ラーメンズデザイン論
ラーメンズや小林賢太郎さんといえば、芸人の憧れる芸人だったり、コントが芸術と称されたり、天才と呼ばれたりと、熱狂的なファンがいるお笑い芸人・パフォーミングアーティストです。
私も大好きで「デザイナー以外で尊敬する人物は?」と聞かれると、いの一番に名前を挙げます。一時期ラーメンズのコントを見すぎて最初の台詞2文字を聞いただけで何のコントかを当てることができました。
2020年の12月に引退をされた際は、ニュースでも大々的に取り上げられお笑い界も騒然としました。なぜここまで絶賛され尊敬されているのでしょうか。脚本・演出・演技・パントマイム・マジック・イラスト・小道具製作……すべてを一人でこなせる凄さはありますが、今回は小林賢太郎さんの凄さと魅力をデザイナー目線で分析・解説していきたいと思います。これを読めば小林賢太郎作品を観たくなるでしょう。既に観たことのある人は更に深く楽しめるようになると思います。(これより人名の敬称略)
(2021年の炎上に関しては「4:人を傷つけない笑い」をお読みください。)
1:小林賢太郎とは
小林賢太郎は多摩美術大学の版画科出身、大学時代に自身と同じ版画科の片桐仁を誘う形でラーメンズを結成、1996年にデビューしました。オンエアバトルをはじめとする様々なテレビ番組に出演し、その自由な発想と緻密な構成でお笑い界に衝撃を与えました。その後、テレビでのお笑いブームに逆らうように、活動の中心を舞台に移します。その後さまざまな種類の舞台を展開していきます。テレビに出ないにも関わらず、舞台のチケットは即完売、発売されるDVDは毎回ランキング上位に食い込みます。そんな小林賢太郎作品の種類を表にしてみました。※ GOLDEN BALLS LIVEのような単発の舞台作品は省いてあります。
ラーメンズ(Rahmens)
小林賢太郎が片桐仁のコントユニット。舞台ごとにテーマがあるものの、コントによって設定が異なる短編コントのような舞台です。ラーメンズの作品は昔ほど物語性が強く、新しい作品ほど抽象度が上がっていきます。基本的にDVDに収録されているコントは小林賢太郎本人がすべてYouTubeチャンネル「ラーメンズ公式」でアップしています(広告収入は赤十字に寄付されるそうです)。
ポツネン(Potsunen)
小林賢太郎の1人舞台です。雰囲気はクラシカルでフォーマルな雰囲気を保っています。パントマイム、マジック、イラスト、映像などを駆使されています。ラーメンズと同じく、舞台ごとにテーマのある短編コントですが、ラーメンズと比較するとアート寄りの作品が多くみられます。『ポツネン』、『○ 〜maru〜』、『ポツネン氏の奇妙で平凡な日々』の3作品は、Youtubeチャンネル「小林賢太郎のしごと」で観られます。
小林賢太郎プロデュース(K.K.P./小林賢太郎演劇作品)
ラーメンズやポツネンとは異なり、1つの作品で1つのストーリーが展開していきます。脚本・演出を小林賢太郎自らが手がけています。小林賢太郎が出演しない作品もいくつかあります。10作品あるKKPの中で『TAKEOFF〜ライト三兄弟』、『ロールシャッハ』、『振り子とチーズケーキ』、『ノケモノノケモノ』の4作品はポツネンと同じくYoutubeチャンネル「小林賢太郎のしごと」のプレイリスト「小林賢太郎演劇作品」にまとめられています。
カジャラ(KAJALLA)
ラーメンズのような短編コントを5〜6人で行う舞台です。カジャラ#1『大人たるもの』には片桐仁も出演しており、コンビとしては2009年のラーメンズ第17回公演『TOWER』以来、7年ぶりに舞台共演しています。カジャラ#1はYoutubeチャンネル「小林賢太郎のしごと」のプレイリスト「カジャラ」で観られます。
小林賢太郎テレビ(KKTV)
小林賢太郎がテレビ(NHK)で年に一度、テレビでしか表現出来ないことを自由にしている番組です。インタビューが入っていたり、NHKが出すお題に沿ってコントを作る「お題コント」があったり、小林賢太郎の作品作りの裏側が覗けます。
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2:「面白い」とは
小林賢太郎作品はどれも笑えるのですが、感動するコント、不気味なコント、美しいコント、怖いコントなど様々あります。これだけ幅がありつつ、どれもラーメンズらしさ、小林賢太郎らしさを持っています。ここが小林賢太郎の大きな特徴の一つだと思います。まずはこの部分に関して掘り下げたいと思います。
