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掌編「姉の云い分、おやつのミニトマト。」


 わたし、茜と云います。小学六年生です。

「今日の当番誰よ」
「さや姉だよ」
「なんで水遣りしてないの。見なさいこれ、ミニトマトの葉が萎びてるじゃない、可哀想に」
 たき姉は今怒っています。
「家庭菜園始めようって言ったのは誰?私か。もう。私お米研ぐから、あーちゃん先に水あげててくれる?研ぎ汁持って行くわ」
「うん、わかった」
 たき姉は、植物に優しい人です。それに共働きで忙しい母と同じ位料理上手です。高校二年生であの腕前ですから、凄いなあって思います。


 夕食後のリビングです。私は麦茶、たき姉は野菜ジュース、さや姉はホット珈琲を用意しました。みんな好きなものが違って、時々は一緒です。ソファでさや姉が洗濯物を畳んでいます。奇麗な仕上がりはお店の棚の様で感動します。
「それで、どうだったのよ。木曜会の男とは」
「どうって?」
「あれ、駄目だったか、ごめんごめん。忘れよう」
「いや、えっと・・・ふふ」
「何よもう、早く言いなさいよ」
「あーちゃん、代わりに話してあげて」
 さや姉は文学に御執心です。高校の部活の延長で、毎週木曜会と云うものに参加しています。今日は以前から本の好みが気になっていた男性とお話するのが待ち遠しくて、いつもよりうんと早くに出かけて行きました。
「今日は隣に座れて、ずっと本の話が出来たんだって」
「ほう」
「カーライル動物園の同じ処で声を上げて笑った事が分かって、凄く盛り上がったんだって。楽しかったんだよね」
 さや姉はうんと頷いて「あーちゃん、カーライル博物館だよ」と訂正を入れて、カップに顔隠れる程唇を近付けました。

「ふうん。それから?」
「終わりだよ」
「なんじゃそりゃ。話するだけならいつもの木曜会と変わらないじゃん」
 さや姉はにこにこと頬を崩して何も言い返しません。
「はあ、流石文学女子は違うわ。恋愛のベクトルが違うんだ。さや姉、来週の木曜日が待ち遠しいね」
「え、うーんと、実は、明日喫茶店で会う約束になってるの」
「まじか!?」
 たき姉は驚きの余り立ち上がりました。ショートパンツから剥き出しの足は、長くて奇麗だなっていつも羨ましく思います。
「たきちゃんとあーちゃんも来る?」
「え、いいの?私行きたいな、パフェある?」
「駄目よあーちゃん。さや姉、行く訳ないでしょ!なんで姉のデートに妹が二人も付き添うのよ。意味わかんない」
「デ、デート?違うよ」
 さや姉のほっぺが紅色に染まっています。こう云う言葉を口にするだけでいつも染まります。そんな処が可愛いなって思います。こんな高校生他に居るかなと思ってしまいます。
「じゃあ何するの」
「本の話」
「あーちゃん、どう思う?私とさや姉、どっちが正しい」

 たき姉はよくこうして私に難問を解かせようとします。私は夏休み帳だって国語は飛ばして後回しにする程苦手です。私が得意なのは理科と算数です。数字で解ける問題だったら良かったのになあと、いつも思います。私が困った顔で笑っていると、さや姉が助けてくれました。
「そう云えばたきちゃん、今日はごめんね。明日は水遣りするから」
 不意を突かれてたき姉は一瞬戸惑いますが、さや姉の視線で庭の植え物達を思い出します。
「ううん、いいの。明日も私がやるから」
「え」
 私たちは似たような顔で似たような顔のたき姉を見上げました。三姉妹の顔はそっくりねと、周囲の皆様にはよく言われるのです。そんなに似ているでしょうか。そうするとお母さんとも同じ顔と云う事になると思うのですが、それを口に出すと隣の家のおばちゃんにあははと笑われてしまいました。

「明日は大丈夫だよ。水遣りもしてから出掛けるからね」
 さや姉がもう一度押しますが、たき姉は首を振って、
「いいの。明日は朝と夕方、ホースでたっぷり水遣りしてあげるねって約束したから」
「誰と」
「ミニトマトと」
「へええ」
「涼しい内に少し世話もしようと思ってるし。だから気にしないで」
「そっか、わかった。うん、たきちゃんの方が育てるの上手だから、その方がいいかも」
「さや姉如雨露で水遣りするのに腰が引けてたもんね」
「だって、いつ青虫が見えるかわからないし、こっちに飛んで来たら怖いもん」
「青虫は未だ飛べないよ」
「分かんないよ、何が起こるか分かんないんだよ」
「もう、物語じゃないんだから」
 さや姉は極度の虫嫌いで、蟻の行列も跨げませんし、視界の端で小さな虫が飛ぶだけで気絶しそうな程の叫び声を上げます。いつか蜘蛛の巣に怯えていた時は私が外してあげると、涙を浮かべて御礼を言われました。
「私もう決めたから。夏休み中にたっくさん愛情注いで、滅茶苦茶美味しいミニトマト作ってみせるから」
「楽しみー」
「ありがとうたきちゃん、甘いのが出来たら私おやつに食べたいな」
「あ、いいねそれ、三時のおやつにミニトマト」
「任せなさい」
 たき姉が文字通りどんと胸を叩きました。男前です。さや姉がそれを見て笑っています。父と母は今日も仕事で遅いけれど、お姉ちゃん達の御蔭で、毎日飽きることがありません。夏休みって楽しいな、そんな風に思う夜です。

 それから―

 これは内緒の話ですが、翌日の喫茶店へは、たき姉と二人で密かに訪れました。バレない様に離れたテーブル席で御馳走して貰ったパフェは、一生忘れられないお味になりそうです。
                      おしまい

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夏の思い出

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