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掌編「波打ち際、サクラガイ」


 出会いと別れが或る。それは望み通りにはならないもので、ある日突然やって来て、哀しいとか、寂しいとか、嬉しいとか、鼓動の高鳴りとか、心の内の、切ないのを、たった一瞬で、染め上げてしまう。

 今僕の目の前にある、夕日のように。海の表面がくれない色に煌めいている。

 砂浜で桜貝を見つけた。波打ち際でもっと奇麗なピンクがきらり輝いて見える。サンダルの足に砂が纏わりつく。むぎゅむぎゅする。楽しい。足首、脛まで海水に浸して、少しだけ冷たい。奇麗の行方を探す。見つけたと思った。手を伸ばす。捉まえた気でいる。波が引いて、取り上げてみるけど、手には何にも残らない。ざざん、ざざんとたえず耳に聞こえている。地球に体を揺らされているようだ。くすぐったいな。海が大人しくなった。次に同じ場所を覗いても、もうあの鮮やかなピンクはそこにはない。砂に埋もれたか、波に浚われたかしたのだ。

 お兄ちゃーん、あったー? 

 妹の呼ぶ声がする。僕は首を横に振って答えた。ないよ。もうここにはないんだ。ずっと同じはないんだ。ざぶん、足を運んで砂浜に帰還する。もうじき満ち潮だ。長い潮のライン、打ち上げて海藻。ほら、もう少し上まで上がらないと、濡れちゃうよ。妹の手を引いて、乾いた砂の上に立つ。二本の足は砂粒にまみれて、海を染めた夕日と同じ、きらきらの足。

 お兄ちゃん、寒くなった?

 平気だよ、このくらい。僕の未だ小さい手から、妹のもっと小さい手に、ピンク色の、サクラガイ。二枚あったから、これでいいだろう。今日は、これで帰ろう。
 同じはないんだ。同じはないけど、どれも、奇麗だろ。ようく、見て御覧。

 陽が落ちる。小さな足跡は明日に帰る。

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