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小説「秘書にだって主張はある。」第七話

 七 軍人

1月6日(金)1230
 恭子は、ちょと早目に社を出た。相手は軍人、時間には特に厳しく構えておくべきである。
 ちなみに今回、外出の表向き用件は、「総務部のお客様用お菓子の買い出しを兼ねた長めの昼食」にした。
 念のため、直子に、ちょっと遅くなるかもと、フォローをお願いしてきた。見返りはおやつのケーキだ。
 ところで恭子は、往路を歩きながら、ある漠然としたことを考えていた。そう、道彦も能力者である可能性は、考えられないのだろうか。
 30万人に1人という可能性の低さは理解できるが、それでも、もしかしたらと疑いたくなる。まあ、直に会えばすぐにわかるというものだ。
 と、歩いていたら、もう店の前である。
 外観はかなり古い。もしかしたら昭和の時代に建てられたのかもしれない。
 店に入ってあたりを見まわすと、やはりアンティーク調の雑貨がそこかしこに配置してあって、いい雰囲気だった。
 そして店の奥の4人掛けテーブルに30才ぐらいで、申し合わせた目印の喑茶色の鞄を横に置いた男性を見つけた。まだ、15分前。でも、もう来ている。
 そして恭子には、すぐに分かった。彼は能力者ではない。 
 テーブルのそばまで近づくと相手も気がついて立ち上がった。恭子は、自分に15足して相手の身長を約175cmと見積もった。
 会釈しつつ簡単に挨拶する。
「柊社の伊藤恭子です」
「統合軍の柊道彦です」
 二人は名刺を取り交わす。
 道彦は席に付きコーヒーを一口飲んだ。
 相手が落ち着き払っているのにちょっとイラつく。とりあえずいただいた名刺を机に置いて、恭子も席についた。
「あなた、今、僕が能力者かどうか確かめたでしょう」
 道彦が少し苦笑しながら質問してきた。
 恭子は、机の上の名刺をケースに収めるふりをして、軽く慌ててしまったことを、しれっと、とぼけようとしたが、先手をとられた自分が弱かったからだと、降参することにした。
「失礼しました。念のためです。柊家の方に関しては、なにが起きても不思議じゃないと承知しておりますから」
「そんな大袈裟な。母はよっぽど、うれしかったのかな。けっこう酷い目に逢ったでしょう?」道彦は笑いながら話した。
「お母様は、うれしいと相手に酷い目を遭わせるご趣味なのですか?」
 恭子は、ちょっと皮肉ってしまった。
「機嫌がいいと、はしゃぐんですよ。あの人は・・・」
 そういえば、あの時相談役は始終、軽く笑っていた。恭子は、ほんのちょっぴりだけイラっとしながら、個人的に気になっている一番重要な事項から切り出した。
「あの、私が能力者であることは、くれぐれも内密にお願いできますでしょうか?軍の中についてもです」
「わかります。了解です」
 道彦は真面目に答えた。
 それを見て恭子はほっとしつつも、用向きの主題を単刀直入に切り出す。
「さて、早速ですが、常盤ラボという化学分析会社はご存知ですね」
「もちろん」
「今回、弊社がその会社に分析機器を卸していて、そして、その製品にクレームを付けられていることについては?」
「そうらしいね」
 どうやら、どこからか既に情報を入手しているらしい。相談役だろうか。
「単刀直入にお聞きしますが、軍は、常盤ラボに、どのように関わってますか」
「うん。今日は保全的にも問題がないので、ごまかさないよ」
「ありがとうございます」恭子は思わずほっとして応えた。
「君も知っているとおり、軍は常盤ラボと、成分分析役務契約を結んでいる」
「ネットでも公開してるしね」
「だからという訳じゃないけれど、あの会社に贔屓も意地悪もしないので、そのつもりで聞いてほしい」
「承知しました」
 恭子は、おちゃらけているだけではなく、公明正大な一面もあるんだなと、一応見直した。
「確かに、軍は一連の対象の製品にもっと耐久性能があればいいなとは思っているけど、常盤ラボに、それを無理じいはしていないよ」
「それは、なぜです?」
「一言で言えば、コンプライアンスだね」
「契約しちゃった後に、仕様にないものを要求したりして、もしも、相手に抗議されたらどうするのさ?」
「なるほど。わかります」
「と言いきれればね、ウチも清廉潔白なんだけどなぁ」
「なんなんです?」
「いやぁ、秘密にしてもらえる?」
 ちょっと困った様子の道彦。
「先ほど、ごまかさないと仰っていませんでしたか?」
 おそらく、ここが核心だ。
 恭子自身は、やや高揚しているのかも、と思った。つい、秘書の口調で追求してしまったからだ。
 昨日から必要以上の敬語は使わないようにしている。嫌味にとられてるらしいし、警戒もされやすいだろう。
「あのね。こっちの、つまり軍の人間が、つい口走っちゃったらしいんだよね。もちろん正式な要望ではないんだけどさ」
「それは、ちょっと・・・」
 それは、ちょっとマズイ。客観的に見て将来に向けての、官民間便宜供与になるんじゃないの?
「まあ、分かってくれているみたいだから、これ以上言わなくても大丈夫だよね・・・」
