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小説「秘書にだって主張はある。」第十四話

 十四 俯瞰

1月12日(木)1545
 就実の丘は、旭川市内から30分ほど車で移動した所にある丘陵地帯だ。
 二人は雪原のとある場所に行き着くと、そっとあたりを見回した。くねくねとうねる丘に、道が続き、木々が点在する。
 本当に誰もいない。そしてなにもなく、ただ一面の雪だ。
 あたりは暗くなってきた。だいぶ斜めになってきた陽光の名残でも、大雪山は、まだはっきり見える。
 とても雄大だ。
 ここを選んだのには、ただ懐かしかっただけじゃなく、別の理由もあった。
 二人の他に誰も見当たらないし、誰かが近づけばすぐにわかる。そもそも夏場ならいざ知らずこんな真冬に人はこない。そんなところでも、もちろん、秘密にすべきことを話す気もなかったけれど念のためだ。
「いろいろと、ご案内していただき、ありがとうございました」
「どういたしまして」
「佐伯様って少しも偉ぶる所が無くっていい方ですね」 
「えっ。見解の相違だなぁ。あんな怖い人、滅多にいないと思うよ」
「怖いですか?確かに威厳はお持ちのようですが。それこそ、お母様よりも」
「ああ、威厳で言うと母さんの負けだし、軍の要人と言う点でさらに佐伯さんのアドバンテージは大きいね」
「そうですね。お母さまがもう少しゆったりしたペースでいらっしゃると、いい勝負になるかも」
「それを君が言うの?」
「私はいつも落ち着いて行動するよう心がけてますから」
「まったくもう。本人に自覚がないっていうか・・・」
「ところで、佐伯様についてなんですが、あの方は、私が能力者だとご存じなのですか。何かそんな感じがしたもので・・・」
「もちろん僕は言ってない。だから知らないはずなんだけど。薄々気づいているんじゃないかと思うフシもある」
「どういうこと?」
「実を言うと、以前、柊社は軍の研究施設に直接、検査機器を納めた実績があるんだ。そして、これを重要案件と見た母さんは相談役として北海道まで来て納品に立ち会い、その場で自分の能力のことを関係者限りの条件で開示してる」
「佐伯さんは、その時の当事者だったんだが、軍の便宜供与になりかねない今回のような機微な案件には、必ず母が来ると見込んでいたらしい」
「そこで今回来たのが、君だったし、想定外に若かったから、もしかしたらと思っているらしい。さすがというか、ちょっと恐ろしいくらいの推察力だね」
「推察?ですか。それで、道彦さんには、何とお聞きに?」
「そのままだよ。この人は能力者じゃないの?警察とかの調査結果はどんな感じだったかね、と」
「・・・」
 恭子は言葉を失った。
「もちろん、こちらは、知らないの一点張りだよ。必死でシラをきり続けた僕のことを褒めて欲しい」
「本当にありがとうございます」
「あのう。大変言いにくいことなのですが、佐伯様だけになら、私の能力のことをお教えして差し上げても結構です」
「え?どうしてまた」
「ちょっと説明が難しいんですが、なんと言えばいいんでしょう。そうですね、例えば喧嘩したあとに仲が良くなる、みたいな?」
「え、佐伯さんと仲よくなりたいの?というかさっきのは喧嘩だったの?僕ならムリ。だいたい、シラをきった僕の立場はどうなるのさ?」
 道彦は笑いながらきいた。
「そうですよね・・・」
 恭子は、すまなさそうに道彦を見ている。
「わかったよ、ハイハイ」
「秘書だからって軽く見られてると拗ねるなんて私もまだまだですね」
「まあ、わかったよ佐伯さんにだけだね。了解致しました。伝えます」
「・・・」
 しばらく恭子は、大雪山を見ながら黙っていた。そして、道彦はその姿を見ながら同じく黙っていた。
「あの記念墓所は心に刺さりました」
「こちらこそ、お祈りしてくれてありがたかったよ」
「もうご存知みたいですが、旭川は私の生まれ故郷です」
「うん、そうなんだね」
「長い間来ることができなかったんですが、きっかけはともかく、こうして北海道、そして旭川の地を踏むことができたのも、先ほどの亡くなった方々をはじめ、たくさんの人のおかげなんですね」
「いろんなものをいろんな人に、守ってもらってるという意識が強まりました」
「もし、そういうふうに思ってくれたとしたら、それを聞ける僕は、軍人の本懐というものだね」
「ところで出張の日程は2泊だったよね。明日はどうするんだい?」
「旭川をぶらぶらしようかと思ってますけど?」
「そうだね聞き方がまずかった。具体的に行きたいところはあるの?」
「いえ。意外に10才の記憶って曖昧なんですね」
「なにもなければ、僕が見繕って案内するけれど」
「そうですね。でも今晩、もう一度、昔のことを思い起こしてみます。だからまだ決まってません」
「そうか。わかった。明日の朝でもいいから教えて。よかったらエスコートするよ」
「ありがとうございます」
「そういえば道彦さんの階級、中佐だったんですよね」
「特例昇任という制度があるんだ。僕はある論文を提出してそれが認められて昇任したんだ」
「どうりで中佐にしては、若いと思っていました」
「階級はあって困らないさ」
「どういうことです?」
「例えば、情報の取得、権限の行使とか」
「でもそれに見合う正しい判断ができる人でないと、逆に困ったことになるんじゃないですか」
「うん。やっぱり選抜は大事だね」
「君の言うとおり、軍においても失敗例はあるね。認めるよ。間違った人材登用は軍の場合、集団的損失につながることが多いから、なおさら注意が必要だね」
「選抜と言えば、君を審査した時のことだけれど、おそらくいろいろ話しても問題ない人だろうとは、思っていたんだ」
「どうしてですか?」
「柊社での経歴管理のやり方を聞いていたからね」
「関係があるとは思えませんが」
「柊社では、人事には当たり前のことだけど、普段の人間関係や業績に素行、心構えが加算されて採用が決まるらしい。もちろんきみの秘書昇任の場合もそうだろうし」
「だから、もし、バレていたとしても感情操作能力は関係ない。だって確率で30万人に1人しかいないんだろう。もしそれが必要条件なら人事が回せなくなって、立ち行かなくなるよ」
「・・・」
 恭子は黙って聞いていた。
「ついでに言うとさ、さっき記念墓所で話した公安と警察の住民データベースには、君が能力者であるという記録はどこにもなかったよ。おそらく主所管官庁の厚労省も大丈夫でしょ」
 道彦は気のせいか少し小さめの声で言った。
「・・・そうですか」
「ありがとうございます」
 恭子は、本当に素直に嬉しかったし、何より安心した。
 わざわざ自分が気にしているのを察して教えてくれるなんて、親切な人ではないか。
 道彦に対して、初めて会った時より、いい印象を抱いている自分に気づく。
 この人のおちゃらけてるトコロがちょっと鼻にはついているが、男はやはり中身が大事だなと恭子は思った。


     つづき 第十五話 https://note.com/sozila001/n/n8b874c3489af

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