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きみもわたしも縦の糸

Seina


下北にある矯正歯科医のもと、2度めの矯正を昨年末におえた。

3ヶ月に1度の検診後は、いつものように次回の予約をとる。12月をすすめられたが、年内にいく気力や体力は残っていなかった。1月上旬は正月気分に浸りたいので、1月15日に予約をした。

「1月15日」という数字をみて、脳内の目立たないところに押し込めていた記憶の蓋があいた。その日は多分、弟の誕生日だ。「多分」なのは、15日か16日かあやふやだから。そのあたりは確か誕生日だったはずだ、とは言える。

母親違いの弟とは、10才はなれている。継母との関係が悪く、父はいっこくも早く離婚したがっていたが、大人の事情ですぐには別れられなかった。「娘の身の安全だけは確保しよう」という父のはからいで、夜逃げならぬ「朝逃げ」をして、それっきり。

だから、弟とはどのくらいの時間を過ごしたのかは覚えていない。1年くらいだろうか。今頃17才で、思春期真っ盛りの少年になっているにちがいない。

きみの父は、私の父でもあるから、17歳になった姿には父の面影があるのかもしれない。そう考えると、見てみたい気もする。ただ、顔はあわせずに、姉とも知らせずに、遠くから眺めてみたい。

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弟が生まれたころ、私は10歳だった。残っている弟の記憶は、途切れ途切れにしかない。

長時間とりかえずにいたせいで膨らんだオムツを「なぜ気づかなかったのか」と、継母に言われたこと。そのオムツを変える手順や、方法。

継母に「疲れているから代わりに寝かしつけろ」といわれ「私も疲れているのに」を押し殺し、リビングの隣にある弟専用の部屋で、母親像をイメージしながら手のひらを一定の間隔で上下させ、身体を揺らしながら寝かしつけたこと。

継母と義兄と外出したとき「弟を抱っこする係」になり、数時間以上、抱き続けたこと。

つかまり立ちができるようになった弟と遊んでいると、弟が危ない様子だったので「危ないからダメ」と話しかけると、それをキッチンのあたりで聞いていた継母の気にさわったらしく、なんと言われたかは覚えてないが、怒鳴っている継母の姿。

女の子なんだから、子供の面倒をみて当然。やりなさい、あやしなさい、変えなさいと、言われた記憶が強くのこっている。そのせいか、私にとって弟は「仕事をやらさせられる対象」としか見れなかった。


子供ができれば、よく癇癪(かんしゃく)をおこす継母も落ちつくだろうと考えたが、人はそう簡単には変わらないらしい。お腹が大きくなるにつれて、癇癪の回数は増えていった気がする。

妊婦なのを逆手にとり「お腹が大きいのに、そんなことさせるつもり?」「お前が怒らせるから、お腹の子に悪影響がおきる」などと、攻撃や相手をコントロールをする材料につかっていたのを覚えている。

ある日、臨月で運転していた継母が、スピード違反で捕まった。泣きわめきながら警察官と言いあらそっている様子を、後部座席に座っていた私は眺めていた。お得意な癇癪をおこしながら「臨月だから、スピード違反を見逃してくれ」という主張に、子供ながらため息がでた。

そんな記憶があるので、まだ立てないくらいの子供をみると「何だかな」という気持ちになる。子供を産みたいか?と聞かれると「うーん」と、考えこんでしまう。継母のような母親になるのではないか、とも想像する。

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弟へ。

そう呼んでおきながらどうかと思うけど、姉はいないものだと思ってほしい。もし誰かに「本当は、姉がいるんだよ」と言われていたら、記憶にそっと蓋をして。

お互い、複雑すぎる環境に生まれてしまった。忘れたほうが生きやすくなる。だから、きみの人生に、私は絡めなくていい。

きみの母は、本当の子供ではないからと、私に食事を与えず、鬱憤(うっぷん)を手のひらや、時には物でぶつけてくる人だった。きみが生まれる前も、きみが母親のお腹の中にいたころも、癇癪をおこしやすい人だった。寺にでも入らなければ、その性格は直らないだろう。被害が及んでいなければいいなと思う。

父の記憶は、全くないはず。きみの父は13年前にこの世からいなくなってしまったが、別の誰かが父親代わりの役目をはたしていると願いたい。もっと言えば、その人を本当の父親だと信じていたら理想的だ。

両親に恵まれなかった境遇。もしかしたら、毎日何気なくつきまとってくる息苦しさの原因になっているかもしれない。悩みがふえる思春期なのもあわさり、何もかも嫌になり、家を飛び出したくなるかもしれない。

でも、両親は選べない。「うまく生きられないのは自分のせいだ」と責めるかもしれないが、きみに1ミリも責任はない。

素晴らしい人になろうとしなくていい。上手く生きようとしなくていい。人とつながりの中で温かい気持ちになれたり、穏やかに流れる時間の心地よさや、五体満足にうまれ、自由に行きたいところに行けるありがたさを感じたり。周りに転がっている日常から「幸せである」という証拠を拾える日がきますように。

私は、時間をかけてできるようになった。父の遺伝子でやんわりとつながっているなら、きみにもできる。

この先、お互い交わりはしない。きみが縦の糸なら、わたしも縦の糸。これからもそれぞれの人生を、それぞれの歩調ですすんでいこう。


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