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小説「秘書にだって主張はある。」プロローグ、第一話(全二十話)

 いわゆる「お仕事小説」を書きました。令和4年の暮れに上げたもので、舞台はその頃ですが、ファンタジー要素もあります。71,768字

<あらすじ>
 令和とよく似た、しかし隣国と休戦中という少しだけ違う海生日本の東京で。
 主人公伊藤恭子は、「柊社」の総務部長秘書であり、やりがいを感じている一方で、実は異能力者であることを、周囲にひた隠しにしていた。
 ある時、恭子は相談役と直に面談し、社運に関わる重い案件について報告することとなり次第にその渦中に巻き込まれてゆく。
 その過程で知り合う変わった軍人、そして実在した夢の中の不思議な女性との出会い。初の単身出張として休戦中とは言え最前線である北海道を訪れた時から、どこか他人事であったこの戦争に関する認識を改め始めた。
 会社の為に奔走する恭子。そして恭子は異能という自らの秘密を周囲に隠し通せるのか。

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 プロローグ

 夢の中であることはしばらく前からわかっていた。しかし、首筋をさすような冷たい風の感覚まである。視界は灰色一色だ。
 やがて何か見えはじめる。
 はじめはばんやりと、そして徐々にはっきりとしてくる。少し白くぼやけていた周りの風景さえも少しずつ鮮明になってゆく。
 周りにはガラスがびっしりとはめ込まれた建物がたくさんあって、どんよりした雲の空がとても狭く、都会的だ。
 ここの風景は、見たことがあるような気もする。たぶん、私にとっても馴染みの場所なのかもしれない。どうしても記憶の引出しがうまく開かない。
 そうしているうちに、ふと、少し離れた大きな建物のそばに見知らぬ女性が、ぽつんと立っているのに気がついた。他に誰もいない私の夢の中にただ独りだけ・・・。
 ここは、割と大学生たちで賑わっていた場所であったはずだが、今は彼女と私以外は誰もいない。まあ、夢の中なのだからしょうがない。そう言われてみると多数の人物が出てくる夢というものをこれまで見たことがないから、そういうこともあるのかもしれない。
 彼女の年齢は、20代半ぐらいで、おそらく私とそれほど年の差はないはずだ。容姿は整っており、身長は160cm半ぐらいだろうか。少し痩せていて、白っぽいロングコートがよく似合っている。
 印象としては、綺麗というより格好良い。いやむしろ「立派」と、言ってもいい。
 見ようによっては、近寄りがたいという雰囲気さえ感じる。
 そして、彼女は建物の近くに設置された掲示板を、ぼんやりと見つめている。
 10mほど離れた場所から彼女を私が遠まき見ている、と・・・
 唐突に「消えてしまった」
 彼女のいた場所には、だれもいない。そして何もない。
 本当に、何の前触れもなかった。
 私は夢の中ではあったものの、思わず息を止めてしまうほど驚いていた。けれど、ゆっくり深呼吸をして心を落ち着け、視線は動かさずに、なにもないその場所をまだしっかり見続けていた。
 そう、本当にもしかしてのため・・・。
 そうしていると、消えた時とまったく同じ場所に、いきなり彼女は再び現れた。消えてからもう一度現れるまでの時間は、大体30秒くらいだっただろうか。
 30秒?
 まさか⁈でも、もしかしたらそうなのか?
 私は、慎重に本当にゆっくりと彼女に近づいた。
 自分がものすごく緊張しているのがわかる。
 距離にしてあと3mぐらいまで近づいた・・・。
 その時、彼女も何かに気づいたように、こちらをしっかりと見た。
 どうやら、向こうも驚いている様子だ。
 やはりそう。これでもう間違いない。
 私はまるで彼女の姉妹のように「あなた、もうやめたほうがいいわ」と、絞り出すように声をかけてしまった。焦っていたから声が変な感じだ。その声に反応して、目を大きく開いてこちらを見ていた。
 なんで私は見知らぬ人間に、いったいどうしてそんな警告をしてしまったのだろう?本来は、いつもはそんなヨウキャな性格ではまったくないのに・・・。
 それは、自分の体験から、たぶんよくないことが起きて、そしてその結果、彼女が、何か大切なものを失ってしまうように思ったからかも知れない。所詮、そんな性格の私なのだ。
 いや、そんな道徳的、思いやり的なものではない。詰まるところ、私と同じようにおとなしくしていて欲しいから、つい、言いたくなったから、そう、ただそれだけのことだったように思う。
「どこに『転移』していたの?」と尋ねてみると、彼女は、ぽつりと「北海道よ」と答えた。
 そうして話をしながら、あらためてあたりを見直した私は、この場所が住み慣れた東京の街の一つであることを、ようやく思い出した。
 今度は、彼女が「あなたは誰?」と逆に問いかけてきた。
 本当は、私が彼女に一番聞きたかったことを、不意を突かれて逆に聞かれ、少々面食らってしまった上に、夢に特有の脈絡のない思考のせいで大層混乱しつつも、「私はね・・・」と答えかけたところで・・・
 いきなり現実に引き戻された。

