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風雷の門と氷炎の扉⑧

森を出ると岩場の窪みに3人は腰を降ろした。

「ウリュ、ヒョウエ、少し眠るといい。私はまだ平気だ。見張っておいてやろう。眠らずとも横になっておくと身体が休まるぞ?」

『嘘だろ…?まだ平気って…。』

自分より明らかに歳上であるはずのフウマの「まだ平気だ」というセリフにヒョウエは愕然とした。

「2人とも、腹は減っていないか?さっき倒したバーの肉を少し拝借してきたのだが…。」

「わ、私は平気です…。すみません、お言葉に甘えて少し休ませていただきます…。」

明らかに疲れた様子のウリュはフウマが頷くのを見るとそのまま横になった。

「おっと、眠りに付く前に、ウリュ…火をくれないか。」

フウマは慌ててウリュに声をかけると木の枝を拾い、ウリュの眼前に差し出した。
するとウリュは刃物を鞘から抜き、何か呪文を唱えると刃物が赤く光り、やがて超高温になったのか白く眩しく光り輝き始めた。
その刃先を枝に触れさせると炎が上がり、見事に着火に成功したのだ。

「すまないな。おやすみ、ウリュ。本当にバーの肉はいらんのか?」

「い、いりません…それじゃ、申し訳ありませんが少し休ませていただきます。」

「あぁ。お休み。ヒョウエ、バーの肉…どうする?それとも休むか?」

「あ、いただきます。」

・・・

「ウリュはああ見えて繊細だ。」

フウマはバーの生肉を尖っている石でブチブチと歯切れ悪く2つに切り裂いた。
そして太目の枝にその肉を刺して、一本をヒョウエに手渡した。

「あ、ありがとうございます。」

「しっかりと火を通した方が良い。」

「はい。…ところで繊細と言いますと…?」

ヒョウエは焚き火にバーの肉をかざした。
途端にバーの肉から黄色い油が滴り落ち始めた。

「細かい事を意外と気にする奴だ。」

「はい、理解しています。」

何を今さらと言いたげな表情と口調でヒョウエはフウマに言い返した。

「恐らく腹が減っているだろうが…自ら手にかけたバーを食う事が出来ないのだろう。」

「そうでしょうね…。」

「ヒョウエ、そろそろいいぞ?食べ頃だ。」

「そうですか。ではお先にいただきます。」

ヒョウエは枝に刺さったバーの肉にかぶりついた。

「ううん…肉をこんなにたくさん食べたのは初めてかもしれません。とっても美味しいです。」

「ハッハッハ、よく食うなぁ。爽快だ。」

「フウマ様、先ほど…なぜ言葉が出て来なかったのですか?」

「ぬ…?」

フウマの表情は変わらずにこやかだ。
そしてフウマも焚き火にかざしたバーの肉にかぶりついた。

「フウマ様が村の中心部を追われそうになった時、ウリュ様のご両親と話をされたと…。」

「…。」

「ウリュ様はフウマ様に質問されました。何をお話になったのか…と。」

「…。」

フウマはヒョウエの追撃を気にしている様子を一切見せずにバーの肉を咀嚼している。

「フウマ様は言葉に詰まった…何かを…隠しているのではないでしょうか…失礼だとは思いますが…」

「何度も言うが、私は長話は好まぬ。結論から言おう。お前達に隠している事など何一つ無い。隠したところで何も得は無い。だが…。」

フウマは遠い目をすると、スースーと小さな寝息を立てているウリュを見つめた。

「どうしたのです?フウマ様。」

「あの時、私を戦神の家で囲ってやりたい、そうウリュの両親は言ってくれたのだ。囲う…その条件…ヒョウエ、お前に分かるか?」

「いえ…。」

「囲う代わりにウリュと子を作れと言うのだ。」

「え…?」

「幼き…実の娘に…だ。」

フウマは目を険しく歪ませるとバーの肉を乱暴に食い千切った。
同時にヒョウエの心も複雑に歪んでいく。

「私には理解できぬ。ウリュには言わぬが、いや、…言えぬが…あの両親は…狂っている。それまでは素晴らしい人間だと思っていたのだがな…。」

「…。」

「なぜあのような決断に至ったのか…理由を聞いても答えなかった。」

「…。」

「どうした?ヒョウエ。何か合点がいかない事があるのか?」

「…いえ。少し考えさせてもらっても…?」

「あぁ、構わん。」

「…。」

『ウリュ様のご両親は聡明だ。そしてウリュ様の事を溺愛されていた…。果たして子孫を残す為…フウマ様を匿う理由付けをする為に我が娘に子を宿せと言うだろうか…。果たしてウリュ様のご両親がそんな決断をするだろうか…。理由は…?』

ヒョウエの考えはまとまらない。
寧ろまとまってほしくないとヒョウエは願っていた。

『どういう事だ…。』

歳は離れているが、ウリュとヒョウエは主と従者として共に育ってきた仲だ。
ヒョウエの知らない所で育んできた絆を、子という結着剤を使って強固なものにしようとしたウリュの両親の理解し難い行動にヒョウエの胸がズキズキと痛む。
幼なじみの女の子が、絶対に自分には見せない顔を自分の知らない異性に見せているのを目撃してしまったかのような痛みだ。
嫉妬という一言で済むような単純明快な感情、感覚ではない。
複雑で黒い感情がゆらゆらとヒョウエの心の底から湧いてくる。

