CHIMERA ~嵌合体~ 第二章/第一話 『有』
Michelle Miller
Diary (ミシェル・ミラー 日記)※翻訳済
SUMMER July 2 「detention」
いま現在、私は謹慎中だ。
大佐の計らいで、私は国際犯罪、国際法違反として極刑は免れた・・・尋問時の流れで大まかな方向性をお互いに照らし合わせて、報告書にもそのように記した。
・・・いや、私の為だけの話ではなく、米軍側の責任とされ多額の補助金、助成金などの削減理由にされるのを恐れての配慮だったと言える。
今回の事態が収束しなければ・・・いや、少しでも”悪転”すれば、その罪までかぶさせるための『保険』として、現在わたしは『保留中』にされているにすぎない・・・・・・
必ず、逃げなければ。まさかヘッドセットカメラのマイクだけが生きていたなんて・・・冷静ではなかった。しかたがない。あんなバケモノどもが作られているなんて。許せない・・・・・・
なんとか『亡命』しなくちゃ。祖国のアメリカ中央情報局か、 国防総省にこの件を明るみにし、自分の命を、家族を守らなければならない。
|Dom《ドム》・・・・・・
ただ帰れたとしても「証拠」がなければ、誰も信じてもくれない。話を聞いてすらくれないだろう。
そう・・・・・・トラビス。
あのとき私は、ブルーノの件で完全に逆上していた。ブルーノを火刑にするまでは全実験体と、生み出した研究員も全員を殺してやろうかとも思うほどに怒り狂っていた。正直、三階でモスマンや分裂体が暴れているということを聞いて、神の天罰が下ったとも考え清々したほどだ。
あの後、私はトラビス親子が収容されている部屋に行き困難しおびえている実験体をみて、最初は撃ち殺そうとしたが踏みとどまった。我々が怯えながら捜索をしていたのに、この実験体は逆に怯えていたのだ。
それはまるで、私が最初に階段前の廊下でまっすぐ突進してくるブルーノと対峙したときのように・・・・・・
なぜだろう・・・なぜか、その時は躊躇しトラビス親子を憐れんだ。
ブルーノをこの手で討伐できた達成感と安堵感で、さらに自分の恐怖が親子に重なったのだろう。わが子を守る様に抱きしめている母性が、自分と重なったかもしれない。
牢屋に錠はかかっていなかった。部屋の入口と牢の戸を開け放ち、逃げるように促した。途中で後発隊に見つかり討伐されるのなら、それもこの生物たちの運命だし、逃げ切れたならそれもそう運命が導いたのだろう。そんな気持ちだった。
火の手が回ってくる前に、二階で転がっている二体の死体をなんとか運びこんだ時には、トラビス親子は自分達の部屋にはもういなかった。恐らく、私が銃を構えながら立っていたから出てくる勇気は無かったのだろう。
余っていたガソリンをその部屋にも撒いて、少しでも時間稼ぎになればとこのときはただ安易に考えてみた。火力が強ければ、もしかしたら遺伝子情報まで破壊できないかと、素人考えで思った。
ブルーノは自分の意思で拷問をし、自分から人間を何人も殺害した。だから私も自分の意思で復讐した。だが、トラビスは違う。ただ怯えていたんだ。我々、ヒトが恐ろしかったのか、他の実験体が恐ろしかったのか。もしくはその両方か・・・・・・
少なくとも、わが子を守ろうと必死に抱き着いていたのと、その眼差しや仕草は私も同じ”母親”だから分かるものはあった。それが決め手だったかもしれない。そう。そのように今では自分に言い聞かせている。今後の運命がどうなろうとも、私はそう言い聞かせていく。
その親としての判断がとにかく良かったのかもしれない。もし無事にトラビス親子が逃げれていたなら、なんとか私が捕まえないといけない。生ける『証拠』に、今やなるのだから・・・・・・
July 3 「a plan」
今日は研究所だけでなく施設内もバタバタしているみたいだ。なにがあったのだろう・・・
とにかく逃げる準備だけはしておかないと。そして必要な情報はトラビスの安否だ。逃げきれていないのなら別の証拠を掴んでおかなくてはならない。もう一度研究所へ行くのはかなりリスクが大きい。こんなことならどれでもいいから|obj《オブジェクト》の体毛か体液だけでも奪っておけばよかった。いまさらそんな結果論の後悔をしても意味は無いが・・・・・・
ほぼこの軟禁状態の部屋からの脱出はたやすい。施設内がザワついている今のうちに武器や装備を調達しておくことにした。ついでに顔見知りの警備隊か兵士がいれば情報を聞こうと思ったが、出くわすことはなかった。残念だ。
July 4
