CHIMERA ~嵌合体~ 第一章/第四話 『乱』
聴取データ 7
「そうだ・・・あの、大野さんと、イヴについてお話します」
「・・・ええ、お願いできる?」
「はい・・・大丈夫です。今回の事件の、だいたい2か月ほど前なのですが、大野さんがわたしの所へ相談・・・と、いますか、お願いされたんです」
「なんのお願い?」
「イヴについてです。一緒に見てほしいと・・・・・・」
「・・・まぁ、べつに普通のことよね」
「先ずは、なんだか不安そうな表情をしているなぁと感じました。1度だけ、アルビー、オリバー、イヴの3”人”で顔あわせをしたことがあるんです。各自どのような反応を示すかという実験だったんですが、そのとき、あの子たちはお互いに初めての動物を見るように見つめ合い、警戒しながらも興味があるようすでした。そして、子供達の姿を見ている大野さんの目はまるで、親のように慈愛に満ちているようにわたしには見えたのですが・・・・・・」
「・・・あれ?カブラとは会わせなかったの?」
「あ、はい。カブラは霊長類のようなコミュニケーションとは少し違っていましたから、まだ、ヘタな刺激はお互いにさせない方がいいのではと、全員の意見と判断が一致しました」
「そうなのね・・・あの子も、エヴァも残念な最後だったわね」
「エヴァさん・・・でも、そうでしょうか・・・この兵士さんが感じているように、きっと幸せだったと思います」
「まぁ・・・そうかもね・・・・・・」
「でも、なぜ、”あのような”最後になってしまったのでしょうか」
「・・・あの子・・・エヴァはね、ここに来るまえに自分の子供を亡くしているのよ」
「え?!・・・そうだったんですか・・・・・・」
「母国ドイツでの冷戦にまき込まれてね」
「なんてこと・・・だからここに・・・・・」
「ええ。きっとここでの生活は、自分の思い出したくもない過去を塗りかえるような・・・そんな環境と状況だったんじゃないかな。だから・・・残念っていうのは死に方とかでなくて、ずっと本当のわが子の『アドルフ』と幸せに暮らしてほしかったのよ・・・・・・」
「そう・・・ですね」
「おそらく・・・アドルフは体外人口受精児(試験管ベイビー)だけど、エヴァの母性が”授乳”を可能にしたんだわ。過去に出産を経験した女性ほど、エストロゲンやプロゲステロン、セロトニンの影響でまた母乳がでることはままにあるから」
「・・・じゃあ、エヴァさんにとっては『カブラも大切な”わが子”』だったんですね・・・・・・」
「・・・そうね。きっと、平等に”愛してあげたかった”んでしょうね・・・・・・」
○○○○年〇月 〇日
将 官 牟田口 准将
実験体B-1 objectと研究所炎上 経緯報告書
記
目的 Bオブジェクトとの経緯説明と報告
結果 対象objの焼失、死亡
現状 Michelle二等兵 停職処分中
詳細・経緯
⑴事案の確定資料データは一部映像、音声データの経緯のみ。途中でカメラが破損したため、その後は音声のみ
⑵対象オブジェクトC-1実験体、自管理室にて火災により焼死。遺伝子データは現在骨髄液からの接種を試行中
⑶Michelle二等兵との聴取データ
以下、文字起こし音声データから
ミシェル隊員 聴取音声データ 1
「なぜカメラを壊したんだ?」
「はい!objブルーノを檻へ捕獲、鍵もかけ安心し、ヘルメットを脱ぎました。仲間がobjに拷問され、殺されたのを目の当たりにし、感情的になりました。少し痛めつけてやろうという気になり、銃を取りカメラとobjを撃ちました!」
「殺す気はなかったと言いたいのか?」
「はい!そうであります!」
「・・・ガソリンを撒いたのはのはだれだ?」
「・・・申し訳ありません、自分にはわかりません!」
「おまえではないと言うのか?!」
「はい!そうであります!」
「obj対応時、一旦退室したな」
「はい!」
「どこに行ってたんだ?」
