僕は後天的にやさしくなったと思っています。
小学1〜5年生の頃はやんちゃしていた普通の小学生で、小6の頃の出来事をきっかけに相手の状況や考え方を想像するようになり、優しくなっていったのかなと思っています。
今回は、僕の経験を通して人が優しくなった理由について深掘りしていきたいと思います。
普通にやんちゃしていた小学生時代
僕は小学生の頃は本当に普通の小学生でした。
勉強や運動はその小さな町の小学校の中では比較できた方でしたが、そこに特別誇りを感じたり優越感を感じることも無かったです。
当時野球をしていてすごく日焼けをしていたり、おでこが人より広かったり、首が人より長いことでからかわれたりしていましたが、いじめというところまではいかなかったと思います。
ただ、そのからかいに傷つくことはありました。
先天的な身体の特徴はどうしようもないのに、そこをからかってこられても直しようもなく、どんどんコンプレックスに感じていったと思います。
なんでからかって来るんだろうと自然と考えるようになって、相手の心理とか気持ちをこの頃からよく想像するようになっていきました。
相手の気持ちを想像するようになったことは、からかってこない人に対しても対象の範囲が広がり、相手の状況を尊重するやさしさが少しずつ身についていったのかもしれません。
そして、極めつけは小6の頃にやっていた野球での経験でした。
小6の頃に学んだ失敗に対する恐怖
僕は小6の頃にやっていた野球の試合前に一度倒れて救急車で搬送されたことがあります。
チームが強くてエラーが許されない試合が続く中で、エラーをすると怒るチームメイトがいたために、だんだん失敗できないとプレッシャーに感じるようになって、ある日の試合前に限界を迎えて倒れた感じです。
症状が吐き気だったので、2次症状的に母の作る夜ご飯も食べられなくなり、一時期母にも見離されて孤独を感じていた時期がありました。
その経験が僕の中では大きいです。この経験で学んだことは、失敗する恐怖に怯え続けていると精神的にダメージを負っていって、終いには身体的な症状に表れる人もいるという事です(自分)。
このような経験を通して、僕は思うようになりました。相手の気持ちを考えようと。相手の状況やペースもあるのに、自分の感情に任せて怒りをあらわにしたりすると相手を追い詰めるかもしれないと。
だから、僕は人の失敗に寛容でいようと強く思うようになりました。社会人になってからもそうしています。だって、人間失敗しますもん。いつも失敗せずにいられるわけなんてない。
それに、人間弱いところが誰しもあるものです。そのエラーをすると怒っていたチームメイトも、ギリギリの戦いの中で重圧に押しつぶされそうになっていたのが怒りという形になって表出していたのかなといまは思います。
怒る人は実は弱っているから怒って強く見せようとするんじゃないかなと思っており、下記記事でも書いています。
小6の頃ですしね。僕もそのチームメイトも人間として成長過程にあったのだと思います。今ではこのような経験を小6の早いうちから経験が出来て感謝しています。野球をやっててよかったです!
相手には相手の価値観・ペース・暮らしがある。
人間一人では生きていくことが出来ません。社会に属している中で人と接しながら生きていくことになります。
そして、その人それぞれに価値観・ペース・暮らしがあります。それを受け入れながら社会の中で共に生きていくのが大切だと思っています。
これが、上記小6での経験が契機となり、いまの僕の根幹を成している考え方です。
なんであの人はいつもああなんだろうと、イライラしてしまうと辛いものです。あの人はああいう人なんだと割り切って受け入れてしまうのがいいと考えています。あの人のことを変えようとするのは難しいものです。
どうしても割り切って受け入れるのが難しいなら、物理的に距離を取ったり自分が環境を変えるのもいいと思います。それも、相手を受け入れて自分のことも受け入れる一つの形だと思います。
みんな違っているから、社会に出て携わる仕事も違います。だからこそ、社会は成り立っています(人間皆同じで、例えばタクシー運転手になりたい人だけしか存在しないなら社会は成り立ちません。)。
みんな違っていいということは、あなたもあなたのままでいていいんです。あなたの価値観を大切にして、あなたのペースで、あなたならではの暮らしをしていいんです。
僕は自分の経験に基づいて、心からそう思います。
海外旅行に行くとなおさら、人それぞれに価値観・ペース・暮らしがあるんだなと実感します。下記記事でも書いています。
おわりに
今回は、優しくなった人はずっと傷ついてきたんだね。というテーマで書いてきました。
ここまで書いてきてなんですが、僕は自分のことを優しくて素晴らしい人間だと自惚れているわけではありません。笑
本当に優しい人ってどういう人だろうと今でもよく自問自答しますし、本当に優しい人に近づいていきたいと考えている道半ばの人間です。
僕の小6の頃のような予期せぬ出来事によって一時的に自信を失ったり、はたまたずっと自信を失ったままで自分を受け入れられていない人がいらっしゃると思います。
そのような方々の自信が回復して、自分を受け入れることで、自分らしい人生に戻っていく。そのお手伝いをしていきたいというのが僕の人生のビジョンです。
より大きなお手伝いが出来るよう、今日もまたゆるコーチング・情報発信・Webサイト開発の3本柱で前進していきます。
最後にもう一度言います。あなたはあなたのままでいていいです。誰にどんなひどいことを言われても、あなたの価値観を大切にして、あなたのペースで、あなたならではの暮らしをしていいです。
僕はどんなことがあってもそれを応援しています!
それではー。
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