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小説「秘書にだって主張はある。」第十七話

 十七 決裁

 1月13日(金)1450
 柊社においては、役員会議は社内最高意思決定会議であり、定例で3ヶ月に1回、年4回開かれるが、特に重要な案件があるときは参加メンバーの部長以上の発案で臨時開催されることもあり、今回もそれにあたる。
 主管は総務部長であり、実際の会議にあたって招集手配、資料準備、記録等は総務部長秘書の恭子の担当となる。
 恭子は担当秘書として準備の途中経過を報告することにした。
「部長。1500役員会議の開会について、参加メンバーの召集は各秘書を通じて手配済みです。相談役のタクシーもそろそろ到着する頃でしょう」
「ああ、ありがとう」
「案件は、すべて相談役から出されるとのことですので、特段の準備は必要ないかと思います」
 恭子は開始時刻が近づいているため、やや早口で喋った。
「うん、たぶん母さんは、全部口頭で済ましてしまうつもりだね。君の出張報告は、関連あるんだよね、会議のあとで問題ない?」
「大丈夫だと思います。必要なことは相談役から発言していただけるかと・・・」
「そうか、わかった」
「IC録音機はいかがいたしますか?」
「だめだと言われると思うけど、念のために用意してくれ」
「どうぞ、こちらです」
「ちょっと早いけど、会議室に行く」
「承知しました。いってらっしゃいませ」
 部長を見送り大きく息を吐いてリラックスした後、恭子はお客様が持って来られたフィナンシェを一箱と北海道土産のカレー味スナック菓子を手に持ち、営業部ブースへ向かった。
 営業部秘書の工藤直子は近寄ってくる恭子を見て、小さく手を振ってくれた。
 十分に距離が近づくと、直子が「会議、始まるね・・・」と小さな声をかけてきた。
「予定どおり1時間くらいは、かかるだろうからお茶しにきたよ」と恭子もお菓子と北海道お土産を見せて、同じく小さな声で返した。
 さっそく直子はお茶を淹れ始めた。
「寒かったでしょう北海道」
 直子が気遣う。
「最低気温でマイナス18℃よ。でも、あまり苦にはならなかったわ。小さい頃に住んでたから体が慣れているのかも」
「その上、1日早く帰ってきちゃうし」
「どうしても相談役に伝えなくちゃいけないことがあったのよ」
「仕事、真面目すぎです」
「スイマセン」
「ことの重要さはわかるけどね。あなた帰ってきてすぐに臨時で役員会議召集だもの。本当に、どんだけって感じ」
「常盤ラボ以外に安藤総検まで関係しているみたいよ。安藤さんってすごい強引でやり手らしいね」
「安藤さんにはいつもやられているから、うちの営業部長もノリノリだろうなぁ・・・って、この話、私が聞いても大丈夫なの?」とすこし焦った様子で直子がたずねる。
「もちろん特別に、相談役直々の許可をとってあるわ。だけど営業部長秘書の直子だけだからね」
「光栄です。はい、淹れたてコーヒー。どうぞ・・・」
「ありがとう。それからICレコーダーも使えないかもしれないのよ」
「そんなに秘匿性高い内容なの?」
「くわしくは知らないわ。でも発案者の相談役は全部口頭で済ませて、紙の資料は一切残さないみたいね。おかげで議事録つくるのが大変そうだわー」
 うんざりするように恭子は、直子にグチを正直に言った。
 しかし直子は・・・。
「ごまかしてもわかるわよ。カギは軍の道彦さんなんでしょ」
 直子は眼光鋭く、恭子を見ながら言った。
「なんでよっ!」
 恭子はびっくりしたが、反射的になんとか小声で、聞き返した。周りに聞かれてはマズい。
「だってわかるわよ、そりゃ。常盤ラボさんは旭川を中心に営業展開してるし」
「恭子は相談役と道彦さんとの連絡係みたいなことやってる上に、挙句の果てには、北海道まで道彦さんを追っかけるようにして、出張しちゃうし」
「何で安藤さんまで出てくるのかはわからないけど」
 直子は、恭子からもらったお菓子を一個つまん口に放り込むと、恭子を見つめながらおもむろに、こう聞いた。
「もしかしてさ、本当に、もしかしてなんだけど、道彦さんとお付き合いしてるの?」
「初めて会って、一週間ちょっとしかたってないのに、そんなことあるわけないでしょ」
 恭子はあきれて突っぱねたつもりだった。
 でもなぜか自分の声がすこし小さい。いや、これは周りに対する配慮だ。
「完全否定しないところが怪しい」
「・・・」
 恭子は、本当になにも言い返さない自分が不思議だった。そして顔が少し熱い。
「えっ!もしかしてほんとうなの?」
 本当に驚いたように、直子は恭子に聞きかえした。
「ほんとに付き合ってない。それにあの人ちょっとお調子者でデリカシーも足りないわよ」
 恭子は、うつむきながら、小声で何とか答えた。
「あーー、まあ判決は留保しておいてあげるわよ。どうやらこれからってみたいだしね。しかし、あの男っ気のない恭子がねー。びっくりだわ」
「・・・」
 ぐうの音もでない。
「大丈夫よ、なるべく社内に広まらないように気をつけてあげるから」
「ありがとう直子」
 恭子は、半ばからかわれたにもかかわらず、心の底から感謝していた。
   *
 役員会議は、1時間はかかるかと思っていたら30分で閉会になったらしく、部長が執務室に戻った。
「会議は、どうでしたか?」
 恭子は、優典が脱いだ上着をハンガーに掛けながら聞いた。
「提案内容は、もちろん最終ユーザーである軍のために必要なことを実施することが今回のねらいだ。したがって中間に位置する常盤ラボを責める意図はない」