今日はラッキーだった。本日の食事配給が訓練生時代に一緒だったボビーが持ってきてくれたので色々と情報が聞けた。
研究員の生存者は一名、浅倉という日本人の博士。しかし、その浅倉本人も昨日、なぜか逃亡したそうだ。そして実験体が”一体”見つかっていない。
昨日の騒ぎはそれだったのか。かなり吉報だ。
もしトラビスが逃げきれていれば、軍や研究所からの捜索対象が分散されていることにもなるし、私が逃亡する際にもこの施設内外が”手薄”になるということでもある。
そしてトラビスだが、ボビーも詳細までは知らなかったが、今のところ捜索対象は浅倉博士とその保護下にあったアルバートという名の実験体だけ、そして他objは”駆除済み”ということだけでも十分だった。
恐らくトラビス親子の焼死体の偽造は成功している可能性が高い。このまま遺伝情報まで破壊されていれば状況的にトラビスたちだと一時的にだが断定するだろう。全体的な事態の収拾になにかと混沌とし手間取りすぎているこの状況では”とりあえずの措置”は軍や警察といった組織では”あるある”だからだ。
さっそく、明日の夜にでも脱走を試みる予定だ。
July 7
我ながら天才的な逃亡劇だった。まぁそんなこんなで忙しく、二日分の記載が抜けてしまった。
しかし、一部の失敗や疲労がまだ抜けていない・・・・・・
詳細はまた後日に
July 10 「escape」
さて、やっと落ち着いたので忘れないうちに一気に書き記す。
当初の予定ではトイレのダクトから脱出するつもりだった。だがボビーがここに配属されていたから、帰国した時に女友達を紹介することを条件に手伝ってもらった。
そもそも、末端の軍人がただ逃げ出したなんてことは戦場ではよくあることだ。だが極秘ではある研究所の護衛と捜索任務だったから、国際指名手配として追われることは追われるだろう。しかしスパイや戦犯でもないのでそこまでは躍起になって探すようなことにはならないと思われる。そもそも逆に向こうが表沙汰にはしたくないだろう。普通に空港や船には乗れない程度、なはず・・・・・・
ボビーの仲間が二名・・・多分、この二人にもガールフレンドを充てがわなければならないだろう二人も手伝ってくれ、外で待機してくれていた。施設内部は普段どおりボビーの見回りの後を着いていけばよかった。当然、監視カメラの死角を通って。
正面玄関や裏口は監視員がいるしカメラの死角もないので二階の窓からロープで降りて、待機してくれている二人のジープに乗って管轄外の場所までそのまま移動。
二人の名前はロジャーとクリス。二人とも従順で素直そうな子だった。
三人とも、本当にありがとう。おかげですごく楽に脱出できた。とびっきりの子を紹介してあげるわ。
そして翌朝、ボビーが朝の食事の配給担当だから、そこで私の脱出が上に報告される。それも、できるだけ時間を稼いだ言い訳をボビーが用意して。
私はその間にとにかく一番近くにあるアメリカかイギリスの大使館か領事館へ行き、一時、身柄を確保してもらいながらも事情を説明できそうな人とコンタクトをしないといけない。私の亡命の手引きとアメリカにいる家族の安全、そしてターゲットであるobj確保の協力も・・・・・・
この手の話、ネタが大好きな政治家やレジスタンスは沢山いる。
気を付けないといけないのは『在日米軍』と繋がりがある組織に捕まらないことだ。私たちが配属されたということは確実に在日米軍は”あっち側”なのは確かである。念のため、アメリカ軍内でもどこまで手が伸びているかが不明なため、祖国の組織系統ではなくて言葉も通じやすい、イギリス領事館へとやってきた。
いま現在はそこの一室の借りて、国防省に通じる外交官の担当者との謁見待ち。その間に日記を書いている。
あの研究と繋がっていたり出資している国、組織はアメリカだけではない。配属されている人種での推測だけど、日本を主軸に東アジアはまずダメなのは明らかだ。そもそも私に知人でもないアジア人の顔の見分けが出来るほど馴染みはないし。ソ連、ドイツは間違いなく手を組んでいる研究開発ミッションだろう。殆どの警備員がその三国の人種だったし。そのほかの警備員や研究員を見ると東ヨーロッパと、その加盟国に付随しているアフリカの各国も繋がっているだろう。なので、消去法でしかないが西ヨーロッパ辺りが無難だとそんな、ただの地理的な確率論での判断よ。
私が『在日米軍』に所属希望を出したのは、父が日本人だったから。
父はこの世界中の冷戦が深刻になる前に日本へ帰国してから、一度も会えていない・・・最後の別れは私が十一歳になった頃ぐらいだったかな。