「捕獲隊、および討伐隊を呼びに一時退室いたしました!しかし、周囲にはだれもいなかったので戻ってみると、室内が炎上していました!」
「その後おまえの音声が入っている。”捨て台詞”がな。これはどう説明する」
「炎上しobjが苦しんでいる状況を自業自得だと考え、軽率な捨て台詞を吐き、消火活動もせずに退室いたしました!申し訳ございません!処分はなんなりとお受けいたします!」
「そうだ。貴様はその個人的な感情によりobj捕獲可能だった状況にも関わらず、火災の消火活動もせずに放置によりその他もろもろ多大な被害を及ぼした!」
「はい!」
「貴様の処分は追って報告する!それまで自室から一歩もでるな!」
「はい!了解しました!」
「いけ」
※機敏に退室する
聴取データ 8
「あなたはどうしてアルマスにさらわれていたの?」
「私にもわからないんです・・・あとで聞いてわたしもびっくりしました」
「どういうこと?」
「救助隊に治療を受けているときに、わたしは意識がもどりました。そしてそのときに知らされたんです。アルマスに抱えられているところを救助されたことに・・・・・・」
「最後の記憶、気を失う直前はなにがあったの?」
「ああ、はい・・・そう、研究所が全面停電した直後でした。1階の特別研究室にいたのですが、モスマンの子供・・・分身の個体に襲われたんです」
「なぜあなただけ無事だったのかしら?」
「はい・・・なぜか・・・・・・」
「・・・で?」
「で・・・逃げようとしたのですが、顔に飛びつかれて、苦しくなって、その先は・・・」
「報告では3階にいた職員の何人かは、そのように窒息した被害者がいたみたいね。全滅だったらいしいけど、なぜあなたは助かったのかしら」
「・・・多分、アルビー・・・かな?」
「??」
「各階の特別研究室は、1階の実験体隔離室のように檻の設定ではなく『部屋』なんです。その部屋のとびらは錠ではなく電子ロック式だから、停電でロックがはずれて出てきたんだと思います」
「なるほどね」
「・・・ああ・・・アルビー・・・・・・」
「あなたを、助けてくれたのね・・・・・・」
「あの・・・早く、私もあの子を探しに行かせてください!」
「・・・だめよ。まだ許可がおりないわ。でもその点は安心して。あなたとは”べつの動機”だけど、上は必死にアルビーを探している最中よ。全部隊を投じてね」
「・・・でも、見つかったらどんな処分かは分からないですよね」
「ええ、まぁ、現時点ではなんとも言えないわね。でも聞いて、私がいまこうして話をしているのも、あなたが今後どうしていき、そしてどんな話をするかも、全部あなたとアルビーの今後のためなのよ。それはわかってちょうだい」
「・・・・・・はい。わかっています」
「じゃ、続きね。推測でいいから、このモスマンの子・・・単為生殖体の窒息させていく行動の意味は、わかる?経験から考えてみて。この個体には繁殖能力はないのよね?」
「どうなんでしょう・・・母体がモスマン・・・ミミズやカタツムリ、一部の爬虫類や魚類のように”単為生殖”という可能性もありますが・・・ボノボの”ホカホカ”の可能性もあると思います」
「ホカホカ?」
「ボノボというのは別名ピグミーチンパンジーという霊長類で、アフリカの中央部コンゴに生息している通常のチンパンジーより少し小柄な種類です。この種はまるで”挨拶”をするかのようにマウンティング(擬似的な交尾行動)するんですよね。それがたとえ”同性”だとしても。その行為、とくにメス同士のマウンティングのことを研究していた日本人研究者が”ホカホカ”と名付けました。この言葉の意味はよくわかりません」
「意味はどうでもいいわ。つまり、疑似的な繁殖行為と、ただの挨拶で殺されていったってこと?」
「あ・・・本当に『推測』ですよ。ほかの実験体でも”よくある行動”ですので、もしかしたら・・・・・・」
