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そして、誰もいなくなる。



隣の先輩が辞めるらしい。

突然の朝会議。話しづらそうな上長、いつもより端っこの席に座る、少し気まずそうな先輩。

そうか、この人も辞めてしまうのかと思った。いつかいなくなってしまいそうな予感は何となくしていた。隣だから、肌で感じる何かがあった。ただ、それはもっと先の話で、また来年も隣にいてもらえると当然のごとく思っていた自分がいた。

そっか。『来年』なんてなかったんだ。どうしてあのとき、沈黙が怖くて遮ってしまったのだろう。どうしてあのとき、もっと話しかけようとしなかったのだろう。そんな少しの後悔が芽生えたけれど、それも正直今更な気がする。

「入社したら、きっとすぐに皆と仲良くなれるよ」

その先輩が言っていた言葉、半信半疑だったけれど、コンビニに行くと言ったら、「一緒に行ってもいい?」と笑って聞いてくれるような人だった。
ただ、それ以上踏み込むのは怖かったし、自分が健常者と違うが故の気遣いだろうとも思った。先輩には、そのとき既に仲の良い同僚がいた。

そして私は、人の輪に入ることが苦手で一人で過ごす方が気楽な人間で、自然と自ら『一人』になり、会社の外で出来る限り安く済ませられる場所でご飯を食べるようになった。
お気に入りのコンビニでも、イートインを使う。席がソファーみたいで座りやすいし、電子レンジもお湯もあるのだ。

まだ私が入社してからそれほどの月日が経っていないのに、辞めたり長期休暇に入ったりする人たちが結構多い。
何人かは言えないし、弊社のネガティブキャンペーンがしたい訳でもない。たまたま、彼らが辞めたいと考える時期に入社したのかもしれないし、私は本当に大した仕事も任されていないから、大して職場の人にも迷惑をかけていなかったはずなのだ。

私は今の会社が気に入っているし、みんなとても優しいと思う。
ただ、私が『特に』話しやすくて穏やかで怒らない人だと思っていた人たちが、立て続けにいなくなっている。そのことが、気がかりでならない。

不穏な空気、
忙しいと少し冷たくなる職場の人、
一向に心を許しきれない自分。

朝の会議で浮かない顔をしている隣の先輩も、いつも穏やかで、怒っている姿を見たことがない人だった。
どういうときも笑顔で対応していたし、明らかに具合が悪そうでも頑張っていた。
見かねた別の先輩に声をかけられても、『大丈夫です』の一点張りだった。私は後輩よりも仕事を任されない立場で、手伝いたくとも教えてもらわねば何もできない。

大した仕事のできなかった私が、皮肉にも先輩の退職を機に、とある責任の伴う仕事の担当を引き継ぐことになった。
やはり先輩は笑顔で、穏やかなままだ。
そして私もいつも通りだ。
やる気があるということを態度で示すことができる程度で。

もっと仲良くなっていたら、きっともっと寂しかったろう。ただ、私が良いなと思った人たちが次々といなくなってしまうのはやはり切ない。
このまま、皆んないなくなつてしまうのだろうか。
優しい人は、頑張りすぎて疲れてしまうのだろうか。

忙しかろうがイライラしていようが、それを態度に出さない人とか、人の噂話で盛り上がろうとしない人とか、『そういう人』が私は好きで、けれどそういう人はいなくなっていく。

そういう意味で信用していた人たちが、手のひらから零れ落ちていくように、いなくなってしまう。私は障害者雇用で、異分子だったかもしれないし、きっかけの一つになってしまったかもしれないが、それでもここにいたいと思う。

私はいつも大抵において一人で過ごしている。隣の席が空いたら、端の私はさらに一人になるだろう。
ただ、私がこの職場の『そういう人』であり続ければ良いだろう、とも思う。

私は異質かもしれないが、いつも心を平らにして、基本的に自分が焦っていようが忙しかろうが、なるべく態度に出さないようにしている。
他人に影響されやすいので、他人のいらだちは伝染しやすいものの、相手がどうであろうと自分を保てる人間でありたいと思っている。

なるべく穏やかで人に対して親切にできて、自分の仕事に責任の持てる人であろう。

いなくなった(る)人たちの代わりに。


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※筆者はコメントを諸事情で読めませんが、掲示板代わりにお使いくだされば幸いです。今回の見出し画像は偶々撮れた空の写真。写真には加工をしていませんが、図形と文字を入れました※かなり前に使ったことがある写真だけれど、もはや思い出せません……

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