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『ぼくは勉強ができない』考察|”勉強”の意味とは?

え!?


私は思わず声を上げた。


これ、20年以上も前の本なの!?


描かれた高校生の心情が、あまりに「今っぽい」感じだったから。

文章が、あまりに綺麗だったから。


勝手に最近の作品なんだと思っていたのだ。


ああ、高校生の頃に読みたかった。

でも、いま、読めてよかった。


そう思わずにはいられなかった。

今回はそんな、山田詠美さんの『ぼくは勉強ができない』を紹介したい。


◆あらすじ

勉強は苦手でも恋愛は得意。

高校生、時田秀美(ときた・ひでみ)くん。

家族は彼をいつも応援してくれるのだが、学校はどうも居心地が悪い。

勉強はできないけど、もっと大切なことがあるはずなんだ——その「大切なもの」を探しつつ、彼は今日も学校に通う。


「勉強よりも大切なことがあるんだ」——このテーマ自体は、正直言えば、ありきたりかもしれない。


でも、『ぼくは勉強ができない』は、ちっともありきたりじゃない。

言い換えると、「ありきたりなリアル」を完璧なまでに描いている。


勉強よりも大切なことを探す、というのは、高校生にとっては「ありきたり」で「あるある」なことかもしれない。


でも、その「あるある」を「あるある」なままで描くのは、簡単ではないはずだ。本書はそれをやってのけている。そこがステキなのだ。


◆考察——”勉強”は何を指しているのか?


『僕は勉強ができない』の”勉強”は、いったい何を指しているのか?


もちろん、「学校の勉強」=「お勉強」を指していると思われる。


ただ、それだけではない、と私は考えている。


作中で、秀美くんが年上の恋人とセックスをする場面が何度も描かれている。

彼は勉強よりも恋愛、ひいてはモテることを重要視しているのだ。


本書では、「肉体と精神の対比」が裏テーマにあると考えている。

その証拠に、作中では肉体・精神という考え方を表す単語が何度も登場するのだ。


肉体精神の均衡を保とうとしているのさ。時田のように、駆けっこの好きな人間には、理解出来ないかもしれないが」
(p.35)


の痛点も偉大だが、のそれは、もっと頑固だ。存在感がある。
(p.47)


気取った人は、いつも、の中の思考回路云々に話を持って行こうとするけれど、がなければ、何も出来やしないのだ。
(p.140)


このようにみると、肉体(体)と精神(心)の対比が意識されていることがわかるだろう。


そして、友人に「駆けっこの好きな人間」と言われているように、秀美くんは「肉体」に重きを置く人物として描かれるのだ。


では、その対比にしたがって物語を見ていくと、他にも色々なワードが出てくることがわかる。


空腹虚無という二つの言葉は、同じような意味合いを持ちながら、象と蟻くらいの隔たりがある。
後者は常に前者に踏みつぶされる可能性を持っているのだ。
(p.46)


ここでは、「空腹——肉体」「虚無——精神」という対比だ。


さらに、本書では「体と服」という対比も何度か登場する。


「子供の頃と違う感じなの。(中略)それが解っているから発散出来ない」
お洋服が小さくなっちゃったかな?」
「母さん、ぼく真面目に話してるんだぜ。子供に話すみたいに言わないでよ」
たとえ話よ
(p.156)


この「たとえ話よ」は秀美くんのお母さんの発言だが、これが後々の伏線になっている。


「焦燥というのよ」
ぼくは顔を上げた。
「秀美くんの気分、そう呼ぶのよ。でも、それって、ちっとも、だいそれた気分じゃないよの。大きなを着せられた子供がむずかるようなものなのよ」
「どうすればいいの?」
「言った通りよ。大きくなればいいんじゃないの」
「そういう抽象的な言い方って、ちっとも役に立たねえや」
「ほんとね。じゃ、後で、私の部屋でセックスでもしましょう」
「こんな時に」
具体的でしょ?」
(p.176)


ここでは、次のような対比になっている。


肉体——体——具体的

精神——服——抽象的


空虚、虚無と合わせると、こんな感じになる。


肉体——空腹——体——具体的

精神——虚無——服——抽象的


この2つのグループのうち、秀美くんは上のグループ=「肉体」を重視するのだ。


では、「勉強」は肉体と精神、どちらに当てはまるのだろうか?


結論、「精神」のグループだ。


勉強は抽象的であり、空腹を満たさない。

では、勉強は何と対になっているのか?


