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小説「秘書にだって主張はある。」第六話

 六 予約

1月5日(木)1500
 それでもやはり、恭子は電話機を前にしてしばらく躊躇していた。
 どうにもやはり、軍というものに敷居の高さを感じるのだ。だが相談役の指示だ。やらずばなるまい・・・。
 意を決して、受話器を取り、相談役から預かった電話番号を入力する。
 コールは3回で出た。
「あの、私は、東京都神田にあります柊社の伊藤と申します。柊道彦様の電話でございますか?」
「ああ、そうです。柊道彦と言います。伊藤恭子さんですね」
 すでに、相談役から連絡を受け取っていたらしい。話がはやい。
「恐れ入ります。弊社の総務部長付を命じられておりますが、本日は、相談役の紹介により、常盤ラボの件で、お電話させていただきました」
「もちろん、母から聞いてます。そんな堅苦しいのはいらないですよ」
 もしかして私の敬語がおかしい?恭子は言葉遣いには定評がある。
 失礼のないように、そして慇懃無礼にもなっていないはずだ。
 もっとも、会話そのものを嫌がっている訳ではないようなので、ほっとして、そのまま続けた。
「それでは、改めまして」
「軍は、常盤ラボに、どのように関わっているのでしょうか」
 ふとした出来心で直球勝負してしまった!いきおい喋ってすぐに後悔した。
 電話だけで済ませてしまえるものならそれにこしたことはないなどと、横着してしまったのだ。
「その前に、・・・。君は、能力者なんだって?」
「電話でそんなこと言わないで!」
「君こそ、国家案件に関する事項を電話で・・・」
 確かにそのとおりだ。ここは一旦引き下がるをえない。
 それにしても、相談役の行動の速さときたら・・・。もう恭子の能力のことを息子に、しかも「軍人」に話している。
 恭子は何としてもここで自分の個人情報漏洩を食い止めなくてはと思った。それもあるし、指示をもらっている案件のことにしてもここはやむをえず・・・
「あのう。改めて、直接お会いしていただくことはできますでしょうか?」
 そして電話向こうの男、軍人だからということもあるがその対応の速さは十分警戒に値する・・・。
 やはり、常盤ラボについて、考えなしに直球を、しかも至近距離から投げたのはまずかった。まさか、投げ返されてしまうとは・・・。
 時間はかかっても、ここは仕切り直しすべきだ。
「セキュリティ対策のためにも、どうかお願いします」
「いいですよ。もちろんこちらもその方が・・・。ちょうど僕も東京に戻ってきているしね」
「お互い一人同士、ということでいいんですよね」
「構いませんよ」
「軍の人間で貴方をとり囲むとでも思いましたか?」
「たぶん、貴方なら渡り合えるかもしれないけど」
 半分だけ図星だ、でも渡り合えない。であれば、ちょっとかわして。
「ご冗談はさておきまして・・・」
「日時と場所はどうしましょう」
「明日、1月6日1300、弊社応接室でよろしいですか?」
「うーん、日時はいいんだけど。どうにも、場所がね。逃げている訳じゃないけど、柊社には近づかないことにしているんだよ」
「?」
「神保町の、喫茶ラフィンってわかるかな。いつ行ってもガラガラなんだよ。そこでいい?」
「承知しました。私の方で予約させていただきます」
「知ってるんだ?」
「はい。入ったことはないですが・・・。でも、弊社ではいけない何か理由があるんですか?」
 恭子は何気なく、気になって質問した。
「うーん。自分の肉親がいるでしょう、そこには・・・」 
「なんとなくですが理解できました。それでは、明日1月6日1300、神保町喫茶ラフィンで」恭子は復唱した。
「了解です。失礼します」
「ありがとうございました。失礼します」 
 道彦が電話を切る音を聞いてから、恭子は自らも受話器を置いた。
「はあー」
 やはり、ため息がでてしまった。始終引きまわされっぱなしの感が否めない。
 さて、巻き返すための作戦を立てる必要がある。明日までじっくり考えることにして、とりあえずは、部長にお茶をお持ちして電話の件を報告することにした。
   *
1月6日(金)0930
 今日は始業からやることがあった。
 早速、営業部のブースにお邪魔し、いつものように直子に挨拶する。お土産は、洋菓子ハセコウの5色マカロンだ。
