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勝てるイノベーションを創出する①

■製品開発DXからイノベーションは生まれるのか?

前回の「勝てる製品開発プロセスを構築する①」と「勝てる製品開発プロセスを構築する②」では、製品開発DXのトレンドを振り返りながら、企業のビジネスモデルの構築が製品開発のあり方に大きな影響を与えることを様々な事例を通じて確認してきました。

今回はまず冒頭に製品開発DXにも弱点や限界があることを、米ロッキードマーチンが開発した戦闘機「F-35」とスウェーデンのサーブが開発した「グリペン」の比較を例に見ていきたいと思います。

両機は開発時期、垂直離着陸やステルス性能等の面での機能の相違等で一概には比較できないものの、サーブが開発した「グリペン」は「F35」に比べて、開発コストで約1/100、一機当たりの生産コストも1/3の価格で同世代の戦闘機と十分に渡り合える性能を実現したと言われています。

特に開発コストで大きく差がついた要因は、その開発手法にありました。「F35」がジュライの開発方式である「ウォーターフォール型」を採用して、製品全体の要件定義からスタートして、各種機能の配置、具体的な各機能の検討へと試作機をつくりながら進めていったのに対して、「グリペン」はデジタル空間上に「デジタルツイン」という3Dモデルを構築して行うシミュレーションや、各部品・コンポーネントごとにモジュール分解をして設計と評価を同時並行で行っていく「アジャイル型」開発を採用しました。

初期開発コストを抑えるために、ステルス性や艦載機能等の面での改良は後回しにされましたが、同世代の戦闘機としては他とそん色のない機能性を実現しました。また航空管制の電子機器等について後のソフトウェアのアップデートを前提とした設計を行なったため、後の拡張性が高い点も高く評価をされています。

このように「グリペン」は、低コストで国防ニーズを満たす方針を徹底した例としては、ある種のイノベーションと呼ぶこともできますが、そもそも世界最先端の戦闘機を目指して開発された「F35」とは、開発の目的がまったく異なるものでした。悪く言えば、すでに汎用化されている技術をうまく活用したキャッチアップ型の製品に過ぎず、新たな技術の活用や製品設計により、新しい製品機能や価値を実現したイノベーションからは程遠いものでした。

ここまでのパートでもご紹介したように、製品開発DXを支える基本的な柱は、デジタルデータを活用したシミュレーションと製品機能を切り分けて設計するモジュール化の2点でした。これらが成立するためには、開発する製品の実現する機能やそこで利用される各要素技術がすでに確立されており、過去のデータが十分に蓄積されている必要があります。

このため、製品開発DXの推進が必ずしもイノベーティブな製品開発につながらないのは当然の結果と言えます。一方で画期的な発明や発見が行われても、多くの技術が製品として実用化され、大量生産による工業化により私達のもとに届けられるようになるには、いくつものハードルを越える必要があります。

では、実際にビジネスとしても成功する「勝てるイノベーション」を起こしていくにはどのような要素が必要となるのか、次のパートで考察をしてみたいと思います。

■イノベーションの5分類

イノベーションとは何かを考える上で、J・A・シュンペーターが「経済発展の理論」で定義したイノベーション(シュンペーターは「新結合」と表現)に関する5つの分類は、現代でも多くの考察で引用される普遍的な考え方です。5つの分類は、以下のように定義されます。

(1)新しい製品やサービスの創出(製品イノベーション)

(2)新しい生産方法の導入(製造プロセスイノベーション)

(3)新しい販売先や消費者の開拓(マーケティングイノベーション)

(4)新しい調達先の獲得(サプライチェーンイノベーション)

(5)新しい組織の実現(組織イノベーション)

1点目の製品イノベーションは、私達にとってもっとも馴染みのあるものでしょう。

世界の歴史を変えるような製品イノベーションとしては、蒸気機関、電信電話、内燃機関、航空力学、コンピュータの発明等が典型です。これらの技術革新により新たな製品が誕生して、さらにその製品を活用した新たなサービスが生まれることで産業界全体の発展に大きく貢献したことは、よく知られていると思います。

製造業においても、現在の私達の生活を支える多数の製品イノベーションが、日本の企業や研究者によって主導されてきました。

例えば、日々の生活に欠かせないアイテムとなっているスマートフォンをとっても、そこで使われている液晶パネル、リチウムイオン電池、記憶媒体のフラッシュメモリ、内部で使用されている半導体の製造に不可欠なフォトレジストや半導体露光装置は日本企業によるイノベーションです。

その他にも、交通機関の乗り降りやお店での決済に利用している非接触ICカード技術やチケットの発券や会員の情報の管理で活躍しているQRコード等も日本発祥のイノベーションです。

