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小説「秘書にだって主張はある。」第十話

 十 承認

 道彦のとの電話を切った直後、周りから見られていないことを確認し、1回だけ、しかしその分、大きく深呼吸をした。
 よっし、一つやってみるか。
 そう、まずは趣旨からだ。
「本件は、我が社の北海道、東北地域における営業活動の間題解決に貢献できる」
 立派な理由だ。太鼓判!まず大丈夫。
 次はもちろん経費。
 スマホを片手に持つ。
 いつも総務部長の出張経費積算をやっているから、恭子にとっては慣れたものだ。楽々と計上して進ぜよう。
 全日程は2泊3日である。
 宿泊費最低5,000円が2泊、主要交通費は東京旭川間往復航空便利用で55,000円、代替え手段は新幹線でやむをない。
 商談先は、道彦の名前は伏せたとして、交際費は渋く10,000円で我慢する。
 その他はタクシー代、食事費などの雑費12,000円、最後に日毎基準額12,000円を加えて、試算総計は99,000円となった。
 総務部長の出張費の場合と比べ、半額以下に収まっていると思う。これなら経理にお土産を買って帰れば、なんとかいけるはずだ。
 もしも何かを削られたら、身銭をきってでも出張するまでだったが、一方で、満額査定の自信もあった。
 冷静には、積算できたつもりだ。だがしかし、公正かと言われれば、それには自信が持てなかった。
 なにしろ、振り返ってみれば一人で出張なんて初めてだったし、不安な気持ちもある。
 しかしながら、道彦の中には、自分が知るべきことがまだまだ、残っているような気がしていた。
 そして、たとえ仕事でも北海道に行けるチャンスなど滅多やたらにないと、恭子にはわかっていた。そう、彼の地はれっきとした戦地なのだから。
 本来、真っ先に相談しなければならない総務部長は、第3四半期業績会議に出席していて、あと30分以上は、部長執務室に戻らない。
「事後承諾。そして善は急げ」
 恭子は小声で呟くと、突然、いきおいよく受話器を取り、先日もらった電話番号を入力しはじめた!
「はい。柊佳子です」
 目的の相手が出た。
「また、お電話で申し訳ありません。総務部長付の伊藤恭子です」
「次から、肩書きはけっこうよ」
「承知しました」
「伊藤恭子です。先ほど、道彦様から北海道に来て欲しいとの要請を受けました」
「そうなのね・・・」
「やはり、先ずは現場を見て、そして身をもって知ってほしいということ、やはり電話では様々なことを説明しにくいようでした。こちらの重要な目的としては、司令部への訪問と、意見交換と考えております」そして最後に・・・。
「当社の、今後の業績に関わることですし、北海道の統合軍司令部へお伺いしたいと思います」
「よろしいでしょうか?」と請うた。
「なるほどね。真冬の北海道なんてもちろん寒いだろうけど、もちろん行ってもらえるかしら?」
「承知しました。総務部長専決で動きたいと思います」
「もう一つだけ、お伺いしたいことがあります」
「私の知る、この常盤ラボの件に関する事情の一件を、営業部長秘書の工藤直子に打ち明けてもよろしいでしょうか?」
「どうしてなの?」
「この件は最小限に留めておく必要があります。そうでなければ軍から情報の開示を受けることは難しいでしょう。そして彼女までが最大域です」
「確かにあの子は、秘書として優秀だしね。それにあなたは目立つことを嫌うから・・・。いいでしょう。許可します」
「ありがとうございます」
「あなた、話が早くて助かるわ、道彦と気が合いそうね」
「何を仰っているのでしょう」
「なんでもないわ。大丈夫よ」
 何が、どう大丈夫なのかは、問いたださず、わからず仕舞いだった。
 そして、少し強引なタイミングであったものの、「大変申し訳ありません。急いでいるので、それでは失礼いたします」と申し上げて丁寧に受話器を置いた。
 恭子は、もういちど総務ブースを見まわして不穏な要素はないかを確認し・・・。
 今度は自分のスマホを取り出して目的番号を検索し、発信する。
「道彦さんですか」
「わぁ、そうです。恭子さんですね」
「先ほどの件ですが、ぜひ訪問させていただきたいのですがよろしいですか」
「もちろん。断られたらどうしようとヤキモキしたよ」
「それで、明後日の1月12日、旭川空港着1220、2泊3日の予定です。そして、軍施設立ち寄り調整の方、何卒よろしくお願いします。特に、できれば司令部にお伺いしたいと考えているのですが、そちらのご都合はいかがでしょうか?」
「今、審査中だけど多分大丈夫だと思うよ。ちゃんと予定空けて待ってますね」
「審査中?」
「うん、大丈夫・・・」
「とにかく、急なご面倒をおかけして申し訳ありません。よろしくお願いします」恭子は急いでいたのだ。
「こちらこそです」
