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猫の友人

森を下り、街路灯に沿って凡そ東の方角へ二十分ほど進んだ先に、そのカフェは佇んで居る。

埃っぽく煤けた雰囲気の外観とは異なり、内装はカントリー調のウッディな造りで清潔に保たれている。
店内は広々とし、その空間は良い木の香りのする数本の木柱によって仕切られていた。

温かみのあるほの赤い電灯。

至るところに青い黒板が貼り付けられ、店長お薦めの料理やアルコールがチョークでずらりと書き並ぶ。
そのコントラストが華やかで、木目の美しいテーブルと相まって心地良い空間を作り上げていた。

センスが良い、その一言に尽きるこの場所で、メメと僕は暫し和んだ。

メメと言うのは無論、僕の飼い猫の名前である。
否、飼い猫と言うと屋内で飼われている箱入り猫のように思われるかも知れないので注釈するが、メメは寧ろ我が家へ居着くようになった元野良猫であり、いや現在も気ままに時折やって来てはご飯をせびる野良猫であり、それが近頃いやに人懐こく、何処へでも付いて回るのだが、今日も僕の足元をちろちろと追いかけて走るので、気が付けば共に席を囲んでいたのだ。

猫と言うものは真に気分屋であるから理解に苦しむ。
僕が呼んだって来やしなかったのが、今は満悦の表情でペロペロと水を舐めている。
「メメ、僕のこの一杯が終わったら帰るのだから、大人しくね。」
彼女は承知したと言わんばかりに「にゃーおう」と一際大きく鳴く。

平生より不思議なのが、彼女の人間的言動の数々である。
この日も、僕の一杯が終わるまで、僕のノートにびっしりと文字の刻まれるまで(僕は大抵山のようなメモを残した)、彼女はテーブルの上へ優雅に腰を下ろしたまま、時折毛繕って粛然と僕を待った。
その品行方正な出で立ちに、僕はしばしば美しい女性の幻影を見るほどだ。

「にゃおう」
彼女は気高く鳴いた、まるで僕の動静を遮るかのように。
するりとテーブルを降りると、軽い足取りで出口へと向かう。

文字で一杯のノートを閉じ、グラスに溜まった生温い水を飲み干すと、彼女を追って会計を済ませる。
外界は強い日差しで益々煙って見える。

やがてメメは走り出し、僕の濁った視界をすり抜けて消えた。
僕は仕方なく僕の道を帰る。

この暑い夏に、夕闇はまだ迫らない。

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