「いや、これ以上、と言うか、もうすでに大丈夫じゃない、と言うべきか」
「え!・・・いや、そりゃそうだよねぇ。今のはナシで。どうかお願いします・・・」
「分かりました。今の一言、聞かなかったことにしますね」
「え。そうなの?そのまま母さんへの手土産にされるのかと思った」
 明らかにホッとしたような道彦の表情だ。
「考えなかったと言えば嘘になります。ですが、あまり自分の手柄というものに興味がないので」
「へえ。意外な感じ。もっと野心家なのかと思った」
「野心家ですよ」
「ただ、大ヒットを飛ばしてまわりから騒がれるのは、好みではないんです。バントで地味に昇進したいですね」
「そうなの?」
「実を言うと、目立って、私の能力のことを知られるのが嫌なだけです。ですのでどうか本当に内密でお願いします」
 恭子は素直に白状した。
「なるほど。よくわかりました」 
「ところで、さっきの件どうやって調べられたんですか?」
「いや、名刺のとおり、僕は『監察』と言う部署にいて、色んなところから色んな情報が、集まって来るんだ。残念だけどこれ以上は言えないな」
「えっ」
 おそらく漏れてる驚きを、恭子は努めて抑えた。そして同時に、先ほど名刺を受け取った際に、よく確認しなかった自分にほとほと呆れた。
 それって、我が社で言えば、相談役の位置じゃないの?
 正直、こんな迂闊そうな人を担当に充てるなんて、軍の人事はどうなってるのよ、とツッコミたくさえなった。
 しかして、主だって欲しい情報は入手したが、社内に話せる範囲内では、確たる証拠に乏しい。
 相談役と部長を納得させるには、どうしたらいいだろう。
「道彦様、・・・」
「昨日の電話もそうだけど、様はよしてほしい」
「道彦さん、明日以降の予定は、どうでしょう?正直なところ、私は一度、上司に伺いを立てねばなりません」
「それがね、僕は月曜の9日まで休暇の予定だったのに、予定変更で今日までなんだ。明日はまだ土曜日だけど極寒の勤務地、北海道に逆戻りだ。どうやら部隊で、ちょっとした事故があったらしくて・・・」
「・・・そうなんですね」
 実は、あとの会話は半ばうわのそらで、あまりよく聞いてなかった。
 結局、2度目の面会は予定が折り合わず、できるだけ電話かメールで済ますことにして、ていねいに面談のお礼を申し述べて終了となった。
   *
 帰り道を歩きながら、恭子は改めて、いただいた名刺を眺めた。
「北海道方面統合軍、軍司令部、監察官室、監察官補、陸軍中佐、柊道彦」とある。
 長い。
 組織が大きくなればなるほど、肩書きも長くなるのは常のことだが、それにしてもほどがあるだろう。
 そういえば、軍人の名刺というものも初めて見た。
 確かに住所は北海道である、しかも旭川。私の故郷。出来過ぎなぐらいの偶然だ。
 振り返ってみて、道彦に関しては、人柄は「お間抜け」な印象だったのに、交渉相手として、結果的には油断して惨敗した。
 ペースを掴むのが得意で、頭もいい方だったらしい。
 誠に不本意である。
 ペースを掴むのが得意なのは母親譲りなのかもしれない。
 不思議な男性だった。おちゃらけているようで、物事の核心をついているところもある。
 本来の情報収集については、確証はないものの、やはり常盤ラボは一人相撲を取っているようだ。
 相談役の予想は、ほぼ的中していたということだろう。
 さすがだ。
 まずは総務部長に報告して指示を仰がねばならない。
 歩きながら、そうこうしている内に、お目当てのケーキ屋さんが近づいてきた。時間も押し気味で気にもなったが、大事な友人のために、約束は守るつもりだ。
   *
1月6日1500 柊社
 期待していた訳ではなかったが、帰社後の結果報告に対する総務部長の指示は、思ったとおり簡潔でドライだった。
「了解したよ。同じ様に相談役に報告してね」
「またですか」
「なにか問題でも?」
「どうか、部長経由でお願いできませんでしょうか?」
「君は直接、相談役の指示を受けたんだから報告するのは当たり前だよ。それに、これから、何かいいことがあるかもしれないしね」
「はぁ?」
「期待してほしくは、ないかな」
「なんなんですか」
「今度は面談じゃなくて、電話でもいいってことだからさ。よろしく頼むよ」
 恭子は、直接報告の妥当性や正当性について、意味がわからぬまま、結局、指示を受けてしまった。
 とにもかくにも受けてしまったものは、しょうがない。
 急ぎの用を終わらせたら、お言葉に甘えて電話を使わせていただこう。
 やはり潔く、真摯に対応するしかないか。でも、直子とケーキを食べるくらいの休憩は許されると思う。
 恭子は、手土産を持ち、営業部のブースに近づいていった。
 歩く途中で気づいたが、道彦との面談については、直子にもお喋りするつもりがなかった。
 理由は、なぜなのかそれは自分にもわからない。たぶん調査結果が出ていないからということなんだとは思うけれど。


     つづき 第八話 https://note.com/sozila001/n/n0177ba238fdd

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