「ヒョウエ。」

「ハッ…はい…?」

フウマの低い声にヒョウエは我を取り戻した。

「ヒョウエ。さっさと食って少し眠るんだ。休まねば正常な判断は出来ぬ。お前は戦神の知恵袋なのだぞ?」

「そ、そ…うですね…。つ、疲れているんでしょうか…。ハハッ…か、考えが…考えがまとまらないのです…つ、疲れているのでしょうね…ハハハ…。」

『私は…何を考えている…?』

ヒョウエはバーの肉を食い千切ると、立ち上がった。
そしてヒョウエはフウマに背を向けたまま、小さな背中から声を出した。

「お先に休みます。フウマ様の言う通り…今…私は正常な判断は出来ないようです。では…。」

ヒョウエはそこまで言い終えると、その場を去った。

・・・

「ん…ヒョウエ…?」

横になっていたウリュは身体を僅かに起こし、視界に入ったヒョウエを呼んだ。

「お目覚めですか?ウリュ様。」

ウリュが横になっている隣に座るヒョウエはにこやかな表情で言葉を返す。

「あ、あれ?フウマ様は…?」

「今、お休みされてます。」

「そう…ごめんなさい、私だけゆっくり眠ってしまって。ん…しょ…」

ウリュは身体を起こして辺りを見回した。

「まだ、森を抜けたばかりだったわね…先…長そう…。」

「ウリュ様、はい、どうぞ。」

ヒョウエは両手一杯のグォールの実をウリュへ差し出した。
どんぐりの実をより縦に細くしたような形状であるグォールの実は今にもヒョウエの両手からこぼれ落ちそうだ。

「…え?」

「お腹減っているのではないですか?さぁ食べて下さい。新鮮で…美味しそうですよ?」

「ヒョウエ…。」

「さぁ。手を出して下さい。」

「ありがとう…ヒョウエ…。」

ウリュは両手を差し出し、ヒョウエからグォールの実を受け取った。

「何か…今日…ヒョウエ、優しいね。」

「何を今さら…自分はいつでもウリュ様には優しいですよ?」

「フフフ、そうね。でも今日は特別優しい気がするわ?」

ウリュはグォールの実を一つ口に放り込みコリコリと音を立てた。

「美味しい…。」

「…。」

「ヒョウエ、ありがとう。」

「…いえ…。」

ウリュの穢れのない微笑みを見たヒョウエは再び複雑な思いに駆られる。

『この穢れのない微笑みが…』

「しっかり食べておいた方が良いですよ?森は終わりです。」

ヒョウエは思いの続きを断ち切るように現実を見てウリュへ声をかけた。
するとヒョウエは後ろから巨体の気配を感じた。

「そうだ。ヒョウエの言う通りだ。」

「フウマ様。もう起きられたのですか?」

ヒョウエは目を丸くしてフウマを見た。

「フウマ様、私一人だけゆっくり休んでしまって…。」

「ウリュ、構わんよ。さぁそれを腹に入れたら行こう。」

「はい。」

「しかし、ヒョウエよ。森を抜けてどちらの方向へ行くかも分からんのか?宛も何も無いのか?」

「フウマ様、少々お待ちを。」

フウマから尋ねられたヒョウエは腰の巾着袋から青い粉をひとつまみ取り出すと、ぱぁと宙へ放った。
するとA3程度にしか広がらなかった白い粉の映写術とは違い、1畳はある大きなスクリーンのように広がり、そこへ留まった。

「おぉ、見事…これは凄い…」

フウマは初めて見るヒョウエの術に顎を撫でながら感嘆のため息をついた。

「ウリュ様、フウマ様もご覧ください。」

青い粉でできたスクリーンには地図のようなものが写っている。

「こんなものが…ヒョウエ、いつ?どこで見つけたの?こんなもの…。」

ウリュが興奮した様子でヒョウエに駆け寄った。

「ウリュ様、私はただのお使いじゃありませんよ?ヘヘ。見つけたのです。」

ただ村、泉、森と書かれた楕円が3つ横並びになっているだけの何とも拙く、適当な地図だが土地、地理など一切情報がないこの世界では大きな発見だ。

「見てください。ここです。」

ヒョウエの指に従い、森と書かれた楕円の横を見ると「赤」と書かれている。

「赤…?」

「アカ…とは?なんだ?」

ウリュとフウマは身を乗り出した。

「分かりません…が…何かを示している事は確かです。」

「これを書いたの、誰なの?」

「ウリュ様、私は見つけました。なぜ早く見つけられなかったのか…恥ずかしい限りです。」

「誰なの?」

「これを…ここを見て下さい。ラータ。ラータ様です。」

「え…。」

ウリュの動きがピタリと止まった。
フウマは眉を縦に大きく動かした。

「ラータ…」

フウマはそのまま目を伏せた。

ウリュは涙ぐみながらも目を輝かせた。

「お父様…。」

「行きましょう。ウリュ様、フウマ様。」

ヒョウエは青い粉で出したスクリーンをパッと消し去るとウリュに向かってニカッと笑った。


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