いまの世は欧米側、資本主義と社会、全体主義、との冷戦ではあるが、現にアメリカが関わっているのは貿易関係で繋がっていることは私でも分かる。このキメラ実験に少しでも出資をし、技術やら兵士やらの恩恵を受けたいのだろう。私たちの派遣はその証明みたいなものだ。なので、どの党かまでは分からないが、アメリカも両手離しで信頼はできない。
最悪は、家族そろってヨーロッパ旅行か・・・南米か。
父親捜しのためにわざわざ志願してきたのに、それどころじゃなくなったわね。
母と息子のドミニクも、保護をお願いできるだろうか・・・・・・
その必要性を主張するためにもトラビスを先に必ず捕まえないといけない。捕獲がダメでも、なんとか組織の一部でも接種しなければ。
July 12
本日、やっとビデオ通話でだが英国外交官を名乗る男性と話ができた。
時間がかかったのは私自身の身分と、指名手配通知がきているかどうかの確認作業だ。
いや、結果的にビデオ通話ならすぐにできたはずでしょうと不満もつい出ちゃったけど・・・・・・
昨日から私は領事館内ではなく近くの安ホテルに泊められている。理由は”指名手配はされていなかった”らしい。なぜだろう・・・・・・
油断させて渡航しようとしたところを捕まることもよくある話よ。そうはいかないわ。
一応、通話で研究所の出来事と実験体objの話、そしてそこから導き出される可能性、私自身の安全性の確保を伝えたけど・・・・・・
私たち軍人へにも任務伝達の内容は
・科学研究所の保護と護衛
・Euclidオブジェクトの捕獲および消去
・緊急時の対処
といった命令だった。表向きに調べたとしても本質的な部分は見えてこないだろう。私たちの中でも『うわさ話』程度としてでしか実験内容は出回ってはいなかった。事実はうわさを大いに超えた内容だったけど・・・・・・
この領事館で、英国側がいくら調べても今はこの程度しか分からないかもしれない。だったら、イギリス人ですらない私の保護や言っていることも信用されない、ってわけか。
かなり危険だけど、アメリカ大使館へ行くべきか・・・・・・
完全に”こっち側”を味方につけるには、やはり『証拠』が必要だ。
このまま、私の証言だけで今の冷戦時に下手に動けばそこを理由に『本戦』が始まりかねない一触触発な状態を考えると、関わるべきではないと判断されそうだ・・・どの国も『第二次世界大戦』の火ぶたを落としたとして、戦犯になりたくない一心だ。第一次でドイツの”ヴェルサイユ条約”を見ているので尚更だろう。
・・・・・・まって・・・最悪を想定するなら
『私が泳がされている?』
・・・物証もなにもないこの状況で、根も葉もない出来事で騒ぎ立て戦争のきっかけとして『利用されている』かもしれない。ならば国際指名手配として包囲網を張っていないのもありえてしまう・・・・・・
・・・考えすぎかな・・・・・・
とにかく、どちらにしても『物的証拠』がいるのは間違いない、か。
仕方がない、一人でもその物証を探し出してやるわ。
July 13
今日はとりあえず領事館が用意してくれたホテルを後にした。
私の話に食いつくような人ならば、昨日中にでもコンタクトがあるはずとの判断よ。それがなかったということは思案しているということだと思う。そうなるとまた結果は五分ごぶ。最悪なケースは、変な摩擦を恐れて穏便に私が”向こう側”へ引き渡されてしまう。そうなるともうおしまい。ならアメリカ側へ進言しても同じ確率だわ。
ちょうど、研究所と周辺の山や森、樹海と言っていい程の森林が広がっているエリアを越えた都市部に、アメリカ大使館がある。トラビスの「野性味」が強く残っているならその樹海周辺に隠れ潜むはずだし、一応、探しながら大使館へ向かおうと思う。
到底、一人でなんて見つけれるはずはない。軍で捜索や追跡訓練を受けていたとしても、こんな広大な土地では足跡を見つけられる可能性は宝くじが当たるほどの確率だろう。
研究所雇用の兵士たちも当然、まだ人海戦術、ローラー作戦で例の日本人を探しているだろう。それに、そろそろ偽装した死体のDNAの接種が出来ていたとすれば、トラビスの捜索にも当たるはず。流石に”人間の方は”なんらかの移動手段でもうとっくに他エリアだろうけど、猿はとうぜん徒歩・・・だよね。ブルーノの奴の行動を考えると、少し恐ろしくもあるけど・・・・・・
・・・いや、まてよ、逆にその状況なら、捜索網を突破できれば研究所内部は手薄だから侵入も容易かも??
