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小説「秘書にだって主張はある。」第十九話

 十九 邂逅

1月20日(金)1800 喫茶ラフィン
 まずは、先制を取ることが重要だ。
 気をつけて、そして真摯に・・・。
「逆に何だか、はじめまして、って感じがするわ。本当に不思議なものね」
 恭子にしては珍しく、こんな調子で初めから本音でどんどん話すつもりだった。相手はどうだろうか?
「そうね。今までは結局、私の空間転移能力で会ってばかりだったから30秒弱の間で、お話らしいお話もできなかったし」
 あくまでも雰囲気だけの感じではあったが、聡子も同じく、本音のようであった。
「まずは知っていることもあるかもしれないけれど、自己紹介したいわ。柊社、総務部長付、秘書、伊藤恭子です」
「私は、安藤総検社、営業部第一営業課、課長代理、柊聡子といいます」
「なんだか敬語は、馴染まないね」
「私も敬語を使う方が慣れてるけど、今は、その方が自然な感じだね」
「それにしても、さっき終業間際に、恭子さんから誘いの電話をもらった時はちょっと驚いたわ。うちの受付の子もホントにびっくりしたと思う。いきなり商売敵の柊社から、直接私宛に電話がかかってくるんだもの」
「やっぱりマズかったかな?」
「ううん、多分大丈夫じゃないかな。クレームくらい、ほかの会社からもたくさん受けているもの。今回も同じようなものだったって言っとくわ」
「そうなのね」
「それにね。実を言うと私も恭子さんに会いたいって思っていたのよ。そしてちょうど、これは「柊」に直接電話かけるしかないかなぁ、と考えていたところだったの」
「そうだったのね。それにしても聡子さん、バリバリのエリートで、しかも最前線の課長代理なの?すごいね」
「さん、もいらないわ。呼び捨てでいいよ」
 かすかに照れながら聡子は言った。
「それなら私も恭子で・・・」
「課長代理は去年の8月からね。前と比べて、だいぶ仕事がやりやすくなったわ」
「昇進すると仕事がやりやすくなるって不思議よね」
 恭子は、秘書に昇進した時のことを思い出した。もっとも、正確にはやりがいを感じたのだったが。
「恭子も優典兄さんの秘書なんでしょ」
「同期には、1年ほど先を越されちゃってますけどね」
「ふーん。その人、もちろん能力者じゃないのよね?」
「違うわ。単純に秘書としての能力が超優秀なの」
「なるほど、そういうこと・・・」
「私、柊入社は海生2年組なんだけど、聡子は?」
「うん、同じよ。たぶん私と恭子は同学年になるのかな」
「そうね、入社したては海生特需ですごかったよね。まあ今だに続いてるけど」
「確かにね。なんでもありって訳じゃないけど、結構なことだよね」
 恭子は聡子の言葉に素直に頷けなかった。旭川であの墓標群を見てしまったからだ。
「ところで・・・」
「今日、会いに来たのには、2つの理由があるわ」
 恭子は、切り出した。顔も意識的に真剣な表情に戻す。
「1つ目は常盤ラボについて。2つ目は私たちの能力について」
「単刀直入に聞くけれど。常盤ラボには、どこまで踏み込んだの?場合によっては、柊社だけじゃなくて、社会全体との対決になるわよ」
 恭子は、別に脅したつもりではなく、本当にそうなってしまうと心配していた。
「そうね、今のところは、お上に背くようなことはしてないわ」
「これからは違うかも、ってこと?」
「もちろん。いろんなオプションを考えているわ」
「それは銘板の張り替えのこと?もしもそうなら、それは完全にクロだし、私は全力で止めるわよ」
「うん、それは流石に諦めたわ。考えはしたんだけどね」
「だめだからね。ほんとうに!」
「わかってるわよ。他にも色々考えて準備しているし。タネは尽きないわ」
「それにはあなたの能力を使うということも入ってるの?」
