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小説「秘書にだって主張はある。」第二十話、エピローグ

 二十 「告白」

1月21日(土)1930 品川 和食いろり
 道彦は北海道からわざわざ、個人的に会いにきてくれた。
 この店は、羽田空港から電車1本で、品川駅まで直行できて、駅からも近い。
 店内は和風の調度品で統一され、清潔感があふれている。
 通された席も、個室ではなかったものの、テーブルごとに充分間隔があけられていて、会話には全く支障がなかった。
 ここを選んで予約したのは道彦だ。
 まあ、おそらくはネット予約なんだろうけれど嬉しかった。
 席に座って料理を頂きつつ、二人ともほっとした雰囲気になった。
「それにしても、あれから1週間しか経ってないのに、君の顔がなんだか懐かしいよ」
「それはたぶん、気のせいかもしれませんね。それにしてもよくお休みとれましたね」
 恭子は、それでもできるだけつっけんどんな感じにならないよう、表情などには気をつけて言っていたつもりだった。でも、いったい何で気になってしまうのか自分でもよくわからないし、愛想よくできているかどうかも自信がなかった。
「旭川で君が泊まったホテルの部屋に出現した女性の件だけど、もう聞いているかもしれないね。彼女は、僕の妹の聡子だ」
「はい、聞いてます」
 恭子は短く答えた。
「うん、実は先週木曜の夜、ホテルの君のところに現れる1時間ほど前になるが、妹は僕と話をしていたんだ」
「・・・」
 恭子は、続きの邪魔をしないように、少し黙っていることにした。
「話の内容は、常盤ラボの件だ。彼女は安藤総検の担当課長代理、すなわち中心人物だ。当然、常盤ラボとも取引があるからね」
「僕は、話の最中に、柊社の社員1名と知り合って、その人が今北海道に来ているから、明日は朝から車を使う予定があって、すまないが無理だと話した」
「すると『なんだ、母さんがくるんじゃないの?もしかしたら、その人も能力者?』と聞かれた。もちろん僕は、しらを切ったが・・・」
「それは、やはりかまをかけられたのでは・・・」
「本当にすまない。僕は、なぜ聡子が君のことを知っているのか、情報の入手元の想像すらできず混乱したんだ」
 多少言い訳がましかったが、恭子は、怒る気にはならなかった。今度、聡子と会った時の話のネタになるだけだ。もっとも、別の意味でからかわれるかもしれないが。
 そして、夢の中での聡子との出会いについて詳しく話そうかとも思ったが、今はとりあえず置いておこうと考えた。ともかく続きが聞きたい。
「それで?」
「明日、東京に帰ると言い残して僕のアパートから、歩いて出てったよ」
「その後、1時間ほどして、君につけた護衛員から、緊急の連絡を受けたので、あわてて君に電話をかけたんだ」
「そして、その時に君から聞いた空間転移能力者という言葉で、僕はおそらくはと思って、聡子に電話をかけてみたが、もう繋がらなくなっていた」
「そうでしたか・・・」
「疑問と不明なことが多くて、説明が遅くなってすまない」
「もちろん構いません」
「そうか・・・」
「ただ一つだけ、個人的な意見かもしれませんが、私は、能力を濫用すべきではない、と信じています。聡子さんは、なんだか使いすぎなのでは、とも思います」
「なんとなくわかるような気もするけど、その理由は?」
「弊害があるからです」
「濫用すると露見してしまうことを前提にしてお話しさせてください」
「うん・・・」
「一つ目に、能力者に過剰な優越感を与えます」
「二つ目に、周囲に妬みを感じさせます」
「三つ目に、これらによって、双方に疎外感が生まれます。持つもの、持たざるものの乖離です」
 今回の常盤ラボの件では、能力を使わずに対処することができた。これからはどうだろう。恭子は少しだけ不安になった。
「分かった。僕も母さんや聡子と接するときは、そういう視点を持つように、よく気をつけるよ」
「もっとも、母さんが能力者だと知っている人は数人じゃ、きかないけれど。軍にも政府にも認知されているしね」
「そうなんですね。軍にも開示なさっているなんて本当に勇気がおありなんですね」
「うん、そうかもね」
「ところで、実は昨晩、聡子さんと直接お会いして、いろいろ話をしたんです。お互いに、それぞれの会社の人間としての立場があるので、あくまで秘密です。もちろん、お母様とお兄様だけには、私事として事前に話しておきましたけれど」
「えっ!そうなの?」
 道彦は驚いた。
「場所は神保町のラフィンです」
「母さんはともかく、兄貴にも言っておいたんだ」
「もちろんです。私はいったい誰の直属秘書だったでしょう?」
「わかってますよ。それで?」
「初め、私は対決姿勢を前面に出していこうと思っていたのですが、終わってみると実際はただの顔合わせで、これから正々堂々戦うことを宣言し合うと言った感じの再会になりました」