「一つ、技術調査能力強化」
「二つ、コスト削減」
「三つ、メーカーに生産数増加の依頼、ライセンス生産打診」
「そして、それぞれの顧客をサポートするためのこれらの経費も、上限はあるものの、追認方式が採用されることとなった」
「全て議決したよ」
「君のおかげ、というほかないんだろうな。ただ、扱いがひどかったよ。今回の件では北海道での情報収集などによるところがとても大きいと僕は思う」
「はあ・・・」
「相談役の発言では総務部部員となっていて、わざと名前は伏せてあったし」
 それは、おそらく相談役の配慮によるものだと、恭子には分かった。
「それでいいです。というよりも独断ぎみの行動もいくつかあったと自覚しているので、罰を受けなかっただけありがたいというものです」
「そうかなぁ。その独断も功を奏したと思うのだけれど」
「やめてください。道彦さんとの面談の件でさえ、社内でうわさになってるのに、これ以上、目立つようなことはもう結構です」
「それから結局、ICレコーダーは使えずじまいですか?」
「うん、ダメだった」
「承知しました。とにかく今のお話から議事録を作成してみますので、後ほど確認をお願いします」
「そうだ。君の出張報告は、大方会議で聞いたから、僕にはもうしなくて大丈夫だよ」
「はい、恐れ入ります」
「そんなことより、道彦は元気だった?」
「お元気でした」
「そうか。もう、2年くらい会ってないな。そうそうあのさ、君、さっき道彦のことを『さん』づけで読んでたよ。この前は普通にクライアント扱いで『様』だった」
「!」
「いつもの秘書の口調が完璧だから、すぐに気がついたよ」
「ついうっかりしました・・・」
「かまわないさ。僕からしてみても、部下が自分の弟のことを『様』で呼ぶのも落ち着かないし、これから『さん』にしたら?」
「承知しました」
「なんにせよ、会議は相談役の独壇場といったところだったよ」
「・・・といっても、推測でしかない部分があるからやはり、これからもサポートする人間が必要だね」
「ちょっとペースが早くてついて行けないこともありますが、尊敬できる方です」
「君はすごいね。やっぱり能力者同士だからなのかな。あれは、ちょっとどころの騒ぎじゃない」
「能力とは関係がありません」
「君もペースが早いからなぁ」
「私はいつも落ち着いて行動するよう心がけてます」
「きみは、まったく。本人に自覚がないよ」
 兄弟らしくリアクションが一緒である。
「それで、社長は?」
「いつもどおり、特に意見はなかったよ」
「なんだか、社長と相談役の立ち位置がよく分からなくなる時もあります」
「構わないさ。最後の決断はいつも社長の役目なんだからね」
「あのさ、ちょっといいかな?だいぶ前のことを思い出したんだけど聞くかい?もちろん義務じゃない。そうだな・・・、さっき母さんを見てて思い出したんだ」
「そんなふうに言われたらどうしても聞きたくなります。なんのことでしょうか?」
「うん、君が秘書になって1年ほどになるけど、昇任早々、滅多に使わないその能力を、たまたま使っていたところを僕に見つかったことがあっただろう?」
「はい、よく覚えております。部長と私が能力に関する約束をした日です」
「うん。あれさ、なんで見つかったのか分かる?本当なら見つかる訳ないがないよね」
「はい、あの後もしばらく考えたのですが、さっぱりわかりませんでした」
「あのね、能力者がその力を使う時、ある仕草をしているように僕には思えるんだ。もちろん断定するつもりもないし、あくまで僕個人の印象で、まだ誰にも話したことはない。母さんにもだ」
「本当ですか⁉︎」
「そう、こうやって少し上体をかがめて、目を瞑るんだ」
「そういえば・・・、ほぼ無意識ですが、そんな感じかも知れません。でも、能力者本人でもよくわからないのに、よく気がつきましたね」
「そう。何気ない、そして誰もがする、ごく些細な仕草だ。もちろん能力者でない人もするから、普通はわからない。でも、僕は母が、空間転移するのをよく見ていたからね・・・。ちょうどあんな仕草だったよ」
「そうだったんですね。でも、あの時、私は転移系の能力者ではないので当然消えなかったから・・・」
「そう、だからたぶん操作系、感情操作か記憶操作能力なんだと思った。それにしたって、まさに30万分の1の確率でカマをかけてみたって訳だ」
「そうだったんですね。お話ししていただきありがとうございました」
 総務部長はちょっと目を閉じながらソファに深く腰かけた。
「ブランケットをお持ちしますか?」
 目をすこし細くして恭子は聞いた。
「ああ、そうだね。ありがとう。10分でいいから休ませてくれるかな」
「承知しました」
 上司の体調管理も秘書の役目だ。
 疲れがたまっているのか。
 今回は、特に普段、総務部では取り扱わないような案件にあたっているのだからなおさらのことだ。
 早晩、この常盤ラボの案件は営業部に移って、役員会議決内容に従って処理されるだろう。おそらくはそれまでの我慢なのかもしれない。
 もしも相手がこすっからい手段を使おうとこちらは正々堂々戦うまで。
 軍には軍でしかできないことをやっているのだ。民間も民間で、やるべきことをやるしかない。
 恭子は、明確な意志を持って柊社が動き始めようとしているのを感じていた。


     つづき 第十八話 https://note.com/sozila001/n/n1e39c51fa7a4

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