 一 「能力」

海生(かいしょう)4年12月31日 1710
 年末年始休暇の帰省先である宮城県石巻市は、アパートがあるいつもの東京都、お茶の水とは違って、こたつに入っていてもなお、寒かった。そう言えば夕方から雪も降ると予報で言っていた。
 まさに、未だ夢から醍めやらぬ、といったさまの伊藤恭子(いとうきょうこ)は、よいとも悪いとも言えない中途半端な、さっきの夢見を思い起こしつつ、今日こそはと気合を入れていたのに、居眠りしてしまったことを、少し後悔していた。
 本当は、年末の行事である掃除・洗濯とか炊事などの家事手伝いをするつもりだったのだ。
 恭子自身が普段は一人暮らしということもあり、家事の一通りはできるつもりである。
 特に掃除の腕というか、それに対する姿勢みたいなモノについては、恭子の仕事内容にも生かされていると思う。
 ただ一つ、炊事だけはちょっぴり苦手だ。
 この家には、父方のおばあちゃんが一人で住んでおり、小さい家ながら、少しだけ手が足りていない。
 両親は、恭子が中学生の時に、東日本大震災による津波で職場ごと海に流されて行方不明のままであり、とうに死亡認定されてしまっている。
 高台にあるこの家にその時たまたま居た、おばあちゃんと恭子だけが助かったのだ。
 父、母を想い、ごめんなさい、わすれてしまったんじゃないのよ、こうして思い出してるし・・・、と断ってから、「それにしてもさっきの夢は」と、こたつに入ったまま、また、恭子は考え始めた。
 なんといっても、現実感が半端ではなかった。特に終わりの方は、細部まで見事に精緻で記憶もたしかだし、なにしろ臨場感にあふれていた。ただの夢ということはないと思う。
 起きた時には鼻先が痛かったし、少し冷感が残っていたほどなのだ。
 恭子はこれまでに経験がない。
 ましてや、夢の中で「同類」に出会うなんて。
 そう、おそらくは彼女も「能力者」なのだ。
 正式には特殊能力者と呼ばれ、平成が終わる頃に初めて確認されて以来、少しづつだが増加していて、海生4年10月現在、約30万人に1人ほどの割合で、日本国内には370人ほど存在すると政府発表されている。
 主所管官庁は厚労省である。
 困ったことに、この数は諸外国に比べ圧倒的に多い。
 その原因は、日本人に特有の遺伝子であるとか、日本食を中心とした生活習慣にあるとか、日本の天象、気象、風土によるものなど、諸説あるが、はっきりしたことは、今も分かっていない。
 当初から政府、与党そして関係官僚らは、能力者の徹底的な「国益的管理」を目論んでいた。
 そして、ついに切り札として、能力の発動自体に対してはその違法性を問わないという優遇措置を、政府見解として発表したのだ。つまり能力の自然現象扱いである。
 一方、野党、宗教団体果ては一般有権者らは、それを阻止するため能力者のプライバシー、つまり人権保護の観点から、国会質問、デモ活動等の反対圧力をかけてきた。そして、意外にもその効果は広く国民にも共感を得て、そして、ついには政府らに、国による管理を断念させたのだった。
 ちなみに、能力の発動優遇措置だけは残ったままだ。さすがに政府も、この法律を、それならとばかりに廃止することはできなかったのだろう。
 さらに諸外国については、自らの国益を確保するため、政治的、経済的両面から圧力をかけようとしてきたが、なにかしら日本に関係した場所や血縁でしか発生していないことを認識すると、日本政府に対して、国家として利用をしないこと、加えて情報は努めて開示することを条件として出した上で、しぶしぶ現状維持の姿勢を示している。
 さきほどの、なぜ「困ったことに」なのかは、これら内外の厄介事が、今でも絶える気配がないからだ。
 政府発表によると、能力は4つの種類に分けられる。すなわち、転移系2種「時間転移」、「空間転移」と、操作系2種「感情操作」、「記憶操作」の計4種である。
 時間転移能力は、わかりやすく言えば、過去への一時的タイムトラベルだ。遠い過去ほど転移することが困難である。
 もう一つの転移系である空間転移の能力は、遠い場所ほど転移することが困難である。
 次に、感情操作の能力は、身近にいる人間の喜怒哀楽などを操作できるが、相手の想いと全く逆に操作することは困難である。
 最後に、記憶操作能力は、過去の記憶を書き換えられるが、重要な記憶の場合は、これも困難である。
 4種の能力に共通して言えることは、通常はこういった難しい条件でも、前回発動からのインターバルが長ければ、成功率が高まることがあるということだ。付加えて、効果時間は4種とも、たったの30秒しかない。
 最後に、能力者同士は、会って近づけば、相手がそうであるか無いか、見分けることができる。直感で分かるのだ。
 これらは厚生労働省ホームページにも掲載されている。
 超能力者と呼ぶには、やや物足りないので、ただ能力者とだけ呼ばれるようになった。
 そう、周りにはひた隠しているが、恭子もその能力者の一人、感情操作能力者だ。
 夢の中の出来事を思い起こす。
 あの25、6才くらいの女性は、確かに能力者だったと思う。近づいた能力者の恭子には、わかったのだ。夢の中なのだからもちろん確かなことは言えない。しかしその感覚は確かにあった。
 互いに同じだけ接近しているわけだから、おそらくは、彼女も恭子のことを能力者だと、わかったに違いない。
 そして、彼女は一時的に消えた。つまり、空間転移能力者の可能性がある。
 いや待て、慎重に考えるべきだ。もう一つの転移系、時間転移能力でも同じく消えるという現象が現れるではないか。
 あの時、彼女は恭子の問いに何と答えたのだったか。そう「北海道」だった。
 そして二人が会話した場所は、今になって考えれば、自分の住むアパートから歩いていける、ある大学の大きな掲示板の前だったと思う。
 ということは、彼女は東京と北海道を空間移動したことになる。ちょっと遠い。というよりかなりの距離だ。
 彼女はほんとうに空間転移能力者なのだろうか。
 もちろん、彼女が言っていることに間違いがないとすれば、という条件付ではあるけれども。
 では、なぜ彼女に会ったのか、そして、なぜそれは夢の中でだったのか。
 それは、恭子にもまったく見当がつかない。
 何もかもが初めての経験に、自己評価では慎重な性格の恭子は、悪い予感がするわけでもないのに、来年は少し気をつけることにした。
   *
 台所に通じる扉から、不意におばあちゃんの絹子(きぬこ)が居間に入ってきた。こたつから出て、エプロンつけている最中の恭子を見て声をかけた。「たまに帰ってきたんだから、もっとゆっくりしてけさいん(下さい)」
 絹子は、不慣れな孫の恭子のために気をつけてはいるが、生粋の宮城の人間であるため、どうしても言葉の端々に出てしまう。
 一方、恭子も簡単な宮城言葉なら聞き分けることができる。
「うーん。でも、年越し行事を手伝うよ。いねむり以外、何もすることないし。大掃除でもやろうか」
「恭子が掃除得意なのは知ってます。じゃあ後で、煮物でも作ってもらおうかねぇ」
「・・・」
 おばあちゃんはズバッと切りかかってくるタイプ。ちなみに恭子が能力者であることを知る数少ない人間の一人だ。
 孫の花嫁修業の一環のつもりなのだろうが、付き合っている相手もいないのに、気が早すぎる。
 ちょっと嫌味なことを言われたので、早々に会話を受け流して、さっきの夢の分析に戻った。
 ずぼらにもエプロン姿のまま、もう一度こたつに入る。
 すると台所に戻ったおばあちゃんの声が杭打ちの音のように追いかけてきた。
「恭子も、もう25なんでしょう。だれかいい人いないのかねぇ」
 断言するが、恭子本人には、全くその気がない。
 その上、職場的にも、年齢が近い男性に恵まれていないから出会いがない。
 唯一の身近な男性は、直属の上司で、ちょっと年が離れている上に既婚者だ。べつに嫌いなやつでもないけれど、不倫関係になるなんて、ごめんこうむる。
 なによりも、1年前に長かった庶務の仕事をようやく返上して、希望する職に就くことができたのだ。しばらくは、仕事一本に集中したいと思っている。
 おばあちゃんの声は、まだ続いているようだが、善意なのはよく承知しているので、反論はせずに、恭子は聞いているふりをして、さっきの続きを考えることにした。

