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風雷の門と氷炎の扉21

舞っていた砂塵はパラパラと軽やかな音と共に地に落ち、ようやく視界が開けた。
そこでウリュの目に見えたのは衝撃の光景だった。
門のかんぬきと扉が破壊されている。
扉はかんぬきの部分に穴が開くような形で破壊されており、かいくぐればなんとか人が通れる。

「あの門が…私が…何をしても壊れなかったあの門が…。」

ウリュがあ然として呟いていると、周辺からあの音が聞こえてきた。

ぶちゅぶちゅ…

破壊された門に目を奪われている場合ではなかった。
門を開くという一つの目標は達成したが、サンの殲滅というのは話が別だ。
サンが湧き出る音を耳にしたウリュは、ヒョウエに視線を移した。
再生した右足は再び溶かし尽くされ、片足でやっと立っている状態だ。
何としても倒れない、その強固な意識を見せつけるかのように片足で立っている。
まだサンがヒョウエの身体中に張り付いており、現在も白煙を上げてヒョウエの身体を溶かしている。

「ぐ…オオォォォ…。」

「ヒョ…ウエ…」

砂塵の中でウリュに向けられていたであろうあの笑顔はもう無い。
両眼球は大きく垂れ下がり、真っ黒で巨大な身体で苦悶の表情を浮かべている。
ただ、少し様子が違うのは胸の中心部が赤く腫れ上がり、ドクンドクンと脈を打っている事だ。

「ウリュよ、急ぐぞ。サンはとめどなく湧いて出る。」

『間もなくヒョウエの身体は爆発を起こして木っ端微塵になるだろう…それに巻き込まれる訳にはいかん…それでウリュを傷つけてしまってはヒョウエの命が無駄になる。そして何より…自らの砕け散る有様を…愛する者に見られたくはないだろう…。そうだろう?ヒョウエよ…。』

フウマはヒョウエの顔を見た。

『ヒョウエ、お前の気持ちは確かに預かったぞ。お前がどう思うかは分からぬが…安心して逝くといい。』

フウマは一人納得したように静かに、ゆっくりと頷いた。
と、その時である。

「ハ…ハヤク…ハヤク…ハヤググググッ…」

「!?」

「は、話せるのか!?ヒョウエよ!」

何とか人の言葉を話すヒョウエにウリュではなくフウマが昂ぶった。

「ヒョウエ!お前の気持ちは確かに預かった!!安心しろ!!全て私が預かった!!ウリュの事も…任せておけぃ!!」

「フ、フウマ様…」

ここまで昂ぶったフウマをウリュは見た事が無い。
大きな声は聞いた事はあるが、まるで何かに全身全霊で打ち込む少年のような顔は見た事が無い。

「ヒョウエ!さらばだ!お前のような強き男を私は忘れんぞ!!」

ドクンドクン…

ヒョウエの腫れ上がった胸の中心部が少しづつ大きくなってきている。
脈打つ音も徐々に大きくなってきた。

「いくぞ、ウリュ。ヒョウエも無惨な自分の姿をお前に見られたくはあるまい。」

「はい…。」

フウマの優しい口調が逆に完全なる絶望へとウリュを誘う。
姿は違えど、ヒョウエが自分を守り導いていた先刻とは明らかに状況は絶望的だ。
永遠の別れが迫っていた。
ヒョウエとの時間は親よりも多かったのかもしれない。
どんな人間よりも多くの時間を過ごしてきた存在が今完全に消え去ろうとしている。

「ヒョウエの功績だ。さぁ…。」

フウマはウリュの手を取り、門へと歩いて行く。
片足で立っているヒョウエの横を通り過ぎ、門へと歩いて行く。
サンが湧く音が大きくなっていくのを聞いたフウマは歩く速度を少しづつ速め、やがて駆け足へに変えた。
ウリュは門の前まで辿り着くと立ち止まった。
振り返る。
数m後ろにサンが張り付いたヒョウエが、片足で立ち、その体勢をいまだ崩していない。

「ヒョウエ、ありがとうございました。」

ウリュはヒョウエに向かい、深々と頭を下げた。
ウリュ自身がこの世に誕生し、言葉というものを覚えた頃から、ヒョウエに向かい丁寧な言葉など使った事はなかった。
それが今、自然に丁寧な言葉が出てきたのである。
丁寧な言葉を使いたい、使わなければ、ではない。
その思いは放っておいても勝手に言葉となりその言葉を綺麗なものに磨き上げて、勝手に出てくるものだとウリュは短時間で悟ったのである。
ウリュは僅かな角度で頷くと、再びヒョウエを背にした。

