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製造業の変革期に求められる日本のトランスフォーメーション

これまで、日本の製造業が変革期に立たされているという課題意識の下、高度経済成長をけん引して世界のトップにまで上り詰め、そこから衰退してきた日本の製造業の歴史を、国際環境・国内環境の両面から考察してきました。そして日本の製造業の国際競争力を低下させた要因として、以下の4点が明らかになりました。

(1)円高と生産拠点の海外移転
(2)資本生産性の低下
(3)労働人口の減少と労働生産性の低下
(4)イノベーション力の低下

この間に世界で起こっていた「製品のモジュール化」、「国際水平分業におけるオープンプラットフォーム化」、「製造現場のデジタル化」等のトレンドに対して、日本の対応や取り組みが遅れてしまったことも、国際競争力の低下に拍車をかけました。

現在、欧米の各国も「インダストリー4.0」とそれ以降の世界を見据えて、製造業の抜本的な改革に取り組んでいます。その中で、日本の製造業が再び国際競争力を回復して世界をリードしていくためには、各企業が個別に課題を解決していくだけでなく、企業や産業の垣根を越えた構造的な変革(トランスフォーメーション)に取り組むことが求められることは言うまでもありません。ここでは、日本の製造業全体で必要となるトランスフォーメーションの方向性について考察していきたいと思います。

「ものづくり白書」の検証から見える課題
2001年から経済産業省、厚生労働省、文部科学省が毎年発行している「ものづくり白書」は、「失われた30年」と言われる日本経済の停滞の中で、ものづくりの基盤技術の振興に向けたその時々の政府の施策を取りまとめてきました。これまでの「ものづくり白書」の提言内容を振り返り、取り組みが進んだ対策とそうでなかった対策、取り組みが進んで効果が出ている対策とそうでない対策を検証してみましょう。

令和になって初めて発表された2019年版の「ものづくり白書」では、巻頭で過去20年間を振り返る特集が組まれました。

特集では、
ー第Ⅰ期を2001-2002年(ITバブル崩壊まで)、
ー第Ⅱ期を2003-2009年(小泉改革からリーマンショックまで)、
ー第Ⅲ期を2010-2019 年(リーマンショックからアベノミクスまで)

として区分し、各時期に「ものづくり白書」がどのような提言を行ってきたのかを振り返っています。

ここでは、2020年から2023年までの期間をさらに第Ⅳ期(コロナ以降)として、各期の経済状況、製造業を取り巻く環境、その時に提言された取り組むべき課題を整理してみました。(図―1)

図―1:ものづくり白書の提言内容

出所)経済産業省 2019年版ものづくり白書 2023年版ものづくり白書を元に筆者作成

それぞれの時期の時代認識に合わせて表現は異なってきているものの、過去20年間の課題を振り返ってみると、
一貫して、①ITやデジタルへの投資、②サプライチェーン内での分業体制の見直しが取り組むべき課題として取り上げられてきました。②については、為替水準、自然災害、地政学リスクの評価等、時期によって対応が変わってくるところなので統一的な評価は困難です。

一方で、①のITやデジタルへの投資については、実際にどれくらい投資が行われているかを数値で表すことができ、投資が成果につながっているかを示す調査も多数行われているので、これらの数字を振り返ってみることにしましょう。

図-2は2010年以降の製造業における業種別の投資額の推移です。製造業全体では2014年と2021年を除くと毎年順調に伸びを示しており、2022年は対2010年比で81.6%の増加となっています。この間に2倍以上の高い伸びを示している業種は、自動車・同付属品製造業が243.0%増、生産用機械器具製造業が185.1%増、化学工業が145.7%増となっています。

これに対して、伸び率がもっとも低かったのは、電気機械器具製造業で7.8%増、次いで情報通信機械器具製造業で13.7%増という結果でした。業種ごとの業績の良し悪しが、IT投資への積極性に反映されていることがよくわかります。

また、2021年版「ものづくり白書」では、製造業の各企業にデジタル技術活用の現状について聞いていますが、「活用している」と回答した企業がなんとか半数を超えて54.0%であったものの、約4分の1に当たる企業が「活用していない」(つまり、活用の検討もしていない)と回答しており、製造現場のIT化やデジタル化が必ずしもすべての企業で進んでいない現状が伺えます。(図ー3)

図―2:IT投資の推移(業種別)

出所)経済産業省 2023年版「ものづくり白書」p.76より筆者作成

図―3:ものづくり工程・活動におけるデジタル技術の活用状況

出所)経済産業省 2021年版「ものづくり白書」p.6より筆者作成

次にITやデジタルへの投資は、日本の国際競争力にどのくらい反映されているのでしょうか。こちらは日本全体の評価になりますが、スイスの国際経営開発研究所(IMD)が毎年発表している「世界デジタル競争力ランキング」で見てみたいと思います。

2022年の日本のランキングは全63カ国中29位で、2012年の20位から大きく順位を落としてしまっています。

ランキングの上位には、デンマーク(1位)やスウェーデン(3位)のような北欧諸国やスイス(5位)やオランダ(6位)のような中欧諸国も入っていますが、米国(2位)、韓国(8位)、英国(16位)、中国(17位)、ドイツ(19位)、フランス(22位)と製造業大国は軒並み日本より上位にランキングされています。

