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地政学リスクと自然災害リスクの高まり

■地政学リスクと自然災害リスクがもたらす製造業への影響

製造業は、その高度に連携されたサプライチェーンと生産プロセスにより、地政学リスクや自然災害の影響を受けやすい産業のひとつです。

地政学リスクとは、ある特定の地域において発生する地理的な位置関係による政治的や軍事的、社会的な緊張の高まりとその影響を指します。これにより物資や人の移動が妨げられます。特定国家間の紛争による輸出入禁止措置で特定の原材料や部品の輸出入が制限された場合、製造業者は緊急に代替のサプライヤーを見つける必要があります。

これは原材料や部品の供給遅延などによる生産コストの上昇につながり、最終的には製品の価格上昇や供給の不安定化を招くことがあります。さらに経済制裁や貿易障壁の設置により、市場へのアクセスが制限された場合は、市場自体の縮小を招きます。

一方で、地震や洪水などの自然災害は、生産設備や物流インフラの直接的な破壊を及ぼします。生産拠点が被災すれば生産停止が発生し、道路、鉄道、港湾などの輸送インフラが被災すれば原材料や完成した製品の出荷ができなくなります。また従業員の安全や健康に対する懸念も発生するため、人的資源の管理にも注意を払う必要があります。

これらの影響は場合によっては長期的になる可能性もあります。さらに一つの地域で発生した被害がサプライチェーン全体に波及効果をもたらし、他地域や他業界にも影響を与える可能性があります。被災地域の購買力の低下や物流の中断もまた市場を縮小させる要因となります。

サプライチェーンの寸断と市場の縮小は、企業業績の悪化を招きます。供給が不確実であれば競合他社に市場を奪われるリスクとなり、市場全体の縮小によって、収益の低下につながります。グローバルな競争下では、地政学リスクと自然災害リスクは国や地域全体の産業競争力の低下をもたらします。

■2020年代の日本における地政学リスク

2020年以降、日本の製造業に影響を与えた主要な地政学的リスクの一つは、米中間の貿易緊張とそれに伴うグローバルサプライチェーンの混乱です。多くの日本の製造業者は中国を中心とした新興国で部品を調達し、またこうした市場にも製品を供給しているため、サプライチェーンの再構築を余儀なくされました。

例えば、新型コロナウイルスの世界的な流行による経済活動の停滞が挙げられます。パンデミックにより全世界の生産活動と国際間の物流が停止したことで、特に自動車産業などの日本の主要産業において部品不足を引き起こしました。これにより、多くの日本の製造業者は生産ラインの停止や出荷遅延による業績悪化の影響を受けました。

また2022年に発生したウクライナとロシアの衝突は、全世界でエネルギー価格の高騰とサプライチェーンの混乱を招き、日本の製造業にも大きな影響を及ぼしました。日本がロシアから輸入していた液化天然ガス(LNG)の供給が不確実となったことでエネルギー価格が上昇しました。これにより引き起こされた操業コストの上昇は、利益の圧迫や製品価格の上昇を招きました。

ウクライナとロシアは重要な産業用素材の供給国です。例えばウクライナは半導体生産に欠かせないネオンガスの主要供給国の一つになります。またロシアは自動車の排気ガス処理に欠かせない触媒や電子機器部品の素材として需要が高いパラジウムの生産で全世界の4割のシェアを占めます。

こうした素材の供給が不安定になることで、国内の自動車産業や電子機器産業に影響を与えただけでなく、世界全体に及ぶ半導体不足や電子機器不足を招きました。これにより様々な部品の海外からの調達が滞ることで、あらゆる製造業に影響が及びました。

今後、5年から10年の間に日本に大きな影響を与える可能性がある地政学リスクとしては以下のようなものがあります。

(1)米中対立の激化
技術覇権を巡る米中間の緊張が高まることで、日本の製造業は、市場アクセスの制限や技術輸出入の規制強化、さらにはサプライチェーンの混乱などの影響を受ける可能性があります。

(2)北朝鮮の不安定化
長引く国連による経済制裁や新型コロナウィルスのパンデミックにより、北朝鮮の経済状況も治安も悪化していると報じられています。こうした状況から国民の目をそらし、また国際社会に向けて軍事力をアピールするために、北朝鮮は核実験や弾道ミサイル発射実験を繰り返しています。2022年の弾道ミサイル発射実験は59回と過去にない頻度に達しています。

北朝鮮の政治的不安定化や軍事的挑発は、日本を含む東アジアの安全保障環境に大きな影響を及ぼします。日本の製造業においても、サプライチェーンの混乱は避けられません。また日本・米国・韓国の安全保障協力の枠組みに対抗して北朝鮮がロシアと接近する動きも見られ、さらに緊張が高まっています。