「よくある・・・そ、そうなのね・・・・・・」
「チンパンジーはヒトと遺伝子の違いが1.2%しか相違がありません。ウサギは染色体の数がヒトとおなじなので、初期実験段階ではこの2種の遺伝子、もしくは卵子、精子を多用していたことにも関係がありそうだなと思いまして・・・・・・」
「んー・・・まぁ、可能性ね」
「はい」
「一応、あなたの精密検査の結果は問題なかったわ。いまのところ、身体に異常はないのよね?ほかの遺体に関しては現在、病理解剖の最中ね。それでハッキリすると思うわ」
「・・・・・・」
ガチャ・・・・・・
※誰かが質疑室へ入ってくる
「・・・あら、ギャラップ博士。どうしてここに?」
「ああ、気にしないでくれ。ただのアテンド兼オブザーバーさ」
「配属先がこっちにもどったの?」
「さあ、まだハッキリしたことは決まっていないらしい。一応、”元”関係者としてというのと、近藤さん、あなたと似たような立ち位置さ」
「・・・なるほどね」
※以下略
聴取データ 9
「ブルーノ・・・C-1実験体の行動について、なにか見解があれば教えてくれない?」
「え・・・と、だれがやったか、ですかね」
「そこはもういいわ。私たちの管轄じゃなくなったみたいだし。なぜブルーノは人間をわざわざ”拷問”をして、なぜ被害者が”ヒトの黒人種”ばかりなのかってとこね。聞いたこともないわ。人間以外の動物が拷問なんて・・・・・・」
「ああ・・・あの、この報告書を見て思ったのですが、もしかして・・・”たまたま”ブルーノを監視していた警備隊のみなさんが黒人の方々だったから・・・かもしれません」
「そうなの??」
「思い返せば・・・担当していた研究員も比較的、黒人さんがおおかった気がします」
「んー、まぁ、可能性として無い、こともないってわね」
「1回目の脱走時、徘徊しているように見えたのもターゲットを探していた・・・そして研究所内部を把握しようとしていたのかも・・・・・・」
「そのときに怪我を負わされていたのも黒人種だったかもしれないわね。医療データを確認してみるわ」
「まさか・・・ブルーノやトラビスたちをイジメていたりなんてこと、ないですよね・・・・・・」
「そう・・・かもしれないわね。まぁでもそこは私たちにはわからない領域よ。それより、そこまでブルーノたちには”認識できた”ということでいい?」
「そう、ですね。まず、ヒトなどの大型類人猿のほとんどが『3色型色覚』で変わりはありません。小型でも2色で白、黒の色別は問題ないはずです。意思表示も5才から10才の子供とみていいと思います」
「じゃあ・・・完全な『復讐』と『私怨』・・・か」
「???」
聴取データ 10
「そうそう、大野教授との経緯を教えて欲しいのよ。その、2か月前からの相談ってのはなんなの?」
「あ、はい、そうですね」
「ごめんなさいね、わたしが話のこしを折っちゃったわね。今回の件を示唆するような話?」
「んー・・・あ、いえ、大事の原因だとか、関連性はあまりないかとは思います。ある意味、個人的な、というかなんというか・・・・・・」
「個人的?」
「・・・えっと・・・『イヴ』についての個人的な相談、みたいな感じです。さっきも言いましたがずっと”仲良し”だった印象でしたが、その時の大野さん、なんだか”脅えたようす”だったんです」
「なにに脅えていたの?イヴに?」
「はい。ハッキリとした原因などは教えていただけなかったのですが、ずっと秘密裏に、個人的に研究していたのに急に・・・とにかく定期的に一緒にイヴの監視、調査をお願いされました」
「・・・べつに、それも普通のことよね」
「んー・・・なんて言えばいいか・・・作業内容のほとんどが、わざわざ私が手伝わなくてもいいような内容だったりして。その時間の大半が自分のデータ解析や報告書作成をしていたぐらいです。まるで・・・そう、イヴをさけている、といいますか私が”間に立たされている”ような」