「先に門の中へ行け、ウリュ。時間が無い。サンが来る。」

「分かりました。」

ウリュは今度は大きく頷き、中途半端に開いた壊れかけの門をゆっくりとくぐった。

「さぁ、フウマ様、こちらへ。」

ウリュは中の様子を見る事なく門の外にいるフウマに声をかけると、返事ではなくガラガラと瓦礫を崩す音が聞こえた。

「グッ…さすがに狭いな。んん!むぅ…まぁこれならサンも簡単には入ってこれまい。」

フウマには瓦礫の間をくぐるにはあまりにも狭い。
フウマは瓦礫を押しのけようやくその巨体を門の中へねじ込んだ。

「何なの…。」

「何と…バカな…何だここは…」

門をくぐり2人揃って門の中を見回すと、見た事が無い大地が広がっていた。
その大地はひたすら赤い。
大地が赤いというより、肉のようなものに近い。
地という強固なものではなく、まるで筋肉といった感じだ。
そして見渡すと川の様なものがいくつかあり、その川には不透明な赤い液体が流れている。
トポトポという川のせせらぎとはほど遠い、いかにも粘度が高そうな音を立ててその川は流れている。
ムッとするような生臭さと、不気味な雰囲気にウリュとフウマは圧倒された。

「何?ここは一体なんなの…?」

ウリュの赤い目が更に赤く光り輝き始める。その瞬間である。

バゴォォォォォォン!!
ドドド!

壊れた門の隙間から轟音と共に爆風が駆け抜けてきた。
ウリュとフウマは咄嗟の判断で身を伏せて事無きを得たが、門の破片や様々なものが2人の頭上をかすめていく。

「ヒョウエ…」

「ヒョウエ…」

2人は頭を抱えて伏せた状態でヒョウエの名を呼んだ。
邪文ヒガンテによりヒョウエが自爆したのだ。
ヒョウエは本当に死んだ。
異形となったヒョウエすら完全にこの世から消えたのである。
爆風は徐々に弱くなり、再び静寂が2人を包もうとしている。

「ウリュよ、無事か?」

「ん、え、は、だ、大丈夫です。少し、手を切りましたけど…。全然平気です。」

2人はのそりと頭を上げて、後ろの門を見た。
ウリュは不安な表情を浮かべた。
ウリュとフウマがくぐって来た門が瓦礫で完全に封鎖されてしまったのだ。
それなりの覚悟をしてきたつもりだったウリュだったが、完全に退路が断たれた今、改めてその状況に身震いをした。
自分の中へ直接語りかけてくる言葉と衝動に任せてここへとやって来た事をウリュは思い出したのである。
そしてここへやって来る為に人を殺め、人を亡くした。
ウリュの震えが止まらない。

「あ…あっ…ぅ…」

ウリュは身を伏せたまま両手で頭を抱えた。
震えは更に大きくなりカチカチと歯まで鳴り始める。

「ウリュ…」

フウマは右腕をウリュの肩へ回し、身を伏せたまま抱き寄せた。

「フ、フウマ様…わ、私…」

「何も言うな。」

フウマは何かを言いかけたウリュを優しい口調でなだめ、ウリュの頭を自分の首筋へと強く抱き寄せた。
ウリュは戸惑う事無くその身をフウマに寄せた。

『ヒョウエが見ていたら何と言うだろうか…』

フウマは顔をしかめながらもウリュを抱き締めた。

・・・

「フウマ様…私子どもが欲しかったんです。ずっと…。」

ウリュとフウマは瓦礫に埋まった門に背を向けて立ち、遠く見つめていた。
その最中、ウリュが突然切り出した。
子どもが欲しかった、その言葉に対して無言のままのフウマにウリュは話を続けた。

「私…兄弟がいないじゃないですか…だから…ずっと弟とか、妹とかが欲しかったんです。でも、私は女で、子どもをこの身に宿せるって知ってからは…その…兄弟じゃなくて自分のお腹に自分の子を宿したい、そしてその子を産みたいって思うようになったんです。」

「その話をなぜ今するのだ?」

フウマは鋭い目でウリュに問いかけた。
いつもの穏やかな表情ではない。

「わかりません…ただそう話をしなければならないような気がして…。何かに、何者かにそう言われているような気がして…。」

ウリュは少し困ったような顔をして、頬を赤らめた。

「今のお前は何かに操られている、そういう事なのか?」

「そうなのかもしれません…。」

フウマは頭をひねりながらため息をついた。

「その…お前を操っているであろう者はこの先どうすればいい、どこに行けばいいとか、そういう事は教えてくれないのか?私はここで死ぬ覚悟はできている。別にここで自害する事もいとわない。お前はそうではないだろう。」