コントとは何でしょうか、笑いとは何でしょうか。お笑いなどを生業にしている人なら考えたことがあるかもしれません。小林賢太郎テレビでのインタビューでこのように話しています。
私は「一発屋になってしまう芸人」と、毎回舞台チケットが即完売する「小林賢太郎作品」の違いがここにあると考えています。
小林賢太郎は「笑いとは?面白いとは?コントとは?(WHY)」という根底から入り→「どういうアプローチが適切で面白いか(HOW)」→「どういうコントにするか(WHAT)」というゴールデンサークルに則っています。その為、コントの種類が増えても一貫性があります。
しかしWHATから始めてしまうと作風に一貫性を持たせるのが難しく、「オーディエンスが見たいもの(流行したネタ)」と「芸人が見せたいもの(流行したネタ以外のネタ)」にギャップが出来てしまいます。そこで芸人は「同じネタをやり続けていく」か「まったく異なる作風のネタに変更するか」の2択を迫られます。ヒットして間もない頃は「同じネタ」でも楽しんでもらえますが、最終的には飽きられてしまいます。まったく異なる作風に変更した場合も、ヒットするかヒットしないかというギャンブルを繰り返すことになります。WHYから考えられている芸は「幅が広いけれど一貫性がある」ので、オーディエンスも楽しみ続けられます。最前線で活躍されている芸人さんたちのネタというのは、ラーメンズと同じように深いところから生み出されている作品なのだと思います。
怖いコント(ラーメンズ第12回公演『ATOM』の「採集」)
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3:ラーメンズの世界観
小林賢太郎はなぜここまで継続してコントを生み出し続けることができるのでしょうか。それは一般的なお笑い芸人とは異なるアプローチと世界観を持っているからです。
ラーメンズ第12回公演『ATOM』のコント「アトムより」の中でこんなセリフがあります。
これは一見、コントの中での何気ない台詞のように感じますが、小林賢太郎のお笑いへのアプローチ方法の一つです。2001年にトップランナーに出演した際、以下のように語っています。
本人が語っているように「日常の中の非日常」には限界があります。どこかで笑えなくなってしまいます。小林賢太郎作品の中に「ボケ」も「ツッコミ」も存在していないのは、出てくる住人にとっては「当たり前のこと」だからです。でもそれを外から見ている私たち観客にとっては不思議でおかしいことなのです。
また、小道具にも観客を引き込む秘密があります。
ラーメンズの舞台にはほとんど小道具は出てきません。大抵の場合、箱が2〜4個程度置かれているだけです。箱が椅子になったりテーブルになったり、乗り物や塔にも、ピアノにもなります。これは落語家が扇子や手ぬぐいを変化させるのと同じです。落語のトリックをコントに取り込むことで新たな笑いを生み出しているのです。
ラーメンズ第14回公演『STUDY』のコント「STUDY」でも、登場人物がこう語ります。
そして、小林賢太郎は「観る側も努力が必要」と話しています。
私の好きな作品の1つにK.K.P.#003「PAPER RUNNER(ペーパーランナー)」があります。ペーパーランナーは、漫画雑誌の編集部に作品の持ち込みにやって来た漫画家志望の青年が、そこで少しおかしな編集者たちと出会う……という物語です。その中で漫画雑誌のアンケートを見た青年と編集長のやり取りを紹介します。
これは演劇作品を観ているお客さんにも当てはまります。この「楽しもうとすること」こそ小林賢太郎の考える「観客の努力」なのです。
他にもラーメンズ第11回公演『CHERRY BLOSSOM FRONT345』の「蒲田行進曲」や、ラーメンズ第16回公演『TEXT』の「銀河鉄道の夜のような夜」のように、元となる物語を知っていると更に楽しめるものも存在しています。この「一般的な知識を仕入れておく」というのも観客の努力なのかもしれません。
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4:人を傷つけない笑い