「・・・変な話ね」
「そう。変なんです。大野さんだけでなくイヴも・・・たとえば、わたしはイヴに検体接種や注射1本ですら打ったことないのに、そのときは・・・隔離室の向こうからですが、ずっと私を睨んでいるように見えました」
「さっき言ってた、それまでは1回だけしかあなたとイヴも顔を合わせたりはしていないのよね?」
「はい。そうなんですよ」
「本当に、ただの女の勘、としか言いようがないのですが・・・嫉妬のような眼差しでした」
「嫉妬・・・・・・」
「イヴはアルビーとかとは違い成長速度が早かったです。成熟にいたるのも早かったのではないかと」
「発情期の盛り、ってこと?」
「んー・・・まるで『恋いがたき』をみるような感じ・・・です」
「え?!まさか、大野教授に『恋』をしていたってこと?」
「・・・”私は”・・・そう感じました」
「ふぅ・・・もう、本格的に”動物”と見なさないほうがよさそうね・・・・・・」
「・・・だから、イヴの最後・・・なんとなく分かるんです」
「まぁ、そう考えるとイヴが泣いていたり、死にぎわの辻褄があってくるわね」
「あの、本当に大野さんは『モスマンに殺された』のですか?」
「・・・報告ではそうなっているのよ」
「そう・・・ですか」
※近藤教授は気まずそうな表情をしている
〇月 〇日
○○○○年
所 長 Ilya Ivanov 殿
報告者 Gordon G. Gallup
調査報告書
記
目的 事件の真相、解明。および研究の引継ぎが可能かどうかの判断
期間 3ヵ月
結果 途中経過報告
詳細・経緯
⑴浅倉 祥子主任の真偽確認。その後の経緯の監視と現場調査。唯一の生存者の為、Missing Research部分の穴埋めに協力してもらうように尽力する。
⑵近藤 紀子分析科 課長および分析科職員の犯行の有無。助力がないかの確認。
⑶他、不確定要素がないか
以下、浅倉主任と近藤教授の聴取が終了、その後の経緯を報告します。
聴取後でのやりとり
近藤教授との会話録音データに詳細を付け加える
「・・・どうだった?」
「どうって?」
「彼女は白と思うか?」
単刀直入に聞いた。
「・・・話をきいたかぎりでは、そうね。白だわ。これから残された資料と映像データからプロファイリングしていくわ」
「直感的にはどうだ?」
「なんとも。マインドリーディングとしては、何かを隠している、そんな風にも見えたわね」
「ほう」
「でも、感情的な部分、フィーリングにウソはなかったわね。ただ・・・まるで”用意していたセリフ”のように、饒舌な部分とそうじゃない感情的な部分ががちらほら・・・・・・」
「日本人の反応は俺達には微細すぎるからな。そこらへんはよろしく頼みますよ『分析長』どの」
皮肉を込めて挑発してみた。
「わかってるわよ。”上手く”やらないと私たちの命運もかかっているんだから・・・そう、あなたもね」
「ああ。よぉくわかっていますよ・・・」
近藤教授は書類やカメラを片づけている。片づけ終わる前にSDカードを渡す。
「ああ、そうだ、これを持ってきた。一緒にみるかい?」
「これは?なに?」
「大野教授の室内カメラデータの復元、一部だができたぞ」
「・・・・・・ええ、見せて」
大野教授 特別研究室内部映像データ
◉REC
「イ、イヴ、やめるんだ、いい子だから、な?」
隔離部屋からX実験体が出ていて、大野教授が捕まっている。
「痛い!やめろ!やめてくれ、”もう無理"なんだ!愛してるよ、だけど、だけどもう・・・・・・」
力ずくで教授を机の上に押し倒し服をどんどん引き裂いていく。
「やめてくれ!助けて!ぐあぁぁぁぁぁぁ!!!」
パキパキ・・・ボリボリ・・・・・・
押さえつけられている両腕がへし折れる。軋轢音とともに苦痛の悲鳴をあげるが、X実験体は気にせずに教授の顔をぺろぺろと甘えている犬のように涙を拭きとり舐めはじめた。
