バトロワゲーム”APEX”のグロータワーはなぜあの形なのか?—アグリビジネスで考える
※この記事はマップ解説ではありません。ご了承ください。
2019年2月にリリースされてから、圧倒的な人気を誇っているバトルロワイヤルゲーム”APEX Legends”——そんなAPEXに去年の11月、シーズン7のアップデートで「オリンパス」というマップが実装されました⑴。そのオリンパスでゲームをプレイした誰もが、思ったことがあるのではないでしょうか…?(思ったことがなかったらこの記事は終わってしまうので、いまここで思ってください)
EA——APEX公式サイト記事”WELCOME TO OLYMPUS”より借用
「なんだこの異様なデザインの建物は!?!?」
みなさんも思いませんでしたか…?(威圧)
この建物は「グロータワー」といって、オリンパスのちょうど真東に位置しているエリアです。
武器や物資がたくさん落ちているため、初動での戦闘地になることも多く、私はここに降りると大抵すぐ負けます。グロータワーてめえは絶対に許さない…
茶番はこの辺にして、なんとこのグロータワー、建物の中で植物を栽培しているみたいなんです。プレイヤーの皆さんはなんとなく経験的に知っていたかもしれませんが、プレイヤーでない方も、「なんか緑っぽい地面がある…さては農業をここでやっているんだな!?」と上の画像を見て思われたことでしょう、思いましたね?(威圧×2)
こんな場所で農業を行うというのはちょっと非合理的に見えます。が、実は、グロータワーはバトロワゲームの戦闘エリアとして適しているだけではなく、近い将来、実際の農業に活かされる可能性がある建物ではないかと、一部のプレイヤーの間で虚空から囁かれているようです(囁かれているのは私だけなのですが…)。
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グロータワーのような縦に長い建物での農業は、通称”Vertical Farming”=ヴァーティカルファーミング、日本語で「垂直農法」と言われています。
ヴァーティカルファーミングは1915年、土壌開発学者のギルバート・エリスが、高地や傾斜地での農業の可能性を示すのに使ったのが始まりでした⑵。その後80年近く、この言葉は使われていませんでした。
Internet Archive ”Vertical farming”(1915)——Bailey, Gilbert Ellisより.
ですが、1999年、コロンビア大学の環境学者ディクソン・デスポーミエ博士が、持続可能な社会における農業の一つとして「ポピュラーサイエンス誌」にヴァーティカルファーミングの名前をあげたことで、再び社会的な注目を集めるようになりました。
従来の、というか、私たちが知っている/目にする農業は、ほとんどが水平方向に延びる地面で行われているものです。
日本人にはなかなか想像がつきにくいものですが、現在地球の地表の40%以上が農業用に転用されており、これはまた、耕作可能な土地の80%に既に達しているものと考えられています⑶。また、国連の推計によれば、2050年までには地球上に90億人以上の人が住むようになり、現在の全世界の食糧生産を約70%増やす必要があると言われています⑷⑸。
このような状況で食料生産を増やすのに、水平方向にのびる地面に農地を開発するわけにはいきません。なぜなら、既に地球上の農業転用が可能な土地の8割は既に使われているので、水平農業は過剰な土地開発につながり、やがて栄養価の低い農産物しか生産できなくなってしまうからです。
そこで注目が集まったのが、APEXのグロータワーのような垂直農法=Vertical Farmingだったというわけです。
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ヴァーティカルファーミングは、空いている土地が少ない都市でも農産物を作れることから、フードマイレージを減らす=農産物を運ぶときに生じる二酸化炭素を減らせるという利点があります⑹。また、基本的にはヴァーティカルファーミングは屋内で行われるため、殺虫剤・除草剤・殺菌剤の使用を減らせるので、人体にも環境にも優しいと言われています⑺。
(※APEXのグロータワーは屋外に開けていますが、多分なんかよく分からないスゴイ技術で、あの世界の害虫は死滅しているんだと思います)
ただし、ヴァーティカルファーミングはまだ発展途上であり、多くの弱点を抱えているものでもあります。
Vertical Farming(垂直農法)の主な弱点
①自然光が当たりにくい
②受粉を手作業でやる必要がある
③人件費が高くなりすぎる
④技術への依存度が高すぎる⑻
①自然光が当たりにくい
マザーネイチャーネットワークのライターであるデビッド・ランク氏は、ヴァーティカルファーミングの致命的な弱点として「自然光の採光が不十分であること」をあげています⑼。曰く、タテにのびる建物で栽培を行うのであれば、上階の地面(=床)が下階のカゲになってしまうため、日が当たらない部分がたくさん出てきてしまうということです。このため、既にヴァーティカルファーミングを導入している一部の企業では、人工的な成長ライトが導入されています。
ちなみにAPEXのグロータワーでも内側(円の中心部分)に近いところでは、ピンク色のLEDライトで植物を栽培しているのが確認できます。
このあたり、APEXのクリエイターたちは、明らかにヴァーティカルファーミングの弱点を理解して作っているのではないかと思います。また、グロータワーがずっと回転し続けているのも、栽培植物に満遍なく光を当てるためだと考えることもできます。
人工的なmagentaのライトで植物を育てる様子、なんか検索したらTwitterで見つけました。ありがとうHickey lab.
