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【小説】自然と農

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森の中に暮らす家庭菜園初心者の主人公が、雄大な自然と、時々愉快な仲間たちと送る、ちょっぴりお洒落で心温まる日々の記録。
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#家庭菜園初心者

平穏のリズム

平穏のリズム

雨の多い日々。

水遣りは当分中止。

早朝に起きてもざあざあと土砂降りの事が多いので、
なかなか畑に出られないでいた。

植物に触れていないと鬱々として来る魂。

何をするのも億劫に思えて体が重い。

山小屋の階段を昇って降りるだけではあはあと息が切れた。

圧倒的運動不足。

筋肉量の減少と精神的張り合いの欠如。

それが肉体的、精神的にかくの如く仇なすとは。

我ながら情けなく、ベッドに伏し

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ズッキーニとディダクション

ズッキーニとディダクション

ある日の午後、フロントガーデンで水遣りしていた僕は、
向かいの家から大家のミセススフィアが出て来るのを見た。

彼女は慌ただしく車に乗り込み、大きくアクセルを踏み込むと、
猛スピードで出て行った。

今日もまた仕事に遅れそうなのだな、と思い僕はにやにやする。

彼女は、山を下りた先の町でカフェ店員をしている。

白壁の美しいモダンな雰囲気の店内。

フルーツたっぷりのパンケーキが売りの、居心地の良

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猫の友人

猫の友人

森を下り、街路灯に沿って凡そ東の方角へ二十分ほど進んだ先に、そのカフェは佇んで居る。

埃っぽく煤けた雰囲気の外観とは異なり、内装はカントリー調のウッディな造りで清潔に保たれている。
店内は広々とし、その空間は良い木の香りのする数本の木柱によって仕切られていた。

温かみのあるほの赤い電灯。

至るところに青い黒板が貼り付けられ、店長お薦めの料理やアルコールがチョークでずらりと書き並ぶ。
そのコン

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早朝のひぐらしと朝焼け

早朝のひぐらしと朝焼け

朝、薄明るい光がカーテンの隙間より漏れ出でて、部屋の中がぼんやりと明るさを帯びて来る。

徐にその光芒を見つめ、数秒の後えいやと威勢良く起き上がる。
その勢いのまま窓辺へ擦り寄り、バサッと言う大きな音を立ててカーテンを開く。

ガラス窓越しでも聞こえて来るのはひぐらしと小鳥の大合唱。

それに微かな一番鶏の雄叫びも混じっている。
絵付けの叔父さんところの雄鶏だ。
闘鶏のように勇敢で、赤い鶏冠の立派

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自らを失する(ここは、どこ・・・?)

自らを失する(ここは、どこ・・・?)

ある日の午後、心地良い微睡みから不図目を覚ました僕は、突然自らを失した。

と言うのは、自分が一体誰であるのか、自分の居場所、周囲の環境と言った一切を失念してしまったのである。

そんな馬鹿な、と言う批判は勿論であるが、しかし、実際に起こったのだから仕様が無い。

僕も余り混乱しベッドで二回、三回と転がってみたものの、ぼんやりとした脳内に有益な情報は何一つ見つからない。

それで落胆した挙句、唐突

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天の動乱

天の動乱

美しい朝を迎えるはずが、目を覚ました先にあったのは雷雨だった。

平生より幾分暗い寝室。
木製のベッドを軋ませて起き上がると、夜の明けきらない窓辺へ擦り寄った。

白いカーテンの隙間から、ぽつぽつと雨粒の当たるウッドデッキがぼんやりと見える。
耳を澄ませば、ゴロゴロと遠く雷の轟く音が伝導してやって来る。

窓を開ける自信無く、暫く外景を眺めていたものの、あわあわと大きく欠伸をすると、再びベッドへ仰

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始まり

始まり

月光の差す窓辺で一人、遠景に並ぶ街路灯の明かりを眺めていた。

美しい月夜だった。
最も、満月には幾分早すぎる、上弦を少し越えたくらいの月であったが。

それでも、随分と間近に迫っている事は分かった。
平生の一・五倍くらい、大きくなった月が煌々と夜の闇を照らしているのだ。

街路の外れは山の嶺に同化し、杉や檜の森が延々と続く。
その手前も薄ぼんやりと明かりが見え、小さな集落を形作っていた。

その

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