「そうね。たった30秒しか効果が続かなくても、能力は私の大切な味方よ。これまでもだいぶ助かったわ」
「・・・」確かに聡子は自分とは違う。だけどなぜだか、否定はしたくないしできない。
「恭子は使わないの?」
「私は極力使わないようにしてる。理由は、いろいろと不幸になりそうだから、ということにしておくわ」
「あなた、夢の中でも私を止めてたわよね。一体、なにがどうして、不幸になんてなっちゃうのよ?」
「周りの人に知られてしまうからよ。好きなだけ使えば、必ずいつかみんなに知られてしまう」
「わたしは、ぜったいそんなことにはならない」
「そうかしら」
「これまでも悟られたことすらないわ。それに、もしも知られても、ある程度ならかまわない。だって違法じゃないのよ。相手との妥協点を探って交渉すればいいのよ」
 恭子は思うところがあった。
 年明けから、自分はいったい何人に能力のことを打ち明けたのだろう。聡子で4人目か。まったく昨年末には、思ってもいなかった事だ。知っているのは計6人となる。人のことなど言えた義理じゃないのか・・・。
「まあ聡子の能力はあなたのものだものね、無理してまで止めようとも思わないよ」
「ねえ恭子、最初に夢で出会ったときの話をしない?」
「まぁ、いいわ・・・」
「私は、夢の中で能力者に出会ったのなんて初めてだった。というよりも、これまで、自分以外の能力者と現実でも出会ったことはなかったわ」
 恭子は、事実そのままを打ち明けた。
「もちろん私も夢の中では、なかったわね。現実では、ほら、母がいたから」
「一体、何が原因で夢の中に引き込まれたのかな」
「年末のあの夢、恭子はどこでみたの?」
「わたしは宮城県石巻の実家でいねむり中にだよ」
「わたしは東京都千駄木自宅アパートでやっぱりいねむり中によ」
「いねむり以外、共通点すらないなぁ。何で夢の中なんだろう」
「夢に引き込まれたんじゃなくて、二人が引き寄せられたんじゃないのかな」
「そうか、そうだよね」
「後から思い出したけど、あの夢の建物って、王大の総合キャンパスだよ。私が掲示板見てたら、突然、恭子が能力者の感覚と共に横から話しかけてくるんだもの。しかも忠告!本当にびっくりしたわよ」
「ちなみに、夢の中で空間転移したのも初めてだった。あまり意識せずやってみたらできちゃったの。ちなみに転移先は、道彦兄さんのアパートだったんだけど留守だったわ」
「それそれ。あの時、空間転移した距離についてなんだけど、東京から北海道まで転移できるなんて、聡子ほんとにすごいね」
「あれが、なんとかやっとの距離ね。もっとも、1週間ぐらいのインターバルをとってないと、流石に無理」
「ところで、王大に何の用だったの?」
「いや夢の中だし、大した意味もないよ。ただ、情報収集でふだんどうりに営業活動目的かな。前に何回か、もちろん起きてる時に入札公告を見に行ったことがあるし、実際に契約を取ったこともあるわ」
「そうだったのね」
「二人は、元々の知り合いじゃないんだから、もっと他のことが原因なのかな?例えば・・・」
「それらしく、脳波とか睡眠周期とかが関係しているのかもしれない。どう?」
「そうそう、確かにそれっぽい!いねむりって、浅い睡眠だって言うじゃない。関係ないのかな。確認できないのが残念だね」
「そういえば恭子の能力を聞いていなかったわ。なんなの?」
「わたしは感情操作よ」
「そうなの⁉︎いいなぁ。わたし操作系の能力にあこがれてるんだよ」
 やはり、リアクションが佳子と同じだと恭子は思った。
「ねえねえ、相手の気持ちを操作できるってどういう気持ちなの?」
「そんなにたいそうなものじゃないってば、後ろから、ほんの少し背中を押すようなものよ」
「ふーん、でもやっぱりいいなぁ・・・」
「大したことはできないし、逆に隠すのは意外に簡単よ。相手は使われたことすら気が付かない。上司にはバレたけどね」
