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朝井まかて「落陽」を語ろう

 まかて先生の作品には、大好きな物が沢山あります。一番は決められません。秋なので、「御松茸騒動」と迷いましたが、今回は「落陽」を語りたいと思います。

「落陽」は、明治天皇崩御の辺り、大正時代を舞台に描かれます。私はそれまで朝井まかて作品は時代小説しか拝見したことがなかったので、此れも確かに過去の話ではありますが、近代日本の話だとは、タイトルだけを知った当時、思いもよりませんでした。

 まず導入が読者を早々本にのめり込ませます。ページを捲って私もすいと呑み込まれた一人です。両手でしっかり握って、読み終わる迄離せなくなりました。「これだ!これなんだ、本との出会いの喜びの瞬間」そういう衝動です。

 そして少しずつ広がっていく物語。いえ、物語と云うよりも、私は大正を歩いて来たのだと思います。息遣いの聞こえてくるような登場人物たちと共に土を踏み、汗を流し、枯葉の踏みしめて音のするのを聞いたのです。目の前に、壮大な森を見たのです。

 過去には飛べないけれど、本の中からは何処へでも行けます。私はそうやってベイカー街へもよく旅をしました。江戸の町も何度歩いたか知れません。いけない。話を戻します。

 私の、語るくせに語らない拘りの為に、話の内容が明かせないのですが、この本は大正を歩くだけではない、何とも荘厳な仕掛けが施されています。少し寄り道しますが、語るくせに云々というのは、作品とは一対一で向き合うのがいいという拘りの事です。私が語ってしまうと、読み手と作品との間に、私の解説やら私観と云う余計な物が入って出会いを台無しにしてしまうと思うのです。仮令たとえきっかけになれたとしても、それが語る目的でありますから私はそれで満足ですが、あくまで作品と出会うか出会わないかは一人一人の縁やタイミングに委ねられるものだと思いますから、私は話の内容を出来る限り何にも語らないで、好きな物を語りたいと矛盾を述べるのです。

 さてまかて先生の「落陽」に戻ります。戻って私が語れる事はもう少ないのですけれど、登場人物の本当に豊かな事が、この作品の彩りでもあります。あの人この人が、魅力的なのです。まるで一本の大樹に方々から陽が射す様に、其々それぞれの生き方が、輝いています。

 これが映画になったらさぞ見事だろう。そんな期待迄してしまいます。一気読みでなくとも、栞さえ用意すればじっくり味わうことが出来ます。一人でも多くの方に手渡したい、そんな本です。




追記:令和5年9月
明治神宮外苑再開発の話が聞こえて来たのはいつ頃だったでしょうか・・・
守りたいものがある。繋ぎたいものがある。
それじゃあ、自分にできることってなんだろう・・・
小さな事しかできないかもしれないけれど、そっと思いを寄せてみます。
世界を動かすような、大きなうねりになるように願って――   いち


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