「そうなんだ・・・」
「それから、個人的に仲良くなりたいと言いましたし、聡子さんもそうしたいと答えてくれました」
「僕からもよろしく」
「ただのマザコンだけならしょうがないかとも思いますが、加えてシスコンだとすると正直きついです」
「どうしてそうなるかな」
「・・・」
「うーん。ここは、くれぐれも誤解を解いておきたいところなんだけれどなぁ。けど、適当な言葉で誤魔化す男と思われたくないし」
「?」
「そうだな、えーとこれって最悪いや最高のタイミングと思えなくもないけれど・・・」
 一旦息を止めて、道彦はゆっくりと切り出しはじめた。
 かなり、緊張しているようだ。冬場なのにうっすらと汗すら滲んでいる。でも、こっちだって同じだ。
「真面目な話です。そして、まだ知り合って2週間しか経っていないのは、よく承知してます」
「・・・」
 恭子は何も言わずに、ただじっとすこし上目遣いで道彦を見つめる。まるで逆に恭子の方から問いかけているかのように見る。
 そしてついに、たどたどしくだが道彦が口火を切った。
「あの・・・。恭子さん、僕とお付き合いしてもらえませんか」
「・・・」
「もちろん、結婚とか、先の話を棚上げにしてもらっても・・・」
 恭子は、道彦の話しを右手で、ゆっくりとさえぎった。
「こんな私でいいんですか」
「僕はどうかしちゃったのかな。OKをもらえたような、気のせいのような」
「気のせいでいいなら、ホントにそれまででいいです」
 いつもの軽い口調に少々イラッとする。告白の時くらい真面目にできないものか。ちっともロマンチックじゃない。
「ああっ。うそうそ。確かにOKをいただきました」
 恭子は、あっさりと承諾した自分自身にも、とても驚いていた。なぜ承諾したかといえば理由はある。とても優しくていい人だったから。でも衝動的に答えてしまったのも否めない・・・
 衝動的と言えば「これ」もそうか。結局は自分で選んだ事だ。恭子はゆっくりと静かに、下を向いて黙り込んだ。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「どうしたの?」心配そうに道彦は小声でかけるが、じっとして動かない。
「・・・・・・・・・・、ふうー」
 たっぷり30秒は経って、ようやく恭子は顔を上げ息をついた。
「?」
「たった今、私はあなたに、感情操作能力を使いました」
「!!!」
 今度は道彦が完全に沈黙した。
「操作のイメージは、一言でいって『後悔』です。いま、普段のあなたなら、訳のわからない後悔の念に満たされていたはずです。何か感じましたか?」
「え・・・、いや何も」
「そうですか。それは・・・よかった」
「感情操作能力には、あまりにかけ離れた感情の操作は出来ないという、不得手があります」
「・・・」
「わたしはなにか漠然と不安のようなものをもっていたようです。かなり本気で能力を使いましたが、ほんとうに大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だけど・・・?」
「試すような真似をして、申し訳ありませんでした」
「いや。・・・」
「今あなたは、さぞ、不快な思いをされているでしょうね。でも、私はどうしても確かめられずにはいられなかったの。私は、こんな役にたたない能力に、ひっぱり回されているただの臆病者なんです。ホントにそれでもいいんですか?場合によっては精神侵食されてるかもしれないんですよ」
「もちろんさ」
「私のどこが気に入ったの?」
 ふっと、敬語を使うのをやめて、覗き込むように、恭子は尋ねる。
「やっぱり言わないとだめかな」
「私は自分に自信がないんです。あの・・・、私が秘書だからなの?」
「前にも聞かれたような気もするけど、それはサブ要素。有能な人っていうのはやっぱり憧れちゃうけどね」
「あなたとのやりとりでペースが合うところ?」
「それもそう」
「えっ、えーと。それじゃ美人なところ?」恭子は、急に恥ずかしくなってきて、ちょっとわざとらしく、ふざけるようにして言ってみた。
「美人っていうよりかわいいって感じでしょう、あなたは」
「それは・・・、ちょっとヒドくないですか」
 恭子は、一女性としてちょっと引っかかったのだが・・・。
「実を言うと、誠実なところ・・・」
 間を入れずに、真面目な顔で道彦は答えた。
「それって・・・」
「旭川墓標群でのお参りの時のこと?」
「初めて君のひととなりに気づいたのはそう、その時だった。でも、それだけじゃないよ」
「僕は、能力者を家族に持つという珍しい環境の中で育って、その悩みとか失敗を直接みてきたつもりだ」
「一方、君は両親を震災で亡くし、それなのに、色んなことに対してとても誠実に向き合っていて、ちょっと僕には眩しいくらいだよ」
「個人情報が、だだ漏れなんですが・・・」
 恭子は、少し目をこすり過ぎながらも、何か凝り固まったものから、解き放たれたように、とても楽そうに笑っていた。

