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周りの目を気にする私が気にしていること
私は出会ったばかりの人からも「クソ真面目」と言われるような性格。
とにかく周りの目を気にする。
「周りの目を気にする人」が何を気にしているかというと、
自分に対するイメージや評価だ。
何かやらかしてしまったとき、
「あいつはダメなやつだ。信用できない」と、
勝手に周りからの評価を決めつけて落ち込んでしまう。
人前に出るのが恥ずかしい。
また何か失敗するかもしれない。
職場に行くのが憂鬱だ。
そんな精神状態で、
なんとか出勤して、なんとか仕事を終えて、
何事もない一日を終えて安堵しても、
またすぐに明日がやって来る。
憂鬱の中で布団に潜り、
スマホで「うつ病 症状」とか、
「適応障害 セルフチェック」とか、
それ系のワードを検索する。
その間も過去の失敗を思い出しては、
頭を抱えて「あーっ!」「わーっ!」と叫んで振り払おうとする、
タイムスリップ現象に襲われている。
寝たら明日になってしまう恐怖の中、ようやく眠りにつく。
この繰り返しがいつまで続くのか。
人生は地獄だと絶望的な気分になる。
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認知行動療法の例によると、
『朝の挨拶を無視された→相手に嫌われている』という自動思考に対して、
・聞こえなかっただけかもしれない
・考え事をしていたのかもしれない
という別の思考パターンに気付かせる。
ところが、本当に嫌われている場合がある。
「たぶん、あの件で嫌われたのだろう」という自覚もある。
実際にダメなやつ認定されて陰口を言われている者が何人かいるから、
そういう認証制度が存在するのは紛れもない事実である。
そのような場合、当然だが認知行動療法は効果がない。
私の場合は、退職をちらつかせて逃げるように異動したので、前の部署の人たちにいいイメージを持たれていない。
それでも挨拶をするのは、社会人のマナーだからだ。
挨拶して、無視されて、メンタルが削られる。
それが毎日のようにある。
この「社会人のマナー」を気にするのが、クソ真面目と言われる所以だ。
分かってんなら、こっちも無視すりゃいい話。
無視できないから真面目な人間は傷つきやすいという好例である。
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このエントリを書きながらも、
何度か頭を抱えて「あーっ!」と叫んでいる。
起きているあいだずっと、
心臓の周辺から全身に向かってゾワゾワと痺れるような感覚が続く。
ストレスが感覚として表れているような。
謎の「申し訳ありません」という気持ちでずっといる。
それを声に出すこともある。
誰に何に対してかは定まっていない。
ただただ申し訳ないのだ。
世の専門家いわく「考えすぎ」らしい。
彼らは悩める人を救うのが仕事だから、そう言うほかない。
「他者は、他人のことをそんなに考えていないよ」
それはたしかにその通りだろう。
誰も四六時中、自分のことを考えているとは思っていない。
顔を合わせるたびに、
「あ、あのダメなやつだ」と思われるのがつらいという話だ。
しかしそれさえも、専門家曰く「考えすぎ」なのだというが、
その「考えすぎ」が事実だった場合の助言は、ほとんど見当たらない。
ようやく見つけても、
「仕事が合っていない」みたいな結論から、
「転職なら〇〇エージェント」というリンクに誘導されるばかり。
もはやサイトのデザインを見ただけで判別できてしまう。
がっかりである。
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「別にダメなやつと思われてもいい」と、
ある種の諦めに到達するしかないのかもしれない。
考えすぎなのかもしれないし、
本当にダメなやつ認定されているかもしれないけれど、
「どっちでもいいよね」と思える強心臓を持ちたい。
要するに、周りの目を気にする私は、
「認知の歪みだと思っていたら本当に嫌われていた件」を恐れていて、
周りを気にしない性格に憧れている、というお話。
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