ランキングを構成する基準・指標は多数ある中で、日本の落ち込みが特に激しい指標が
ー「人材」、
ー「規制枠組み」、
ー「ビジネスの俊敏性」

となっており、「ビジネスの俊敏性」の中でも「機会と脅威」、「企業の俊敏性」、「ビッグデータの分析と活用」が最下位となっている点が、2021年版の「情報通信白書」でも指摘されています。

一方で人材の確保や教育は、どうなっているのでしょうか。図-4を見ると、日本全体の労働人口が減少する中で、製造業の就業者数は2010年以降、約1,000万人で横ばいの数字を保っています。その中でも34歳以下の若年就業者数の割合も25%前後で推移をしており、業界として取り組んできた人材の確保には一定の成果が表れています。

一方で就業者の能力開発や人材育成については、一貫して7割超の事業所で問題があると回答しており、特に2021年度の調査で84.8%と過去最高を更新しており、能力開発や人材育成の点においては課題が残されていると考えられます。 

図―4:能力開発や人材育成に関する問題がある事業所の割合の推移

出所)経済産業省 2023年度 ものづくり白書p.53より筆者作成

最後にIT投資や人材の確保等を総合して、日本の製造業の労働生産性がどのようになっているのかを見てみましょう。日本生産本部が出している「労働生産性の国際比較2022」によると、日本の製造業の労働生産性(就業者一人あたりの付加価値)は約9万3,000ドルで、OECD加盟35カ国中18位まで落ちてしまっています。

2000年から2020年までの間の年率平均上昇率を比較すると、1.4%の日本は1.3%のドイツをわずかに上回ったものの、1.7%のフランス、3.0%の米国と英国に比べると大きく差を広げられてしまいました。(図ー5)

図―5:製造業の労働生産性上昇率

出所)日本生産性本部 労働生産性の国際比較 p.14より筆者作成

以上のように、過去10年間の日本の製造業の各種データを振り返ってみると、IT投資額や労働人口の確保等、取り組みが部分的に成功している分野も見られますが、これらが実際の労働生産性や国際競争力の向上につながっていない状況を見て取ることができます。

「技術で勝って事業で負けた」日本の製造業

技術で勝って事業で負けた。

これは日本の製造業に実際に携わった人や専門家から、しばしば聞かれる発言です。

実際に日本の製造業が、初期の開発段階を大きくリードしながら、後にビジネスシェアを落とした例はよく知られています。2019年版の「ものづくり白書」で示されている液晶パネル、半導体メモリ、リチウムイオン電池、太陽光パネル等は、製品エコシステムの中の部材に関しては強みを残しているものの、完成品ビジネスでは世界シェアを落としている代表的な例と言えるでしょう。(図-6)

図―6:日系企業の世界シェア
(液晶パネル、半導体メモリ、リチウムイオン電池、太陽光パネル)

出所)経済産業省 2019年版「ものづくり白書」p.10より

日本の製造業におけるビジネスの課題を示すもう1つのデータをご紹介しましょう。

情報通信白書は全産業を対象とした調査ですが、2023年度版によると、日本企業は諸外国に比べて
ー「業務プロセスの改善・改革」、
ー「業務の省力化」、
ー「新しい働き方の実現」

におけるデジタル化の推進には積極的ですが、「新規ビジネス創出」や「顧客体験の創造・向上」の分野では消極的であることがわかります。

自社工場を持たないアップルの成功に代表されるように、現代の製造業においては、原料調達、製造、品質管理といった生産現場だけでなく、マーケティング、製品設計、販売戦略、保守サポートまで一体化したビジネス戦略が求められるようになっています。先ほどの数字を見ると、ビジネスまで一体化した戦略的な取り組みについて、日本はまだまだ改善の余地があると言えそうです。(図ー7)

図―7:デジタル化の効果(各国比較)

出所)総務省 2023年版「情報通信白書」p.10より

ここまで振り返ってきたように、日本の製造業が再び世界をリードする位置を取り戻すためには、これまでのような現場単位や企業単位の取り組みでは十分ではなさそうです。

では、一体何が求められているのでしょうか。

そこで唱えられているのが、製品やサービスに関わるプレイヤー間の連携、すなわち「エコシステム」全体を見据えた大規模な転換(トランスフォーメーション)です。

次のパートでは、日本の製造業になぜトランスフォーメーションを起こす必要があるのか、トランスフォーメーションを起こすためには何が必要なのか、4つの視点から論じてみたいと思います。
(山縣敬子・山縣信一)

<<Smart Manufacturing Summit by Global Industrie>>

開催期間:2024年3月13日(水)〜15日(金)
開催場所:Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)
主催:GL events Venues
URL:https://sms-gi.com/

出展に関する詳細&ご案内はこちらからご覧ください。

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諸外国の「ものづくり」の状況とトレンド①
諸外国の「ものづくり」の状況とトレンド②
諸外国の「ものづくり」の状況とトレンド③

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