(3)台湾有事
台湾を自国の領土であると主張する中国と、あくまでも別の国家であると主張する台湾の間で緊張が激化しています。2021年以降、中国は空軍機が台湾の防空識別圏に頻繁に侵入したり、台湾周辺海域で軍事演習を実施するなど、軍事圧力を強めています。

台湾は世界に半導体を供給しており、スマートフォン、自動車、家庭用電化製品など多岐に渡る製品のサプライチェーンが影響を受けます。また、台湾と日本は地理的に近い位置にあるため、軍事侵攻に発展した場合安全保障上も影響は免れません。

■2020年代の日本における自然災害リスク

2020年代の日本における主要な自然災害リスクとしては、地震と豪雨災害が挙げられます。

(1)地震によるリスク
日本は、世界のマグニチュード6.0以上の地震の2割が発生しているとされる地震多発国です。北米プレート、ユーラシアプレート、太平洋プレート、フィリピン海プレートが複雑に重なり合っており、周期的に巨大地震が発生しています。

日本における地震では、揺れだけでなく、震源が海底の場合は津波の被害が深刻となるのが特徴です。2011年に発生した東日本大震災(マグニチュード9.0)の被災地域である東北と北関東には、自動車や電機などのメーカーに基幹部品や素材を提供する工場が数多く立地していました。

最大震度7の大きな揺れと巨大な津波によってこれらの工場が破壊されました。また長期にわたる停電により、残った工場も安定した操業ができない期間が長く続きました。結果、この地域から調達をおこなっていた他地域の企業も生産停止や縮小を余儀なくされ、影響は広範囲におよびました。

前回の発生から時間が経過し発生確率が高まっている巨大地震は、南海トラフ地震、首都直下地震、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震の3つで、いずれも30年以内に60〜70%の確率で発生するとされています。(図―1)

この他にも、日本の地下には多数の活断層があります。2016年の熊本地震や2018年の大阪北部地震など、内陸部の活断層を震源とする地震でも大きな被害が発生しており、いつどこでも地震の被害は発生する可能性があります。

図―1:日本周辺で想定される大規模地震

出典)内閣府防災情報のページ「地震災害」より

(2)豪雨災害によるリスク
地球温暖化の影響により、日本の雨の降り方が変化しています。大雨や強風による被害をもたらす台風以外にも、豪雨災害が発生することが増えています。気象庁の観測によれば、日降水量200ミリ以上の年間日数は増減を繰り返しながらも長期的には頻度を増しています。(図―2)日降水量200ミリとは東京で平年の9月の1ヶ月の降水量が1日で降ることに相当します。

図―2:日降水量200ミリ以上の年間日数の変化

出所)気象庁 激甚化する豪雨災害から命と暮らしを守るためにより筆者作成

2023年6月から7月にかけては、梅雨前線の活発化により、九州、四国、北陸、東海、東北の各地で浸水や土砂災害が発生しました。各地の製造業では工場の一時的な生産停止や物流の停止などの被害が発生しています。

■地政学・自然災害リスクに対する対応

地政学リスクへの対応として、多くの製造業企業ではサプライチェーンの多角化、強靭化に取り組んでいます。2020年11月の内閣官房成長戦略会議事務局によれば、具体的な取り組みとして、「海外の仕入れ調達先の分散、多様化」「製品・部品の標準化・規格化」「他企業等との共助体制の強化」といったことが挙げられています。(図―3)

図―3:製造業におけるサプライチェーン見直しの内容

出所)令和2年11月 内閣官房成長戦略会議事務局p.19より筆者作成

政府は、2022年12月に公表した国家安全保障戦略の中で、サプライチェーン強靱化について、特定国への過度な依存を低下させ、次世代半導体の開発・製造拠点整備、レアアース等の重要な物資の安定的な供給の確保等を進めるほか、重要な物資や技術を担う民間企業への資本強化の取り組みや政策金融の機能強化等を進めるとしています。

自然災害リスクへの対応としては、事業継続計画(BCP)の策定が重要です。帝国データバンクの「事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査(2023年)」によると、BCPを策定している企業の割合は18.4%であり、現在策定中、策定を検討している企業を合わせると、48.6%がBCP策定の意向があるという結果になりました。具体的な検討内容としては、「従業員の安否確認手段の準備」「情報システムのバックアップ」「緊急時の指揮命令系統の構築」などが上位に挙げられています。(板垣朝子)

<<Smart Manufacturing Summit by Global Industrie>>

開催期間:2024年3月13日(水)〜15日(金)
開催場所:Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)
主催:GL events Venues
URL:https://sms-gi.com/

出展に関する詳細&ご案内はこちらからご覧ください。

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