「えー?優典兄さん、どうしてわかったのかしら」
「さあ、不思議ね」
 恭子は優典の「気付き」について、ここで話すのはやめにしておいた。これは、優典の守らなくてはならない秘密だとも言える。
「それからね、私自身は能力使うとモヤモヤするからあまり使いたくないの。聡子は?」
「今のところ悩みはないかな。まだまだ試行錯誤って感じ。知ってのとおり、私は空間転移能力者だから、これまで見た場所なら好きなところに転移できるんだけど、たとえ近距離でも、場所でなくて人物を目標にして転移できたのは、恭子が初めてよ」
「どういうこと?」
「もちろん北海道のホテルの時のことなんだけれど、あの時は本当に驚かせてしまってごめんなさい。どうしても試してみたくて、我慢できなかったの」
「ホントに驚いたわよ、まったくね。でももういいわ」
「もしかしたら、最初に夢の中で恭子に出会えたのがきっかけで、私たちの間に、なにかしら特別なつながりが、できたのかも知れないわね」
「そうかもしれないね」
 会話をしているうちに、恭子は聡子を前にして、その精神に一種のすがすがしさと、そして強い勇気を感じていた。
 そしてまた、何だか自分と同年代だった頃の佳子と話しているような感覚があり、なんだかんだ言って二人は親子なんだなぁと羨ましくも思った。
「あのさ。私達、立派な商売敵だし、今回、これが終わったら、もう機会はないかと思っていたけど、そうじゃないみたい。聡子、また会ってくれるかな」
 恭子は、素直にそう言った。
「もちろんよ!わたしは夢で会った最初の時から、私とあなたは仲良くなれると思っていたわ。仕事は仕事でフェアプレイに徹すればいいでしょ・・・」
「それから、あと、道彦兄さんのこともよろしくお願いしますね」
 聡子は澄ました顔で付け加えた。
「なんのことなのよ。それは?」
 恭子は口をとがらせて抗議したが、聡子にはまったく通じなかった。
「とぼけたってだめ。少なくても兄さんは、そのつもりだと思うわ。あとは、あなたの気持ち次第なんだろうけど、なんとかなりそうだと思う」
「これは純粋に私の勘よ」
「・・・あのさ、聡子。別件だけど、ひとつ聞いていいかな?」
 実は会話の中で、これだけは聞きたいと、恭子は思い出したのだ。
「もちろんいいわよ。でも会話を切り替えるのがうまいわね」
「お母さんとどうして仲が悪いの?」
「恭子・・・」
 聡子は、いまさらと言わんばかりの、そしてすこしあきれた顔をした。
「だって、そんなに複雑な関係にも見えないんだもの」
「そうよ、ぜんぜん複雑なんかじゃない。単純そのものよ」
「だって私達母娘って似てるでしょう。ちゃんと自覚してるわ」
「たしかに年齢を除けばそっくりね。姿形はもちろん、能力まで同じ空間転移だもの」
「そうねぇ、だったら・・・」
「そんな似た者同士が同じ柊家と言うくくりの中で、生きていけると思う?」
「なるほど、そうか、そういう話なのね・・・」
「だから、わたしは柊家を出て、わざわざ商売敵の安藤総検に、もちろん給料とかの条件も良かったけど、就職して一人暮らしを始めたのよ」
「寂しくないの?」
「あなたも今は一人じゃないの」
「それはそうだけど、私は好きで一人ぼっちでいる訳では・・・」
「大丈夫、私には仕事があるから」
 恭子から見る限り、聡子の顔には、寂寥や悲壮などの感情なんか、微塵も浮かんでいなかった。そこにあるのは自由への憧れなんだと感じた。
「なるほどね」
 恭子は気持ちよく、納得した。
 そしてその後は、また再会しようと約束し、二人ともそれぞれが、嬉しいようなホッとしたような気持ちで別れたのだった。


     つづき 第二十話(最終話、エピローグ)
https://note.com/sozila001/n/na3c005098e08

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