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都合のいい男【鑑定小説】

夜の闇が深まり、街は静寂に包まれていた。
静男はひとり、部屋の隅で膝を抱えながら、スマートフォンを手にしていた。正樹と別れてからというもの、心の中にぽっかりと空いた穴は、どうしても埋まらなかった。彼の存在は、静男の人生に深く染み込んでしまったのだ。目を閉じれば、正樹の声、笑顔、そして二人で過ごした日々が鮮明に浮かんでくる。

正樹との最初の出会いは、何気ない日常の中で訪れた。仕事場で目が合い、軽い挨拶を交わしただけだったが、その瞬間から彼に惹かれていく自分を感じた。正樹は誰にでも優しく、親しみやすい性格だった。何度か食事を共にし、自然な流れで二人は付き合うことになった。彼のそばにいると、世界が輝いて見えた。

しかし、時間が経つにつれて、正樹の態度に変化が現れた。出張が増え、顔を合わせる機会が減るたびに、静男は彼の心が少しずつ離れていくのを感じた。それでも、正樹が自分を選んでくれるはずだと信じ続けていた。だが、それは甘い期待に過ぎなかったのだと、今ならはっきり分かる。

正樹は、多くの男たちと遊び、そのうちの一人として静男を扱ったに過ぎなかった。彼にとって静男は、ただの「都合のいい男」でしかなかったのだ。静男が心を砕いても、正樹は新しい相手を見つけるたびに、その存在を無視した。彼がいくつもの男を次々と渡り歩く様子に、静男は苦しみながらも、彼を嫌うことができなかった。愛していたからこそ、彼を憎むことができない。その矛盾に、静男は自分自身を責め続けていた。

ある晩、静男はどうしても正樹の本心を知りたくなり、スマートフォンを握りしめていた。インターネットで見つけた占いサイトに辿り着き、半信半疑でチャット占いを依頼した。自分が感じている不安や疑念を、誰かに聞いてもらいたかったのだ。

「初めまして。蒼樹と申します。どうぞよろしくお願いします」

占い師からのメッセージが届くと、静男は少しだけ希望を感じた。そして、思いの丈をぶつけるようにメッセージを打ち始めた。

「先月に別れた正樹の気持ちが知りたいです。別れた後も、何回か連絡があって関係が続いていました。でも最近、私が他の男と付き合ってる噂を聞いたといって、ものすごく怒って急に連絡を絶ちました。彼のほんとの気持ちを知りたいんです……」

静男の心は、不安と期待が入り混じっていた。数分後、占い師からの返答が届いた。

「正樹さんは、多くの男性と関係を持つことに慣れているようです。彼にとって、愛とは一時的なものであり、特定の誰かに深く結びつくことはないようです」

その言葉は、静男の胸に鋭く突き刺さった。正樹が他の男性たちと同じように、自分も使い捨てだったのだと理解した瞬間、涙がこぼれ落ちた。

「正樹さんが連絡を絶ったのは、正樹さん自身の都合に過ぎません。静男さんが他の男性と会っていると誤解したからではなく、ただ単に彼にが新しい相手ができたからで、静男さんと"一時的に"関係を切るための口実です。ほとぼりが冷めればまた何事もなかったように連絡してくる可能性が高いです」

静男はその冷酷な現実を受け入れることができなかった。正樹が自分を見捨てた理由が、そんなに軽薄なものだったのか。彼が最後に交わした言葉を思い出し、どうしても納得できなかった。

「彼は、いろいろな男性と遊んでいるようですが、そこには愛は存在しません。彼に愛を期待しても虚しいだけでしょう。静男さんが彼に対して抱いている感情は、残念ながら一方通行です」

静男はその言葉を受け入れながらも、心のどこかで正樹を信じ続けていた自分がいた。彼の言葉に騙され続けても、彼を憎むことができないのは、やはり愛しているからなのだろうか。

チャットが終わり、静男はしばらくの間、虚ろな目で画面を見つめていた。彼の言葉が頭の中で繰り返され、そのたびに心が痛んだ。正樹が自分に何も感じていなかったとは思いたくない。しかし、現実はそれを否定する。

正樹との出会いの日々が再び脳裏に蘇り、彼の優しさに包まれた時間がいかに偽りだったかを考えると、静男の心は締めつけられる。あの頃は、正樹のすべてが輝いて見えた。彼が誰よりも大切な存在だったのに、その思いは正樹には届かなかったのだ。

彼を忘れようと何度も決意してみたが、そのたびに心の奥底で彼への愛が再燃してしまう。静男は友人たちから「そんな男、早く忘れた方がいい」と何度も言われたが、その言葉を受け入れることができなかった。自分でも、どうして正樹を忘れられないのか、理解できない。

「嫌いになりたいのに、嫌いになれない」――この言葉が静男の心に重くのしかかる。彼が正樹を想い続けるのは、愛が残っているからなのか、それともただの執着なのか。静男自身もその答えを見つけられずにいた。

***

蒼樹は画面越しに静男の心の傷を感じ取りながら、苦々しい思いを抱いていた。正樹のような男が、静男のような優しい心を持つ者を弄ぶことが、どうしても許せなかった。正樹の行動は、愛の欠如としか言いようがない。彼にとって、愛はただの遊びに過ぎず、その背後にある静男の切実な思いを踏みにじることに何の罪悪感も抱いていないのだ。

「正樹のような男には、いつか報いがあるだろう」――蒼樹はそう思いながらも、静男がその報いを期待して苦しむことを望んではいなかった。正樹が与えた傷がどれほど深くても、静男がそれに囚われ続けることは、さらに彼を不幸にしてしまうからだ。

占い師として、蒼樹は静男が正樹の束縛から解放され、再び前向きに生きていくことを願わずにはいられなかった。静男が真の愛を見つけ、その愛が報われる日が来ることを心から祈りながら、蒼樹はそっと画面を閉じた。

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