「クウゥゥ?・・・キュゥゥ・・・・・・」
まるで女の子がお人形遊びをしているかのようだ。首をかしげながら優しい鳴き声でなにかを話しかけては、教授の髪をいじったり頭を撫でている。
教授は終始、痛みに悶えて怯えている様子だ。
「た、たすけて・・・やめろ、ちがうんだぁ・・・・・・」
X実験体は片手で教授の両腕を押さえ込みながら、器用にもズボンも引き裂き下半身へと顔をむけて陰部をツンツンと小突きだした。
「だめだ・・・見ろ、腕が折れて・・・痛いんだよ。な、やめろ、こんな状態じゃあ”もうできない”んだ!」
そのあとも何度も陰部をオモチャのように撫でたり、頬ずりをして、まるで子猫がおねだりをしているようだ。
「クゥア!」
・・・ダンッ
突然、教授をまたがる様に机の上へ飛びのり自分の尻臀を見せつける。典型的な動物のマウンティング、発情サインを示している。
「クゥン・・・キュウン・・・・・・」
なんども腰をふってサインをふりまき、フェロモンを嗅がせようとアピールを繰りかえす。
「だから、だめなんだって・・・おまえはもう”バケモノ”だ!”起つ”わけがないだろう!」
開き直るように、号泣しながら怒りだす。
「な?・・・だから、やめてくれ・・・ゆるしてくれ・・・・・・」
教授は懇願するように解放求めている。
X実験体は机から降りてお互いの生殖器をこすり合わせ、なんとか性交に持ち込もうとしているようだった。
「やめてくれ・・・たすけて・・・ゆるして・・・・・・」
不思議そうに陰部を見つめながら求愛行動を繰り返していたが、段々と自分の思うような想定(交尾が可能な状態)にならない陰部にストレスをあらわにしてきている。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
教授の太ももの肉にX実験体の指先が食い込んでいく様子と、反対の手で陰部を強く握りこんでいるのだろう、教授はいままで以上に苦しんでいる。
「・・・がっ・・・あ・・・・・・」
腕が骨折で使えないため、腹筋で上半身だけ持ちあげ身体を左右へと揺さぶり僅かな抵抗をするが、もう声も出せない状態のようだった。
それでも下半身の反応がないのに怒りのピークに達したX実験体は、腕を大きく振りかぶり教授の左ふとともに拳を振り下ろした。
ゴン!
バキンッ!
衝撃音とともに軋轢音が鳴り響く。確実に大腿骨が粉砕した。
必死にもがくが、負傷した両腕と左足が骨折していることを省いても、抵抗は一切できないほど力の差が見てとれる。
「クゥゥゥ!キイィィ!」
何度もイラ立ちながらもマウンティングと陰部いじりを繰り返すが、一向に大野教授の陰部は反応をしない。彼女が再度”キレる”のに時間はかからなかった。
「キイィィィィィィィ!」
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
画面からは見えにくいが、おそらくX実験体が教授の陰部を”完全に”握りつぶした。
その後は何度も陰部へ拳を振りおろし、怒りを対象にぶつけ続けていく。
「キイィ!キッ!」
ドン!ドン!グチャ!ベキッ!ゴリュ・・・バキバキ・・・・・・
教授の悲鳴はもはや聞こえず、抵抗の動きすらなくなった。粉砕した下半身からはどんどん血が流れ出て、床は真っ赤に染まっていく。
気を失ったか。息絶えたか。
X実験体は動かなくなった教授を不思議そうに見つめていた。そしてまた人形遊びのように顔を擦り合わせたり、動物が甘えるときのように喉を鳴らし、舐めたり、撫でたりを繰り返し、動かなくなった手足を持ち上げては離し、動かず反応しない教授のそばをずっと離れなかった。
近藤教授との会話録音
「・・・これは・・・浅倉さんに見せなくて正解だったわね」
「なぜだ?」
「・・・いいから。私から説明しておくから、これは見せないで。お願い」