まぁ、現場を見ての判断か。
とりあえず、その捜索の網から追われるように逃げているならば、森を抜ける境目でobjが右往左往している場合もあるので、その境目を這うように探してみれば確率は森の前後左右の四分の一で遭遇するかもしれない。
バカみたいな計算だけど、案外、現場ではこんなわずかな可能性の集大成が、生き残りや作戦の突破に不可欠だと隊長がいつも言っていたのよね。
・・・隊長・・・・・・
July 14 「sea of trees」
日本は狭いと思っていたけど、実際はそんなこともないのね。自分の足で歩いてみると、痛感する。当分のあいだ野宿が続きそう・・・・・・
アメリカやほかの海外に比べると、本当に日本の山や自然には色んな植物も実っている。山菜の種類も豊富なのはこのエリアだからだろうか。
途中に農家もあり、申し訳ないが少し頂いた。キレイに実ったピーチとチェリーなど。本当に美味しい。息子のドムにも食べさせてあげたいぐらい。ひと段落したら・・・いや、もし事が上手くいったとしても、もうこの地へは足を踏み入れることは決してないだろうな・・・・・・
気休めだが、この種を持って帰って庭に埋めてみよう。
土壌環境も全く違うのはわかっている。けど、そんな微かな希望がいまの私には必要なの・・・・・・
July 15
一日中歩き、一山超えると、恐らくこの地域はあの一番大きな山が活火山だったようで、実りある森ではなくなってきた。
火山性土壌というやつで火山灰と、あとなんだったか忘れたわ。そんなエリアに入ってきた。
ということは恐らく例の研究所がある『樹海エリア』に突入したことを指す。地図で見るかぎりこの樹海は、東西に約15km、南北に約10kmと広大であり、足を踏み入れた時に調べてみるとあの活火山が噴火しその溶岩の上に何百年、何千年との月日の中で冷えた溶岩の上に、薄く生成された土から栄養を取ってなんとか生えてきた草木が乱雑に生い茂っている状態だ。土のすぐ下はその岩がゴロゴロとしていて地面は凹凸が激しい。土も長年の踏み固まれた蓄積がないので感触は柔らかく、木の根も火山岩が邪魔をして深部まで伸ばせないのであちこちで木が倒れている。多くの岩と木々でとにかく移動がしづらい。
土部分はその柔らかさから、足跡は分かりやすく追跡はしやすい。私自身はできるだけ土の上を歩かないようにしながら、そろそろトラビス捜索の方で本腰を入れなければ。
捜索隊にも見つからないようにしなくてはならない。全身がカモフラージュになるように草をかき集めて編み込んでいき、自家製の迷彩スーツを作った。今はそれに包みながらこれを書いている。
もう夜が更けてきた。ライトの電池を節約しなくては。日と共に活動することになる。節約もあるが、この漆黒の闇に照らされるライトの光は目立ちすぎる。東南アジアへ遠征にいったときを・・・・・・
July 15 「SUICIDE FOREST」
昨日はこの日記を書いているとき、足音が聞こえた。ずっと息を殺しながら闇に乗じて様子を伺っていた。かなり焦ったわ。
ずっと数十メートル先の周辺をウロウロしていて、そいつはなかなか離れなかった。捜索隊ならば、そんなに一か所に留まることはしないはず。トラビスたちかとも思った。そんなラッキーなことある?と飛び出しそうになったが、そんなわけがないとすぐ冷静になった。
翌朝になって、下足痕(足跡)を確認してからその後を追えばいいだけだし、まだハッキリとしない状態で無理な判断で墓穴を掘るわけにはいかない。
足跡の見分けとしては靴を履いていなければトラビスの可能性が高い。裸足でこんなところでウロウロする変質者がいるのだったら分からないけどね。トラビスが子供を抱っこしていなくて二つの足跡があれば確信的だ。
そんな期待を一応に込めながら、足音と気配がしなくなりかなりの時間を待ってから、私は少し眠りについた。