2021年7月、ラーメンズの1998年のコントが取り上げられて炎上しました。YOUTUBEに無断転載されていたものを観た方が指摘したようです。これはホロコーストをネタに取り入れたセリフが一言入っているコントでした。ラーメンズは1996年結成なので2〜3年目のことです。炎上しているような「小林賢太郎が“ホロコーストをやろう”と言った」という内容ではなく「軽薄なキャラが“ホロコーストをやろうと言ったらプロデューサーに怒られた”」という内容でしたが「白か黒か」と問われると黒なのかもしれませんし、このセリフで笑ってしまった人も同罪なのかもしれません。社会的に問題のあるこのコントを生み出した小林賢太郎は2021年まで同じ意識でコント作りを続けてきたのでしょうか。この炎上を受け、小林賢太郎が謝罪文を公開しました。以下、一部公開します。
謝罪の真意に関して、コピーライターのコッピーさんがTwitterで広告批評の対談を引用してくださっています。その広告批評の文章も記述します。
謝罪の言葉の通り、この浅はかなコント以降、小林賢太郎は「人を傷つけない笑い」へとシフトしていきます(このコントはどのDVDにも収録されず、赤十字への寄付も行うようになりました)。これこそ「3:ラーメンズの世界観」で記述した「非日常での日常」への移行であり「強い言葉からの脱却」のはじまりだと私は考えています。では傷つけない笑いというのは具体的にどういうアプローチをしているのでしょうか。
1つ目は、音や言葉の響きです。
「千葉滋賀佐賀」や「新橋」のように都道府県や地名を繰り返すだけという衝撃的なコント「日本語学校」は知っている方も多いのではないでしょうか。小林賢太郎テレビにも、地名だけでラップを作る作品「戸塚区」、オノマトペだけでストーリーが進行する「擬音侍 小野的兵衛(おのまとべえ)」もあります。
2つ目は日本語。これに関しては「小林賢太郎テレビ3」のインタビューの中で語られています。
この「日本語を共通言語とした笑い」に関してはラーメンズ第16回公演『TEXT』のコント「同音異義語の交錯」が分かりやすいと思います。
ラーメンズ第16回公演『TEXT』はタイトルの通り、言葉の面白さが中心の舞台です。この公演のどのコントも、言葉の面白さを味わえます。
3つ目は動作やイラストといった視覚的に伝わるものです。これは小林賢太郎作品の中でも比較的後期になりますので、一人公演Potsunenに多く存在します。
小林賢太郎は2012年にパリ、モナコでも単独公演を行いました。この公演ではもちろん日本語は通じません。言葉を極限まで削ぎ落とし、パントマイムなどの身体表現、世界的なカルチャーとなっている漫画やイラストなどの世界共通の「知識としての素材」を駆使してコント作りが行われました。このコントはDVD「P+」でも観ることができますので、興味のある方は観てみてください。
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5:小林賢太郎の視点
これらの作品を生み出す小林賢太郎の着眼点は普通の人とは異なります。小林賢太郎テレビの中のドキュメンタリーシーンで街中を歩きながら、様々な物に対してコメントしていくシーンがあります。
この後、初めて日本語学校に行って外国人の生徒と一緒に授業を受けます。その授業で「高い・低い・安い・美味い・不味い」などの分類「い形容詞(“い”で終わる形容詞)」を学んでいるのを見て、
と語っています。人は思考や行動の大半が無意識で、その無意識の思考や行動、情報を意識できるようにするのは大変な労力です。その為、理解しているつもりでも、改めて考えてみるとまったく分からないということも多いです。小林賢太郎作品は「なんとなく面白そうだから作る」のではなく、自身が理論的に「これが面白いと思う」という明確な基準を持っているように感じます。
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6:小林賢太郎のデザイン
着眼点に関して説明しましたが、小林賢太郎は「素材を並べるだけがアートではない」と語ります。
小林賢太郎の作品作りのプロセスは、デザインそのものです。まずは、小林賢太郎1人舞台ポツネンの記念すべき第1回公演「Potsunen」の挨拶文を紹介します。