「まぁ、わたしはどちらでも構わないが」
「・・・トラビスとオリバー・・・えっと、C-2実験体とその子のほうはどうだったの?」
「火災で丸焦げの遺体が2体、対象の部屋から見つかった。回収し確認中だ」
「そう・・・あ、ねぇ、そういえば、この大野教授のカメラはなぜ撮影できていたの?停電で電気系統は全滅だったはずでは?」
「各階の特別研究室だけは保管用の検体やデータなどを扱っているため、”予備電源は独立”してできていたよ」
「・・・・・・え?」
「あと3階の特別研究室、つまりエヴァの部屋はカメラがそもそも設置されていなかった」
「1階は?!」
「カメラの設置はあったが、浅倉の特別研究室はほとんどが焼けていてね。一応これだけ回収できた」
紙袋に入っていた物を取り出し机のうえに並べていく。
・ハンディカメラ
・子供用オモチャ多数
・半分ほど焼けたA4サイズの資料各種
・直近2ヵ月分の日記のような物
・ブロンドヘアのかつら
「!!これは?!」
「??ただのウィッグさ。どうした?」
近藤教授は颯爽と部屋から飛び出していく。遠くの方、声が少し聞こえる場所で警備員との会話、というより、けたたましい質問と指示が聞こえる。
「浅倉さんはどこへ?!」
「あ?あ・・・えっと、もうジープに乗って、また病院へ送られたとおもいますが・・・・・・」
「この無線は繋がってる?!」
「ああ、はい・・・・・・」
「貸して!」
ガガッ・・・ピーーー・・・・・・
「・・・浅倉主任を送迎している警備隊、聞こえる?浅倉はいる?」
・・・ガガッ・・・《・・・いえ、忘れ物をしたと言って、1人で戻られましたが・・・・・・》
「1人で行かせたの?!もう!バカ!!すぐにあなたたちも戻って!浅倉を探しなさい!」
《は、はい!》
「・・・ど、どうしたんですか?」
「あなた、何人か連れて念のためこの建物内で浅倉がいないか探してきて。これは重要任務命令よ。分かった?」
「わ、分かりました!」
「見つけたら確保して、私のとこへ連れてきてちょうだい」
困ったようすで近藤教授が戻ってくる。
「・・・なんなんだ?」
「・・・確実な、決定的な証拠がないわね」
「???」
「このハンディカメラの中は見た?」
「ああ、確認はしたが、別にたいしたものは映っていなかったがな。だいたいがX-2実験体と遊んだりしている動画だった」
「見せて」
ハンディのミニモニターでチェックを始める。
「アルビーの体毛は・・・銀毛・・・なのね?」
「ああ」
「ブルーノは?」
「たしか、茶色・・・っぽい感じだったな。・・・ああ、そいつの写真データに何枚か入ってるぞ」
そういってカメラを手にとって操作し、写真を表示して見せた。
「これは・・・まさか・・・・・・」
動揺と少し混乱しているようだ。
「だから、なんだよ」
近藤教授はハンディカメラをプロジェクターにつないだ。
「これは、モスマンが危険因子とみなされ処分される前、1階の檻の方じゃなく2階の実験室で隔離されていて、そこから飛びだしてくる場面ね」
プロジェクターに繋がれたままのPCを操作して映像を見せる。
「ここ!この一瞬しか映らないけど、この後ろ姿・・・ミッシェル隊員の発言と時系列てきにブルーノがモスマンを昏睡状態から目覚めさせ、拘束を解いたとばかり思っていたの。でもこの実験体の体毛は・・・茶色には見えないわよね?」
「うーん、まぁ、多分・・・遠いし、画質が荒いなぁ・・・・・・」
「とにかくもう一度、浅倉主任に色々と聞かなくちゃいけなくなったわ・・・場合によってはポリグラフ検査も必要よ。この映像も鮮明に処理してもらいたいわ」
「・・・ちょっと、まだ俺には状況が見えてこないな」
「黒人研究員などを拷問したのはブルーノで間違いなさそう・・・だけど、モスマンの解除がブルーノじゃなくアルバート、X-2実験体だとすれば・・・・・・」
「この画像も不鮮明だし、まだなんとも言えないなぁ」