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②受粉を手作業でやる必要がある
ほとんどの種子植物農産物では、実や種をつくるために花粉を媒介に有性生殖させてあげる必要がありますが、風や昆虫が基本的に存在しないヴァーティカルファーミングでは、受粉をすべて手作業でやる必要があります。
APEXの世界で昆虫がどうなっているのか分かりませんが、少なくともオリンパスはかなり空高くにある場所なので、昆虫はいないと思います。マーヴィン(パスファインダーのもとになったロボット)が隙を見て受粉作業してくれてるんじゃないでしょうか(適当)。
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③人件費が高くなりすぎる
これは②の「受粉を手作業でやる」こととも関係がありますが、基本的にヴァーティカルファーミングは人件費が非常に高くつきます。作業の難しさに加えて、前述の通りヴァーティカルファーミングは多くの場合、技術が整っている都市部で行われます。なので、物価も人件費も高く、普通の都市住民とって、ヴァーティカルファーミングで育てられた農産物は価格が高すぎ、手を出せません。
いまのところ、一部の環境意識の高いリベラルな人しか手が出せない代物なので、垂直農法で育てた農産物が市場に溢れると、貧困層は困ってしまうのでは、なんて懸念もあったりします。
APEXの世界でいえば、マーヴィンくんを低賃金で酷使しまくることで、安い農産物をつくることができるかもしれませんね(そんなことをしたらレイスとパスファインダーにボコボコにされてしまうので、私は今日からオクタンを使って全力で逃げることにします)。
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④技術への依存度が高すぎる
垂直農法は、照明、温度維持、湿度維持のための様々な技術に大きく依存しています。なので、もし災害やテロがあって機能が停止した場合、従来の農業とは違って致命的なエラーが生じ、農産物が全て一瞬でダメになってしまう可能性があります。有名なSFアニメ「サイコパス」でテロリストの槙島聖悟が最後にバイオテロを起こそうとしたのは、あの世界の農業が技術に大きく依存しているからでもありました。最先端技術に頼った農業には、いまだ大きな欠点が残されているといってよいでしょう。
APEXの世界では……と言おうと思いましたが、あの世界はポータルでワープしたり、インスタント麺みたいにブラックホールを作れるヤバイ技術持ちがいっぱいいるので、あの世界に限っては、ヴァーティカルファーミングをやるのに心配はなさそうですね。
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いかがだったでしょうか。
普段なにげなくプレイしているゲームに存在する建造物にも、それなりの理由があってデザインされていることが分かったんじゃないかと思います。
ヴァーティカルファーミングはまだまだ発展途上の領域ですが、今後人間が地球で生きていくためにも、いろいろと考えなければならない技術でもあると思います。
そんな風に思わせてくれた(思ったのは私だけかもしれませんが)APEXに、Respawn Entertainmentに、エレクトロニック・アーツに感謝を述べたいと思います……。
△△△
〈- ▲ -〉
(◎)(◎) < 主神に感謝!
(ニニニニニ)
参考文献
⑴週刊アスキー「Apex Legends新マップ「オリンパス」に新レジェンド「ホライゾン」、R-99復活など盛りだくさんのシーズン7を先行体験」2020年11月3日.
⑵Internet Archive ”Vertical farming”
https://archive.org/details/cu31924000349328/page/n11/mode/2up
⑶"Despommier, Dickson 1940–." In Contemporary Authors, edited by Michael J. Tyrkus, pp122-124. Vol. 314. Detroit, MI: Gale, 2012. Gale eBooks (accessed January 15, 2021).
⑷National Post, July 21, 2007, Lawrence Solomon, “Vertical Farming: A Daring New Vision of City Farms Towering into the Sky Brings the Realization That Urbanites Need Have No Ecological Footprint at All,” p. 15.
⑸American Scientist, May 1, 1989, Donald Heyneman, review of Parasite Life Cycles, p. 290; September 1, 1991, Jeffrey Gumprecht, review of Parasitic Diseases, p. 465.
⑹California Bookwatch, January, 2011, review of The Vertical Farm.
⑺Reason, April, 2011, Greg Beato, “A Techno-agrarian Manifesto: Is Vertical Farming the Future of American Agriculture?,” review of The Vertical Farm, p. 64.
⑻small business ”What You Should Know About Vertical Farming”より.
⑼Mother Nature Network, http://www.mnn.com/ (October 28, 2010), David Runk, review of The Vertical Farm.
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