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勝てるブランドを構築する ‐その2‐

(2)トヨタの事例
トヨタはアップルとはまったく異なるブランドイメージを提供してきました。長らくトヨタ・ブランドを代表するイメージは、「手ごろな価格でありながら高品質で、壊れにくい」というものでした。

こうしたブランドイメージの良さを損なうことなく、トヨタは新たなブランド価値の拡張に挑戦してきました。2008年に世界新車販売台数でナンバー1となるトヨタですが、1990年代まで海外市場では上級車種を持たない「品質の高いチープな自動車メーカー」というイメージでした。

海外市場で戦っていくためにブランドの再構築が求められる中で、1990年代に発表された2つの新たなジャンルへのチャレンジがブランドの躍進に大きく貢献をしました。トヨタ史上初のラグジュアリーブランドであるレクサスと世界初の量産ハイブリッド車として成功を収めたプリウスです。

1984年に開発が始まったレクサスは徹底的な市場調査に基づいて、
ラグジュアリーブランドを構成する要素を、

(1)機能価値(快適性と静寂性)

(2)精神価値(余裕とおもてなし)

(3)感覚価値(スマート・エレガンス)

と設定します。

その上で、これまでのトヨタ車と一線を画すために必要なものとして500項目を超える厳しい達成基準を設けるところは、徹底的な品質改善にこだわる「トヨタ生産方式」らしい進め方でした。

ターゲットとするベビーブーマー世代が機能性を重視しているという調査結果から、キャンペーンのコンセプトを「完璧さの執拗な追及」と設定しました。ボンネット上にピラミッド型に並べられたワイングラスが、エンジン回転数が時速150キロメートルに達しても微動だにしない、「レクサスLS400」のCMは大きな話題となりました。

さらにレクサスがこだわったのが、「おもてなし」と表現をした徹底的な顧客満足主義です。ディーラーにおける接客だけでなく、アフターサービスにも完璧さを求めて、リコールの際にも徹底的な対応でむしろ顧客のロイヤリティを高める結果となりました。

さらに、当時まだ黎明期であったインターネットプロモーションや顧客のコミュニティ化を進めるなど、先進的なマーケティング手法で評判の連鎖をつくり、リピート率が70%を超えるという驚異の数字をたたき出しました。

こうして品質に対する自社の強みを最大限に生かしつつ、米国で新たなラグジュアリーブランドの地位を開拓したレクサスは2006年から世界統一ブランドとしての展開を始めます。

一方でプリウスは、自動車メーカーも環境問題を意識した製品開発を行わなければならないという流れに先行して1993年に開発が始まりました。社会課題の解決としてのイノベーションの先行的事例です。

ホンダのインサイトや日産のノートなど競合他社が次々とエコカーで追い上げをかける中で、2010年には年間30万台を達成したプリウスは、環境という従来であれば自動車産業にとってネガティブな影響を与えかねない価値観をポジティブなものへと変換することに成功した事例として注目に値します。

販売開始当初のプリウスは、唯一のハイブリッド車というユニークなポジションを前面に押し出して、「21世紀に間に合いました」というキャッチフレーズや手塚治虫のキャラクターを起用したCMで未来の車というイメージを顧客に伝えていきます。

プリウスの実際の開発工程で従来車の倍の燃費効率といった驚異的な基準を達成した高い技術力ではなく、顧客の体験価値を訴求する戦略がとられたのです。

ただ、環境という概念自体は世の中のあるべき規範とはなり得ても、それだけでは顧客の満足度を高める価値とはなりません。そこで重要な価値の転換として、エコに関心を持つ人たちの「先進性」や「知性」といった価値観に訴える戦略をとります。
 
日本国内では2003年から、それまでCMにほとんど起用されたことのない有識者(建築家、登山家、学者、音楽家、アスリート等)を登場させ、海外でもアカデミー賞の表彰式に高級リムジンに代わってプリウスで登場する演出を行い、キャメロン・ディアスやジュリア・ロバーツなどのハリウッドスターの愛車として積極的に紹介する等、エコセレブと呼ばれる人たちの意識の高い車としてのブランド価値を構築していきました。

このように、トヨタはレクサスとプリウスの2つの製品によって企業ブランドの拡張を行い、より多くの顧客からの支持を高めた例であると言うことができるでしょう。

■日本の製造業で勝てるブランドを構築するには

ここまでアップルとトヨタの例を大きく取り上げてきましたが、この他にも日本の製造業が世界を席巻していた1970年代から80年代に、新しい時代を切り開くイノベーションを起こしてブランド価値を確立した例として、1979年発売のソニーのウォークマンや1983年発売の任天堂のファミリーコンピュータ(ファミコン)等を挙げることができます。