「心残りは子ども…ですがそれも叶いそうに無いですし…。もう…いいかなって…。」

「…。」

「…。」

気まずい空気が流れる。
その気まずさがどういう事なのかはフウマもウリュも理解出来ていない。
しかし、ウリュは無意識にその理由を理解している様子だ。

「私…。」

ウリュは突然肩から着物をはぐり、肩をするりと出すと、そのまま一気に着物を自ら脱ぎ去った。
そして堂々と、正面から裸体をフウマにさらけ出した。
若く、鍛え上げられた未成熟なその裸体は、光の無いこの世界でもしっかりとわかるくらいの光沢感をまとっている。

「ウ、ウリュ!何をしている!馬鹿者が!」

一糸まとわぬ元弟子の姿に慌てたフウマは尿のシミが付着しているウリュがまとっていた着物を手に取った。
フウマが手に取ったウリュの着物を再び着せようとウリュに近づいた時、フウマはウリュの異変に気が付いた。
ウリュの美しい瞳の中に何かが写っている。

「な、何だ?これは?だ、誰だ?何をしている?」

「フウマ様…」

ウリュはトロリとした目でフウマを見つめるとそのままフウマの胸の中にぽすっと軽い音を立てて収まった。

「フウマ様…私を見つめて下さい。そして…」

「止めるんだ、ウリュ…」

『か、身体が動かない!』

ウリュの目を見ていたフウマは金縛りにあったように身動きが封じられた。

「フウマ様…私に…」

「止めろ!」

『ヒ、ヒョウエ!なぜだ!?なぜ私の身体は動かないのだ!!ヒョウエ!教えてくれ!』

「私に…!」

「止めろ!言うな!!」

「私を!!」

「止めるんだぁ!!」

『ヒョウエ!!ヒョウエ…す、すまない…ヒョウエ…』

「私に…!!」

・・・

2人は折り重なり、その地に対して水平になる。
ウリュは唇を自分の何倍も大きなフウマの唇に重ねた。

「ん…」

その瞬間ウリュは何かを感じ、身体をよじらせて、ビクつくとこの世界に異変が起き始めたのだ。
赤い水が流れる川がその動きを止めた。
トポトポと音を立てて流れていた赤い水が、段々とその速度を緩め、そして雫の落ちる音になり、そして最後はその音すらしなくなった。
赤い大地にも異変が訪れていた。
ドクンドクンと小さく脈打ち始めたのだ。
その異変は徐々に広がり、門の外にも訪れ始める。
門の外の上部が青白い光を帯び始めたのだ。
村の人間達はその異変に気が付き、天を指差し、ざわめいている。
生贄の地でもその光を見る事ができた。

「何が起きてるんだい…」

クウリは不安な表情でその青白い光を見つめた。
しかし、クウリはすぐにフッと鼻息を出し、僅かに微笑んだ。

「何か…何かが終わる気がするね…」

クウリはそう呟くとサッと穴の中へと戻ってしまった。
クウリが穴の中へと戻った同じ時、風雷の門の外で最大の異変が起きていた。
ヒョウエの自爆により大半のサンは死滅したが、後から湧いてきた無数のサンが門の中にいるウリュ達に襲いかかろうと群がっていた。
しかし、その不気味な動きがピタリと止まったのだ。
動きが止まったところで、天からの青白い光がサン達を照らすとサンは次々に炎を上げて燃え始めた。
おびただしい数の人の形をしたものが一斉に炎を上げて燃えている様はあまりにも美しく、そして不気味だ。
サンは暴れずに動きが停止した時の体勢のまま炎に包まれている。

ドクン…ドクン…

風雷の門の中での脈動が大きくなっていく。
その脈動はやがて門の外にも伝播し、地震のように大地を揺るがし始めた。
更に脈動は大きくなり、大地震となり人々を襲う。

「おわぁあ!!何だぁ!?」

「キャアアアア!!」

「ぐぁあ!」

「助けてくれぇ!!」

穴の外にいた人々は立っていられなくなり倒れてしまい、穴の中にいた人々は穴のが崩れ始めて生き埋めとなってしまった。
悲鳴が辺りにこだましている。
天からの青白い光は強くなり、それに比例して大地の揺れも激しくなっていく。
いつ終わるかも分からない激しい揺れの中で、青白い光は徐々に赤く変色していった。
ウリュが見たあの赤い天と同じ色だ。

ウリュ達がいた世界が真っ赤に染まっていく。
天も地も赤く染まりきったその時、災厄は最高潮を迎える。
その未来を知る事なく人々は大地にしがみつき、揺れに耐えていた。

まだ崩れていない穴の中でクウリは1人、正座して目を閉じていた。


お読みいただきありがとうございます。

次回は最終回です。その為更新は本日から10日の期間をいただきます。ご了承下さい。









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