「各実験体の”錠”の解除は?ブルーノだっていうのも、ミシェル隊員の発言、憶測だけじゃない。もしちがったら?」
「主犯はX-2実験体の、その、アルバートっていう個体だっていうのかい?どこからが計画の範囲だ?キメラが卵を産むところからか?そこまでの知能があったっていうのかい?」
「・・・わからない・・・とにかく浅倉主任に”尋問”しなきゃ・・・それに、各特別研究室は独自電源だったのなら・・・イヴはどうやって隔離部屋からでれたの?」
また近藤教授は退室しようとする。
「おい、どこにいくんだ?!」
とりあえず、わたしは後を追った。
近藤教授との会話録音 2
近藤教授が向かった先、監視室へと到着した。
「・・・ちょっと、いいかしら?」
「・・・ああ、近藤さん。どうかしましたか?」
警備員が振り返り、気さくに返事をする。
「ここの監視カメラは録画もしている?」
「はい、常時1ヵ月分は自動保存されていますよー」
「今すぐ再生できる?数分前とか」
「ああー、はい大丈夫ですよ」
「見せて。B質疑室から退室した浅倉主任を追いたいの。時間は・・・そうね、大体30分前よ」
「了解しましたー、ちょっと待っててくださいねー」
警備員が座っているデスクトップモニターに映し出される風景が、警備員のマウス操作でどんどん切り替わる。
「ここの部屋ですねー?・・・ええっと、時間、戻していきますねー」
画面に歩いている人たちが、後ろ向きにどんどん高速で戻っていく。
「おっと、この辺ですね?」
「ええ、ありがとう。この浅倉主任が館内でどの順番でどう移動していくか、追ってちょうだい」
「了解でーす」
「まっすぐに・・・出口に向かうわね・・・躊躇がないわ」
「おいおい、カメラはさすがに出入口までしか映らないぞ。ここの外までは設置してないからな」
わたしは心配になり割って入った。
「・・・ええ、どこに行ったかなんて見てないわよ。この歩く速度・・・この速度で一目散にどこへ向かうか、もしくは寄り道するならどこか、を見てるのよ。この、そそくさと外へ向かっているわよね。それだけで意図は十分よ」
「へぇ、なんだか怖いねぇ」
「・・・??ちょ、ちょっとまって!止めて!」
近藤教授はまるで目が輝いているような眼差しでモニターを見ている。
「浅倉が構内から出た直後まで戻して。そこから・・・ズームとスロー再生はできる?」
「ああ、もちろんですよ。ええっと・・・・・・」
警備員は監視カメラ映像のメニューを開き、操作する。
「・・・お願い、よく見せて」
そう言って警備員を椅子からどかせて近藤教授自身が座りだす。
「ここで映像を進めれるのね?」
「はいそうですよー、左クリック長押しでどんどんコマ送りに進みます」
モニターには構内メイン出入口上部に設置された監視カメラから、浅倉を右斜め上から移している画面だった。
「・・・・・・!!」
ジーっと見つめているうちに、近藤はなにかに気が付いたようだ。
「ねぇ、このPC、ネットには繋がってる?!」
そう言って、右側にあるべつのPCを指さす。
「はい、だいじょうぶですが・・・・・・」
「ごめん!ちょっと使わせて」
そう言って、警備員にパスワードを入力させて検索し始める。検索キーワードは”手話”だった。画面に映る浅倉主任の手元をアップに手の動きと、検索した手話の画面と交互に見合わせていく。
「・・・お・・・ま・・・た・・・せ・・・・『おまたせ』・・・」
画面を見ながら小さくそう呟いた。
「??『お待たせ』?どういうことだ?」
その時、近藤教授はずっと握りしめながら持ち歩いていたブロンドヘアのウィッグを見つめていた。
CHIMERA~嵌合体~ 『百花繚乱』
END
CHIMERA~嵌合体 NEXTストーリー⇩
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