   *
 道彦との電話の直後、恭子は矢継ぎ早に、こんどはバインダーをもって営業部エリアに向かい、部長執務室前に座っている直子に近づきながら、声をかけた。
「あのね。実は、今度北海道まで、出張するかもしれないのね、一人で」
「えっ。いいねぇー。って一人で⁉︎」
「うん」
「何しに行くのよ?」
「実は、例の常盤ラボのクレームの件なんだけどさ、最終クライアントが軍の道彦さんの所らしくてね、相談役が依頼する内容を、直接、北海道旭川の勤務地まで届けてご意見を伺うことになったのよ。もちろん、これは社内関係者限りの扱いだから気をつけてね」
「うんわかった。いいなぁ、役得じゃない。ちょっと寒そうだけど」
「私は一人で出張なんて、初めてだから少し不安だけどねぇ」
「そうかな?私なら、ぜんぜん平気なんだけどな」
「それでね。旭川だと無理すれば、1泊でも帰って来れるでしょ。でも、私、出張に慣れてないから、ちょっと余裕もって2泊したいのよね」
「でさ、この見積もり、どう思う?」
「・・・うん」
「いや大丈夫じゃないかな。こちらの依頼の返答を次の日にいただく予定にすればいいのよ。ていうか、逆に、この交際費なんか少なすぎじゃないの?」
「うん。先方が道彦さんでしょう?もし他の人に広まったら、あちらが困るんじゃないかと思って、ほら身内接待とか、うわさされたりして・・・」
「経理がいいって言えばそれでいいのよ!そんなの気にしない。そしてあとは関係者限りの情報にしておけばいいわ。まず大丈夫だって・・・」
「ありがとう」
 友達に対しての最低限のマナーで話は通しておいたら、助力までもらってしまった。感謝だ。
 いいことをすれば報いがある。出張費はどうやら10万円を超えそうだ。
 もうそろそろ業績会議も終わって、部長も戻るだろうか。
 事後承諾ではあるが、総務部長の了解を、もらわなければない。しかし恭子にはパスするというだろうという予感があった。
 ん?あれっ。
 もしかして部長が前に言ってた、いいことって、この北海道行きのことなのかしら。
 恭子はなんとなく納得してしまった。了解は、必ずもらえそうだ。
 その時、部長が会議室の方から、帰ってくるのが見えた。終了予定時刻より早いじゃない!
 恭子は、急いでお茶の用意をし、執務室に入った部長を追いかけ、声をかけた。
「お疲れ様でした。なにかありましたか?」
「どうぞ」
 同時にお茶を差し上げる。
「ああ、ありがとう。特になかったから、ウチから徳永精査との共同広告の検討について社長に紹介しておいたよ。もちろんまだ構想だから簡単に済ませた」
「そうですか。何かありましたら、申し付けください」
「ああ、今のところ大丈夫」
「ところで、一件、ご報告したいのですがよろしいですか?」
「もちろん」
「常盤ラボの件ですが、先ほど、道彦様と連絡をとりました」
「うん」
「あちらの申し出としましては、北海道まで来ていただいた上で現状を知ってほしいということでした。そして、こちらの目標は司令部の訪問、意見交換となります」
「そして大変申し上げ得にくいことですが、この件について相談役にご報告しまして、すでに単身渡道の指示をいただいでおります。申し訳ありません」
「いや、君がいいのならかまわない。ただ大丈夫かい、一人で。結構えらい人と会うかもしれないよ?」
「初めての単身出張ですし、自信があるわけではありません。現地では、道彦様に頼りたいと考えております」
「うん、わかった。出発は?」
「明後日から余裕をもって2泊3日で考えてます。不在間、部長には、ご不自由をおかけします」
「え!明後日?それはいくらなんでも・・・」
「そのあたりは大丈夫です。準備のほうは、部長の急な出張で慣れてます」
「うん、まあそうかな。君らしいって気もするし」
「気をつけて行ってきます」
「風邪をひかないようにね」なぜか、上司の言葉は内容に関わらず楽しげだった。
   *
 仕事からアパートへの帰り道、本屋さんがあったので、立ち寄った。
 店内をうろつきながら旅行雑誌のコーナーで、ふと足をとめた。そして数は少ないがまだある北海道の雑誌を手に取り、パラパラとめくる。
 旭山動物園、美瑛、平和通買物公園そして大雪山の雄大な姿・・・。どれも道民なら当たり前のものかもしれない。でも、恭子にとっては全てが懐かしい。
 まさか北海道、それも旭川に行ける日が、こんな形で来るとは思わなかった。
 もちろん仕事で行くのだし、少し恥ずかしくもあったので、雑誌は買わずにそのまま店を出た。
 夕食は、お惣菜でも買って帰って済ませ、旅支度に手をつけておかなければならなかった。


   つづき 第十一話 https://note.com/sozila001/n/n19b4a276d051

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