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小説「僕が電車で泣いた訳」2197文字

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「電車に乗って」

僕は、悲しかった。

とても悲しかった。


僕の目から、涙が頬をつたわり、ポロポロとこぼれ落ちていた。

僕はなぜ、そんなに悲しかったのだろう。

それは、遠い遠い過去の記憶・・・。




僕は、電車の座席に、ちょこんと座って窓の方を見ていた。

景色は、車窓を流れて、そしてしだいに僕の生まれ育った家を遠く離れて行く。

「この先、君は、見知らぬ家の子に成るのだよ」

とでも言っているように。

電車は、寂しい山の中をどんどんと走りぬけていった。



僕が、泣いているのを見つけて。

母親は、少しばかり外聞が悪いと思ったのだろう。

僕に、向かって

「嫌だね、この子は。いったい何を泣いているんだろうね。泣く事なんか、何もありゃしないじゃないか」

と言った・・・。




「ソースだけのご飯」



そこは2軒の映画館と1軒の銭湯がある、何処にでもあるような地方の田舎町だった。


駅に近い方の、映画館の横道を抜けて、裏路地を少し行くと、その先にある借家が僕の家だった。

その小さな、長屋のような家に僕たち親子3人は住んでいたのだった。


そのころは、近所に住む少し年上の子が。

僕と同じ歳くらいの、男の子や女の子を数人集めて遊んでくれていた。

昔の家庭は兄弟も多く、上の子が下の子の面倒をみるのも当たり前だったからだろう。


ある時その子が、近くのお菓子を作っている家に、皆を連れて行ってくれた事があった。

そこでは、焼いたクッキーのような物を丸めて、中に白い棒状の甘い芯を入れたお菓子を作っていた。


年上の彼は、その白い棒状の甘い芯の切れ端を集めた物をもらうと、

「ほら、食べて見な」

と言って僕たちに分けてくれた。


彼から、それを受け取った僕たちは、目をキラキラとさせて

「これ、とっても美味しいね」

と言って、皆で、うなずきあって食べていた。


果たして、今でもこんな風に、年下の子の面倒を見てくれる年上の子はいるのだろうか・・・。


その頃、僕が家で食べていたものと言えば。

ご飯にソースをかけて、ただそれだけを、おかずにして食べていた。

だから、例えお菓子の切れ端だったとしても。

子供の僕にとっては、目を丸くするほどの美味しい食べ物だったのだ・・・。



「テレビ」


僕が幼い頃は、まだテレビが珍しい物だった。

だから、町内でテレビを買った家があると聞くと。

近所の人たちが、夕方に成るとその家に上がり込んでテレビの前に座って陣取っていた。


そして、家の人たちと、いっしよになって近所の大人や子供も。

みんなで、ワクワクしながらテレビを観ていた・・・。



僕は、両親が、何をやっていたのかは全く覚えていない。

しかし、僕に対して、あまり興味がなかったのは確かだ。


その証拠に、僕の頭は、後頭部が平らな絶壁頭だ。

これは、僕が生まれた頃に、ずっとそのまま寝かされていたから。

きっと、このような頭の形になったのではないかと思っている。


そうでなければ。

いくら貧しいからと言って、可愛い我が子を、養子に出そうと思うことなどないはずだ・・・。




「小さな駅」

電車が止まると、母親と僕は、小さな駅に降りた。


道の脇には、田んぼや畑が広がっていた。

僕たちは、そんな田舎道を、無言のままトボトボと歩き出した・・・。



行き先は、母親の実家だった。

実家までは、駅から数キロの距離だった。


その間、僕は、電車の中で何が悲しくて泣いていたのかを考えていた。


僕は、何も説明される事がなくても、このまま何処かに預けられるのだと分かっていた。


これから、住み慣れた家を離れて。

もう2度と戻る事はないのだと思えば、いくら小さな子供であっても悲しくなるのも当然だろう。


だが、僕が、本当に悲しく思ったのはそのことではなかった。


父や母に、再び会えなくなるという事が悲しいのではなく。

なにが、そんなに悲しかったのかと言うと。

僕と、仲良しであった犬に、もう2度と再び会う事ができないのかと思うと。

それが寂しくて、悲しくくて、どうしようもなくなって。

涙が、僕の頬を伝いこぼれ落ちたてきたのだった・・・。



しばらく歩くと、道の脇に いしぶみのようなものが立っていた。


そこに差しかかった時の事だ。


母は、僕に向かって

「いいかい、あっちに着いたらね。もう3日間も、ご飯を食べていないって言うんだよ」

と言った。


僕は、それを聴いて

「それは嘘だよ。 だって僕は、今朝もちゃんとご飯を食べたし。 

嘘を付くなんて、僕、嫌だな・・・」

と心の中で思ったのだった。


しかし、子供だった僕は、それを口に出して言う事はできなかった。

なぜなら、これからの事を思うと、そんな気力もでなかったからだ・・・。




実家について、母と僕が、何を聴かれ、言ったのかは全く覚えていない。

もしかしたら、母が僕に言い聞かせたとおりに。

僕は、嘘を言ったのかも知れない・・・。



それから、僕は、母親の実家で暮らす事になったのだ。


しかし、自分の子供に嘘をつけと言って。

そのまま、我が子を、捨てるような事をしたロクデナシの親であったとしても。

実家で生みの親の事を、悪く言われるのを聴くのは本当に辛かった・・・。



そして、その後、父と母に合ったのは。

畑のあぜ道で、隠れるようにして合った1回だけであった・・・。



幼かった僕が、もう2度と会えないことに、電車の中で泣いたあの犬は。


その後、幸せに暮らしただろうか・・・。



今でも僕が、野良や、迷子の犬猫を見ると。


なぜか胸が、きゅっと締め付けられて痛むように感じるのは。

きっと、その犬や猫に、自分を重ねているからかも知れない・・・。






「僕が電車で泣いた訳」
終り

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2022.7.21  7.26加筆 7.28加筆 7.29加筆

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