 総務部長のブースにはお客様からのお土産が絶えることがない。もちろん営業部も潤沢なのだが。
「おはよう直子」
「おー恭子。おはよう」
 直子はいつも元気だ。
「どうしたの?」
 両手の拳を上に挙げて、ノビをしていたので聞いてみた。
「いやぁ別に。まだ年始の時期だし、うちの男どももお年始挨拶回りで、営業部は本格稼働してないしねぇ。ちょっと暇だから一人で気合い入れ直そうかなぁって、思っていたところなのよ」
「今度、2人で新年会やらない。ひとりだとついつい飲みすぎるのよ」
「いいよー。どうせなら2対2にしない?里見ともう一人、私がセットするわよ」
「ところでちょっと頼みたい事があるのよ。時間いい?」 
 さっそく恭子は用件を切り出す。
「大丈夫だよ。でもまたかわされたね」 
「直子の端末から売上データを見れるよね。ちょっとお願いして、ウチの取引内容を閲覧させてほしいのよ。それと直子は私のそばにいてもらって、端末操作のレクチャーしてくれないかな?」
「何の件?」
「例の常盤ラボ」
 恭子が答えると、直子は興味心からか、義務感からなのか、急に目を光らせて、さらにいきいきしてきた。
「もちろんいいわよ🎵」
「たぶん5分かからないと思う」
「IDとパスワードは自前のを使ってね」
 もちろん、最低限のセキュリティーマナーだ。即答する。
「了解です」
 さっそく恭子は、直子のデスクに座り、IDとパスワードをノート端末に入力する。
「そうしたら、営業部メニューの顧客別売り上げ実績ショートカットを選択して」
 直子は画面に合わせて、最短コースを的確に指示していく。めちゃくちゃハヤイ!恭子も端末操作は早い方だと自負しているが、指示に追いつくのに精一杯だ。
「後は、対象期間をプルダウン選択するか入力するかして」
「期間は直近1年と・・・。これでいいの?」
 恭子は指示どおり選択した。
「OKよ」
 恭子がエンターキーを押した瞬間、端末に結果が表示された。
「あれっ?ここ3ヶ月納期のものばっかりじゃないの。検索表示条件設定の入力、間違えたかなぁ」
 恭子は少し焦り気味に言った。
「いーや、大丈夫。合ってるよー」直子はなぜかしたり顔で答えて続ける。
「過去一年の実績といっても確かに、ここ3ヶ月のものばっかりだね。しかも小さな契約が積み重なっている感じ」
「実はね、私もこのデータ、まるっきり同じ条件設定で、以前検索したことがあるのよ」
「さすが、直子。それでどう思う?」
「そりゃもう、ここにきて急に増えたとしか言いようがないわね」
「そうなのね」
「例のクレームがついているRT分光干渉測定器だけど、1番の大口契約だね。単価が高いし」
「・・・」
 恭子は少し考え込んだ。
「後はそれほど、品目に特徴はないんじゃないかな。みんな安価で汎用性の高いありきたりの分析機器ばかりだし」
「そうかぁ。特徴なしかぁ」恭子は少し期待外れだったが、何か引っ掛かってもいた。
「もういいの?お茶飲んで行かない?」
「いいわ、ありがとう。でも総務部に戻るわね」
 いつまでも直子の端末を占有する訳にもいかない。
 恭子はお礼を言って、総務ブースに戻ることにした。
   *
1月6日(金)1100
 恒常業務に戻った恭子であったが、なぜか仕事に身が入らない。
 どうしても集中できないのだ。
 原因はアレ、先ほどの取引データだ。
 営業部の直子が見て、特徴なしと言うからには、何も手がかりはないはずなのに、どうしても気になる。 
 そうこうしているうちに、たっぷり30分も考えて、やっと一つ気がついた。
 販売品目に特徴なしというのは、おかしくないのか。ある意味それ自体が特徴とは言えないか?
 そういえば、いまさら常盤ラボのような中堅検査会社が、新しくできた会社さながらに汎用機器を買い揃える目的が不明だ。
 管理しているはずの大多数の品目がいっぺんに寿命を迎えたとは、どうしても考えにくい。
 一体どう言うことなのか・・・。
 直接聞きたいことではあるものの、常盤ラボを突っ突くのは相談役に止められている。
 そうすると、やはり軍をあたるしかないのかぁ・・・。
 このことを、恭子は今後の課題として覚えておくことにした。


     つづく 第七話 https://note.com/sozila001/n/n372de238c0d5

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