もっと時代を遡れば、電子計算機、ブラウン管テレビ、家庭用VTR、CD、DVD、家庭用インバーターエアコン、世界初の自動車電話サービス、第3世代携帯のデジタル情報暗号化技術(W-CDMA)、ポリエステル繊維やレーザープリンター等、日本初のイノベーションは枚挙にいとまがありません。

2点目の製造プロセスイノベーションは、普段の生活ではなかなか実感しにくいものかもしれません。

工場の機械化、ロボット化、コンピュータによる自動制御等は典型例ですが、この他にも品質管理技術や工場からの大気汚染の原因となる物質の排出を抑える脱硫装置や集塵装置も、製造プロセスイノベーションと言えるでしょう。私達の生活には、大量生産の実現、製品価格の低下、品質の向上、工場周辺の環境改善等の形で影響を与えます。

日本の製造業でも、日本の鉄鋼業を世界トップクラスの地位に押し上げた製銑、製鋼、鋳造・圧延の各プロセスを一貫して行う「臨海型銑鋼一貫製鉄所」、石炭火力発電の効率性を限界まで高めた「超々臨界圧発電」(USC)、そして工場の「自働化」や「ジャストインタイム」と呼ばれる徹底した無駄の排除によるリードタイム短縮と生産効率化を実現したいわゆる「トヨタ生産方式」等、この分野でも様々なイノベーションが行われてきました。

3点目のマーケティングイノベーションは、新たな販売方法やアイディアでこれまで顕在化していなかったニーズを発掘するもので、もっとも私達の生活に密着していると言えるかもしれません。

日本発のイノベーションとしては、多くの素材や手間暇をかけず誰でも手軽に食品を再現できるようにした即席麺やレトルト食品、誰でも本格的な演奏をバックに歌を熱唱できるようにしたカラオケ、24時間地域住民の様々なニーズに応えるコンビニエンスストア等は、世界に輸出されてある種の文化にまで発展しています。

この他にも、日本発のファミコン、ウォークマン、回転ずしのシステム等も新たな消費者開拓に貢献したイノベーションであると言えます。

4点目のサプライチェーンイノベーションと5点目の組織イノベーションは、もっとも効果が目につきにくいものかもしれません。新しい原材料の発見や新たな製造方法開発は、製品のサプライチェーンに大きな影響を与えます。

例えば、米国で開発された地下2,000メートルより深くに位置するシェール層からオイルやガスを採掘する方法は、世界のエネルギー調達のあり方を革命的に変えました。

日本発のイノベーションでも、液化天然ガス(LNG)の発電・ガス事業への供給システムの構築や現在も進むレアメタルやレアアースの採掘等は、サプライチェーンイノベーションにつながるものです。

組織イノベーションについては、製造プロセスイノベーションでも登場した工場の機械化、ロボット化、コンピュータによる自動制御、あるいはAIの活用等の設備投資に伴い組織イノベーションが行われることもありますが、企業のM&A、事業統合、新しいマネジメント手法の導入等により組織再編が行われて新たな価値が提供されることもあります。

イノベーションの分類は整理のための指標としては有用ですが、産業や社会への実際の影響を見ると1つの革新的な技術開発が行われたとしても、製品としての利用できるようになるための実用化、大量生産が可能になるための工業化、社会に普及するための仕組みづくり等が相互に波及をしながら複合的に社会を変えていくことが理解できます。

例えば、自動車の歴史を例にとっても、最初にフランス人の二コラ・ジョセフ・キュニョーが蒸気で走る自動車を発明したのが1769年でしたが、現在主流のガソリン車がドイツ人のゴットリープ・ダイムラーやカール・ベンツによって実用化(製品イノベーション)されるまで100年以上もかかりましたが、ここまでは一部の貴族の趣味やレースで活用されるのみで社会に大きな変革をもたらすようなものではありませんでした。

自動車が一般的に社会に普及するには、大量生産を可能にしたフォード生産システム(製造プロセスイノベーション)や、それに伴う販売店網の構築やタクシーやバスといった自動車を活用した新たなサービスの誕生、さらには道路や給油設備等の社会インフラの整備のように、数々のサプライチェーンの改革、新たなマーケティング手法、組織改革が必要であったことがわかります。

こうしたプロセスを経て一般の庶民がマイカーを所有する時代が到来するようになったのは、20世紀も後半になってからでした。
(山縣敬子・山縣信一)

後半の「勝てるイノベーションを創出する②」はこちらから。

<<Smart Manufacturing Summit by Global Industrie>>

開催期間:2024年3月13日(水)〜15日(金)
開催場所:Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)
主催:GL events Venues
URL:https://sms-gi.com/

出展に関する詳細&ご案内はこちらからご覧ください。

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