これらの例から、日本の製造業は何を学ぶべきなのでしょうか。

もっとも大事なことは、アップルとトヨタの例にも見られたように、企業カルチャーと一体化したブランドメッセージの発信です。ウォークマンを生み出したソニーは、「人がやらないことをやる」という創業以来の精神で、好きな音楽を持ち運ぶという新しいライフスタイルを提案しました。

ファミコンを生み出した娯楽メーカーを自認する任天堂は、人々を楽しませる娯楽メーカーとして敢えて社是や社訓を持たないというスタイルで、お茶の間で家族全員がゲームを楽しむという新しいカルチャーの創出に成功しました。

この意味で、両者はシュンペーターの5分類では、「マーケティングイノベーション」によって新しい消費者を開拓した事例と言えるでしょう。いずれの企業も、企業が長年培ってきた企業カルチャーと一体化して統一したメッセージ発信を行い、さらには顧客と同じイメージや価値観を共有してともに深掘りをしていくことで、高いロイヤリティの獲得に成功していることが学び取れます。

合わせて重要なのは、いずれのケースも製品に使用された要素技術がそれほど新しいものではなかったという点です。スマートフォン以前にも、すでに電話、インターネット、カメラ等が一体化している携帯電話は当たり前のものとして普及しており、プリウスの発売以前にトヨタだけでなく自動車各社はハイブリッド型のコンセプトカーをすでに発表していました。

ソニーがウォークマンのために取得した特許がわずか1つであったことも有名で、再生も録音も一台でできるラジカセ全盛の時代に、敢えて再生のみという引き算の発想で設計をされました。ファミコンも、ゲームセンター用のアーケードゲーム機や自社開発の携帯ゲーム機「ゲーム&ウォッチ」等で、ゲーム機に必要なLSIやCPUなどは汎用化された技術として、どこの企業でも利用可能なものでした。

最後に忘れてはならないのは、どのブランドも1社のみで完結して製造や販売を行っているわけではないことです。ファブレスとして工場を持たないアップルや任天堂だけでなく、トヨタやソニーもまた広大なサプライチェーンが生産を支えています。

この意味で、サプライチェーンは単なる経済効率性や環境負荷の軽減といった数値化しやすい面だけでなく、顧客に提供するブランド価値という観点からもマネジメントされるべきであるということができます。日本の製造業もデフレ経済のマインドを離れて、自社ブランドの価値を磨くことで製品全体の付加価値を高めていく視点を忘れてはなりません。

現在の日本の製造業でも、2003年創業のバルミューダや1995年創業のBRUNOといったデザイン家電メーカーが台頭してきており、新たなブランド価値の提供にチャレンジしています。

いずれも自社工場を持たないファブレス企業ですが、コモディティ化したキッチン家電や空気清浄機といった分野で、価格や機能ではなく顧客体験やストーリーを重視した製品開発で高い支持を集めています。両社とも台湾や中国などの工場にも生産委託を行っている関係で急激な円安状況やコロナ禍の巣ごもり消費の縮小の影響で業績としては苦しい時期を迎えていますが、安易な価格競争に巻き込まれることなくプラスアルファの価値を提供していく姿勢を貫いています。

ブランドの構築は一朝一夕でなるものではありませんが、日本のものづくりの復活には、こうした企業によるブランド構築も欠かせないものであると言えるでしょう。(山縣敬子・山縣信一)

前半の「勝てるブランドを構築する ‐その1‐」はこちらから。

【特集:勝てる製造業】
勝てる製造業のDX
勝てる製品開発プロセスを構築する①
勝てるイノベーションを創出する①
勝てるブランドを構築する ‐その1‐

<<Smart Manufacturing Summit by Global Industrie>>

開催期間:2024年3月13日(水)〜15日(金)
開催場所:Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)
主催:GL events Venues
URL:https://sms-gi.com/

出展に関する詳細&ご案内はこちらからご覧ください。

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諸外国の「ものづくり」の状況とトレンド①
日本の製造業の歴史を紐解いてみる
日本の製造業の競争力を低下させた構造的要因

「Next Industry 4.0」に向けて動き出した世界の潮流
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