私はデザインに関して「“なぜ”を“なぜなら”で説明できること」と話しています。小林賢太郎の作品を生み出すプロセスはまさにこれです。他にもクリティカルシンキングなどデザインの考え方そのものだと感じました。
ちなみに挨拶文の中に「なんでもあり」という表現がありますが、これは「ダメと言われていないのになぜか誰もしていないコント」のことです。ラーメンズ時代でも「バニー部」や「ギリジンシリーズ」のような「一人が何もせず無表情で座っているだけ、もう一人だけがネタをするコント」を行っていました。ポツネンでは更に踏み込み「サウンドノベル(DROP)」のように部屋中にあるモノで音を出すコントだったり、「Handmime」のように一言も発さず手が歩いているように見えるコントなども生み出しています。
大抵の場合、こういったプロセスや裏側は「キレイに整頓されたモノ」を目にすることが多いです。苦労している様や試行錯誤している様子を見ることはできません。そこで観て欲しいのがNHK「小林賢太郎テレビ」です。
小林賢太郎テレビには「お題コント」というものが収録されています。NHK側が出した「お題」に沿って小林賢太郎がコントを作る。収録は3日後。というハードなスケジュールです。その3日間で、お題を読み解き、トリックや構成や脚本を考え、小道具を制作して、自ら演じます。この密度の濃い3日間の苦悩のプロセスは、デザインを勉強する人すべての人に観て欲しいです。小林賢太郎テレビはNHKの番組なので、YouTubeにアップはされていません。レンタルや購入してお楽しみください。[購入はこちら]
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7:グラフィック
小林賢太郎作品の中で、外せない要素の一つというと「グラフィックデザイン」ですよね。公演でフライヤー(チラシ)をもらい、今も大切に保管しているという方も多いのではないでしょうか。デザイン的に見ると、このフライヤー、DVDジャケット、ポスターは、特殊印刷(通常とは異なる手法の印刷)が駆使されており、とても手がかかっています。
それもそのはず。ラーメンズをはじめとする小林賢太郎作品のグラフィックは日本を代表するアートディレクター水野学さんが代表を務めるデザイン事務所「good design company」が務めているのです。水野学の名前を知らない人でも「くまモン」は知っていると思います。その「くまモン」をデザインしたのがgood design company(gdc)です。他にも中川政七商店、iD、THE SHOP、日本市など、様々なデザインを担当しているgdcがデザインを担当しています。
小林賢太郎、片桐仁、水野学、全員が多摩美出身で大学時代からの知り合いです。大学時代はそれほど仲が良いというわけではなかったそうです。独立直後で暇だった水野学がラーメンズ第一回公演『箱式』を観に行くととても面白くて、何回か後の公演アンケート「次回公演のDMを希望しますか?」の欄に「つくる」と書いたというエピソードが残っています。そして実際に第5回公演「home」からgdcがアートディレクションを担当するようになります。
本来フライヤーというのは、観客を呼び込むために作られます。しかし、小林賢太郎作品においてフライヤーは公演に行った際に配られます。これも戦略らしく、舞台を観た人がフライヤーを持ち帰り、誰かに伝える。という口コミをうまく利用しているのだそうです。
ちなみに、私は世の中のグラフィックデザインの中で、LIVE POTSUNEN 2011 『THE SPOT』のフライヤーが一番好きです。写真ではない方の『The SPOT』のフライヤーが、世界三大広告賞のひとつ『One Show』でMerit賞を受賞しています。
どの作品も、観れば観るほど更に面白くなっていく不思議なコントです。私はよく「デザイン勉強するなら小林賢太郎作品を観るべし」と話していますが、正直なところ純粋に作品を楽しんで欲しいなと思います。ラーメンズもポツネンもKKPもカジャラも、ドキドキしたり、ハラハラしたり、感動したり、元気をもらえるような、笑える素敵なコントたちです。
ぜひ楽しんで観てみてください。
2021.07.30、炎上に関する内容を加筆しました。
2021.08.03、ラーメンズの世界観を加筆しました。
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