おそらく「恋愛」だろう。

年上の恋人とセックスにふける秀美くん。「具体的でしょ?」と恋人の桃子さんに言われて、その通りだと認める秀美くん。


つまり、このような対比になるのだ。



恋愛——肉体——空腹——体——具体的

勉強——精神——虚無——服——抽象的


◆勉強はできないけど、馬鹿ではない


作中で、秀美くんは「勉強が出来ない」存在として描かれる。


「時田秀美です。最初に言っとくけど、ぼくは勉強が出来ない」
(p.14)


小説が始まってすぐに放たれるこの発言は、まるで、読者への宣言のようにも受け取れる。


しかし、彼は「ぼくは馬鹿だ」とは言っていない。


秀美くんは、「学校の勉強はできないけど、馬鹿ではない存在」として描かれている。


「秀美くんは、学校の勉強は出来ないけど、違う勉強が出来ているのよ。決して、お馬鹿さんじゃない
(p.177)


このようなセリフが描かれていることからも、そのことが伺える。


現に、彼はどこか「勉強は出来ないけど馬鹿ではないぞ!」と自分でも思っているように描かれるのだ。


もっというと、秀美くんは、「勉強しか出来ない」人を見下している。


では、秀美くんの考える「勉強」が何を指すのか、もっと深掘りしよう。


◆”勉強”が意味するもの


結論、「人や社会に合わせること」だと考察している。


小学生の秀美くんが描かれるシーンでは、彼は担任の先生を評価している。


やだなあ。あの人、ちっとも、おもしろくないんだもん。当たり前のことしか言わないんだよ
(p.220)


さらに、自分の納得できないことには「はい」と言えない、という秀美くんの価値観が描かれている。


要は、「(納得できない)周りのルールに合わせること」、さらには、それが必要だと「学ぶ」こと——これが”勉強”の表す意味なのだと考えるのだ。


さらに。


秀美くんは、自分と違って「周りのルールに合わせている」先生=大人を、心の中で軽蔑している。

そして、そんな自分を「優しくない」と自己嫌悪している。


うん。時々、ぼくもそれは少し良くないかなって思う。ぼく、人を馬鹿にしたりする時、根性悪そうな目付きになってるの自分でも解るもん。
(p.221)


そんな時、彼は、優しくない自分を思う。そして、そんな自分を反省しながらかんがみるのだった。
(p.241)


そんな秀美くんに対して、おじいちゃんはこう答える。


「そりゃ感心感心。けどね、秀美、馬鹿にしていることを相手に知らせようとはしないで、同情してあげたらどうだね。(中略)」
(p.221)


このアドバイスを受け、秀美くんは周囲に「同情」をしようとするが、なかなか上手くいかない。


実は、この「馬鹿にする」「同情する」も肉体と精神の対比に当てはめられる。


馬鹿にする——肉体——具体的

同情する———精神——抽象的


秀美くんが「人を馬鹿にしたりする時、根性悪そうな目付きになってる」と自分で言っているように、

本書で「馬鹿にする」ことは身体に根付いた、具体的で肉体的なこととして描かれている。


一方で、秀美くんは「同情する」方法がわからず、「どうしたらいいのかなあ」と途方に暮れてしまう。「同情」は抽象的で精神的なことなのだ。


秀美くんは、勉強ができない。

勉強は、恋愛と反対に、「抽象的」なものだった。


そんな抽象的な「勉強ができない」のと同じように、

秀美くんは、抽象的な「同情ができない」のだった。


そしてこの「同情」ということが、まさに

「周り(の気持ち)に合わせてあげること」を意味するのだ。



◆『ぼくは勉強ができない』に隠された意味


整理しよう。

勉強が出来ない秀美くん。

恋愛は得意な秀美くん。

人を馬鹿にしてしまう秀美くん。

人に同情できない秀美くん。


これらは、全て「肉体と精神の対比」に結びついている。


肉体——馬鹿にする——恋愛——空腹——体——具体的

精神——同情する———勉強——虚無——服——抽象的


つまり、『ぼくは勉強ができない』という本書のタイトルは、

『ぼくは同情ができない』とも言い換えられるかもしれない。


さらに言えば、「優しくない自分」に秀美くんが悩んでいることを考えると、

『ぼくは同情ができない』はさらに、『ぼくは優しくなれない』とも言い換えられると考えるのだ。


つまり、『ぼくは勉強ができない』の”勉強”は、

”相手の気持ちに歩み寄ること”、そして”優しくなること”のメタファー(たとえ)なのだ——そう私は思っている。


◆おわりに——勉強はできなくても


本書を読み終えたとき、高校生の頃の自分を思い出した。

「なんで勉強なんかしなきゃいけないの?」といつも考えていた。

「こんなの何の役に立つんですか?」と先生に口ごたえしたこともあった。


でも、もしかすると。


勉強は、優しくなるためにするのかもしれない。

学校は、優しくなることを学ぶ場所だったのかもしれない——


本書を読み終えて、そんなことを学んだ私だった。


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