 エピローグ

海生5年3月某日
 柊社に変わりはない。
 3月期四半期決算の速報が出た。見通しは良い。佳子も上機嫌である。臨時役員会議の議決は功を奏したと言える。
 常盤ラボからのクレームは、いきなり撤回された。
 単純に、柊社の役員会議決の効果により、クレームをつける理由がなくなっただけのことらしい。
 安藤総検社の違法スレスレ行為は、寸前でおさめたようだ。ただ、業績に関してやたらガツガツしたところは変わっていないようで、誰といえばそれは聡子のせいらしい。
 聡子とは、やっぱりいい友達になった。こっそり二人でお酒を飲みに行きもするし、そこでいろんなグチなどを言い合う。グチの内容は二人とも断トツで上司、同僚、そして道彦に関するものだ。
 もちろん普段は秘密にせざるを得ない能力についての話題は欠かせない。
 能力のことを、能力者同士で気兼ねなく話せるって、なんて本当にスッキリするんだろう。
 今までのストレスが、まるでうそのようになくなってしまった。そして、それは聡子も同じらしい。
 ただ、聡子の考え方や行動には、いつ周りにバレるのではないかとハラハラするところがある。
 道彦は、軍の中で、あっちこっちと忙しそう。たまにしか東京に来ることができないほどだ。聡子との会話で道彦に関するグチは超が付くほどの遠距離恋愛について。もちろん継続中だ。そして、いつの間にかそれは、結婚を前提としたお付き合いへと、移り変わっている。今では、まどろんでまったりしている時に、互いの弱さにツッコミ合うほどの仲だ。
 道彦は、もう少ししたら、私の実家、石巻のおばあちゃんの所へ、ご挨拶に行きたいと考えているようだ。もちろん、私の父母達の墓参りにも・・・。
 なんだか、自分のことではないように感じるのに、一方でとても照れくさくなってしまう。とっても不思議だ。
 もしかしたら夏の人事異動で、東京勤務の発令が出るかもしれないらしい。
 もし、そうなったらいいなぁ。引っ越しの手伝いに、北海道まで行ってあげたい。
 本当に、急展開だと思う。
 まだ先のことかもしれない。けれど、将来結婚した時も、道彦は軍をやめるつもりは、今のところないらしい。
 もちろん、私も秘書の仕事を、やめる気は全くない。
 ただ、しょっちゅう能力を使う必要に迫られるようになってきたら、考えないでもなかった。
 何よりも、目立つのは本当に嫌だからだ。

   終


     最初に戻る プロローグ、第一話
https://note.com/sozila001/n/n47fa4e92ad1c

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