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<URL>
第二話 https://note.com/sozila001/n/n8aeb4ba9c5bc
第三話 https://note.com/sozila001/n/n58e76c0be54f
第四話 https://note.com/sozila001/n/nf059af56c36d
第五話 https://note.com/sozila001/n/n9b9828b8bc8a
第六話 https://note.com/sozila001/n/n8c38b13e9983
第七話 https://note.com/sozila001/n/n372de238c0d5
第八話 https://note.com/sozila001/n/n0177ba238fdd
第九話 https://note.com/sozila001/n/n12eb171b2def
第十話 https://note.com/sozila001/n/n424c3218b460
第十一話 https://note.com/sozila001/n/n19b4a276d051
第十二話 https://note.com/sozila001/n/n83888198e52f
第十三話 https://note.com/sozila001/n/na768d88aa5a3
第十四話 https://note.com/sozila001/n/n7299aecd4924
第十五話 https://note.com/sozila001/n/n8b874c3489af
第十六話 https://note.com/sozila001/n/n7574f55dd738
第十七話 https://note.com/sozila001/n/n39854206e085
第十八話 https://note.com/sozila001/n/n1e39c51fa7a4
第十九話 https://note.com/sozila001/n/n36a314f168cf
第二十話(最終話、エピローグ) https://note.com/sozila001/n/na3c005098e08

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