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小説「秘書にだって主張はある。」第十八話

 十八 家族

1月20日(金)1000
 臨時役員会議から1週間がたった。
 先に、議決した施策は着実に実行中であるが、やはり、まだ目に見える成果にはなっていない。
 数字に見えるようになるには、あと3ヶ月ほどはかかるだろうか。
 恭子はここしばらくそれとは別のこと、いや根っこの部分は同じだが、あることについて考えていた。
 それは柊聡子のことである。
 仕事に関係する同年代の女性として、更に同じ能力者として、彼女についての興味は尽きなかった。
 それだけに、自分と彼女について、なんらかの違いがあることも認識していた。
 そして、考え抜いた結果、最終的な結論として、恭子は彼女に会ってみたいと考え、その自分の思いに従うことにした。
 上司の総務部長が、自室に入ろうとしているところを呼び止める。
「すいません、私事(しじ)なのですが、今よろしいでしょうか」
「ああ、もちろん。君が私事なんてめずらしいね」
「では、失礼します」
「どうぞ。で、なんなの?」
 自分の席に座ったまま優典は穏やかに問いかけた。だが、次の恭子の意見には・・・。
「部長の妹さん、聡子さんに会ってこようと思います」
「えっ!」
「もちろん実質的には商売敵の中核人物と会うことになり、その複雑さ、難しさは承知しておりますし、くれぐれも我が社の迷惑にならないよう気をつけます」
「うーん・・・」
「私は、同じ能力を持っている者として会ってみたいと思っています」
「それから、話の流れで仕事の件も出るかもしれませんが、その時は、当社の利益を優先します」
「そうか。うん。わかったよ」
「でも、一つ注文がある。この件は、家族としての考え方もあるので母さんにも話を通してほしい」
「承知しております」
「それとも、僕から言っておこうか?」
「いえ、私事ですので、むしろ直接私のほうからお話ししたいのですが、よろしいでしょうか」
「もちろんかまわないさ。そうか。聡子のこと、どうかよろしく頼むよ」
「ただ、これだけは言っておくよ」
「はい、なんでしょう」
「あいつは悪い奴じゃない。だけど君とはまったく違う性格なんだ。仕事に対する姿勢だって秘書の君とはまったく違う。生粋の『営業』なんだ。それを知っていてほしい」
「はい、承知しました。ありがとうございます」
 恭子は少し深めにお辞儀した。
   *
1月20日(金)1100
 恭子は相談役との面談をどこで行うか考えたが、結局、このためだけにわざわざ社まで移動していただくわけにもいかず、柊邸にて、お願いすることにした。そして、その予約を取ろうと電話したところ、今回も相談役が出た。
「はい、柊佳子です」
「電話で失礼します。伊藤恭子です」
「あら、あなたなの?意外だったわ。先週は北海道から帰ってくるなり、会議を開いてもらってご苦労様でした」
「いえ、開いたのは総務部長です」
「それでどうしたの?」
「実は私事についてなのですが、電話ではお話ししにくいことでして直接お会いしたいのですが」
「あなたなら構わないわよ」
「ありがとうございます」
「なんなら今日でもいいわ。ちょうど午後なら空いているわよ」
「よろしいでしょうか?では1500でいかがでしょう」
「わかった。ここで待っていればいいのね」
「もちろん結構です。お伺いします。それでは、失礼いたします」
   *
1月20日(金)1500 柊邸
「まずは先週の役員会議、お疲れさまでした。そしてその際に、私が悪目立ちしないよう、ご配慮いただいたようで、本当に有難うございました」
 前回と同じく書斎にて、恭子は、お礼から切り出した。
「いいのよ。私個人的には、逆にあなたが目立つ方向で、皆んなにアピールしたかったんだけれどね。たぶん、あなたが嫌がると思ってやめたの」
「恐れ入ります」
「それで私事って何?」
「単刀直入に申し上げます」
「ええ」
「実は、聡子さんにお会いしてこようと思っています」
「!・・・」
 佳子の顔色が心なしかこわばる。
「もちろん実質的には商売敵の中核人物と会うことになり・・・」
 恭子の発言は、途中で挙げられた相談役の右手によって遮られた。
「わかったわ。もちろんいいわよ」
「ありがとうございます」
「聡子とはどんな話をするつもり?よかったらきかせて」
「恐縮ですが、私事ですので控えさせていただきます。何を報告しに来たのかとお叱りを受けるかもしれませんが、どうかご容赦くださいますようお願いします」
「本当に残念だわ」
「もちろん、相談役は聡子さんと仕事上の喧嘩をすることも可能ですし、親子喧嘩をすることも可能です」
「私は両親を東日本大震災で失いました。兄弟姉妹は元々いません。ですので逆に柊家が羨ましいです」
「ですから、私は仕事上だけでも真似てみたいと思います」
「つまり、喧嘩を売りに行くのです」
「もちろん同じ能力者としてもその考え方の違いから争いになるかもしれません」
「思いばかりで具体的な内容に至らず申し訳ありません。面会の会話の進み方で変わってくると思いますのでご容赦ください」
「・・・」
 佳子は珍しく少し俯いている。
「どうかされましたか」
「いや大丈夫・・・。私もいつかはあなたと同じ様に、聡子と正面から対峙すべきなのは分かっているのよ」
「・・・」恭子はなにも返せなかった。
「あの子をよろしくね」
 相談役は顔を上げ、ようやく笑った。


     つづき 第十九話 https://note.com/sozila001/n/n36a314f168cf

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