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自らを失する(ここは、どこ・・・?)

ある日の午後、心地良い微睡みから不図目を覚ました僕は、突然自らを失した。

と言うのは、自分が一体誰であるのか、自分の居場所、周囲の環境と言った一切を失念してしまったのである。

そんな馬鹿な、と言う批判は勿論であるが、しかし、実際に起こったのだから仕様が無い。

僕も余り混乱しベッドで二回、三回と転がってみたものの、ぼんやりとした脳内に有益な情報は何一つ見つからない。

それで落胆した挙句、唐突に冷静になり、これまでの自身の歩みを想起する事とした。

先ず、西の島があった。
何れ学問を修めた暁には、その島の最も大きな都市へ移住する事と決めていた。
それは懇意にしている友人と共に決した誓いであり、最も優先度の高い契りであった。
僕はその通り大都会へ移り住んだかに思われたが、何を間違えたか、驚いた事に住み始めたのは全く別の北国だった。
美しい森と田畑に囲まれた古めかしいアパートメントで、僕は右も左も分からない土地を右往左往し、親切な住人の世話になっては久方ぶりの幸福を感じていた。

友人との約束は一体全体どうなったのだ?と冷静な僕は訝しく思うが、しかし、兎も角も夢の中である。

もしかしたら別の時間軸に生きる僕の話なのかも知れないと言うのに、分かった事が不人情であると言う事実だけなのが口惜しい。

そして明瞭になる思考は、僕に人との繋がりの大切さを警告していた。

辺鄙な森の中に佇む山小屋。
その中で来る日も来る日も自然との戯れを喜ぶ奇特な人物。
否、それを奇特と称するのは、自然へのリスペクトが不足している証拠と言うもの。

人はもっと自由で豊かである必要がある。
それは、人そのものが自然に組み込まれているからである。
そして、僕はその『人』と言う要素にどうも欠如が見られるようだ。

明るくなる外界と共にはっきりとして来る頭を押さえ、呆然と山際の町を見下ろした。

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