そして、気が付いたらもう外は明るんでいた。静かに周辺を確認しながら例の迷彩スーツを被せた、身が埋まる程度に掘った穴から出て足音がしていた方向へと向かった。
直ぐに人影が見えたので私は木の影へと身を隠した。様子をずっと見ていたがその人影は全く動かなかった。まさに仁王立ちをキメていて、五分か十分ぐらい銃口を向けながら睨んでいた。木や草が邪魔だったので迂回しながら、直線で視認が可能な場所で再度スコープを覗くと、風貌の確認ができた。服装は軍などの戦闘服である迷彩柄ではなく、一般社会人が着るスーツ姿の男性だった。日本人だと思われるがKIMONO(着物)ではない。
一般人に目撃されるのも良くはない。だが、観察して思案しているこの間も男はその場所からまったく動かなかったので気になった。
もう少し、背後から近づいてみた。すると少しゆらゆらと揺れているのに気が付いた。風で揺れている、そんな感じだったので対象の足元にスコープをやると、地面から数十センチ浮いていた。足元の下にはなにかの雑誌か本が数冊、散らばっている。
警戒を解いてその自殺体まで行き、きっと宗派なんてのも違うだろうけど、十字を切り祈ってあげた。これから荷物を拝借させていただくのだもの。
首元に太めのロープが食い込み、顔は赤紫色で目はうっ血し見開いていた。目玉と舌が飛び出す、なんてのを聞いたことがあったが、そんなことはなかった。眼球は上へとひっくり返り”どす赤黒く”濁った白目が今でも脳裏に浮かぶ・・・嫌なものを見たが、色々と物資を調達ができて感謝もしている。
散らばられた雑誌本たちを積み上げ、死体のポケットを物色した。すると車のキーがあったのが大収穫だった。財布の中には僅かだが日本円の現金。これもどこかで使えると思った。カード類と免許証はそのままにしてポケットに戻してあげた。誰かが発見したときに身元が早くわかる方がいいと思ったからだ。
もう一つの大収穫としてはスマートフォンを手に入れれたことだ。充電は殆どなかったが、外部への連絡も、GPSも、電波が入る場所で使えるのはかなり現状では助かる。”今のうち”に顔認証や指紋認証でロック解除し、言語設定を英語にしておいた。
スーツの内ポケットには便箋が一通。日本語は子供の頃に父から教わり少しは話せるが、文字を、特に漢字をなんでも読めるほど勉強はしていなかったし大半は忘れている。なので読めはしなかったが、多分「遺書」だろうと直感した。
それは・・・心境の半分は、誰かに、遺族にしっかりと届けてあげようという意思も間違いなくあった。あとの半分は、この場所周辺で偶発的に一般人、現地の人に遭遇してしまったときのことを考えてだった。軍人が任務中、自殺体を発見しこの手紙を届けたいと思ったと言えば、現地人とその死体の捜索に紛れてトラビスの捜索を”手伝わせれるかも”と・・・もちろん、事実を言ってではない。私以外が”偶然”見つければ騒ぎにはなるだろう。広範囲な私の目の代わりだ。その後は明らかに外国人で軍人である私が指揮をとる形へと安易になるだろう。一応、武器も持っているし。
状況が変な方向になったとしても、死体の捜索中などに簡単に撒いて逃げることもできる。そんな算段もあってだから、私はまったくの善人でも何でもない。
私が潜んでいた場所から、この男の気配を感じ始めた方向を推測し、この男の足跡を反対に追っていくと、すぐにPCリュックを発見した。凡そあの男のだろう。ノートパソコンをリュックサックに入れて運べる、耐衝撃機能が付いたバックだ。
中には運よくノートPCと飲みかけのペットボトルに入ったブラックコーヒー。そしてONIGIRI(おにぎり)という日本のモバイルフードが入っていた。コーヒーは利尿作用が強く、下手に呑むと逆に脱水状態になりかねないので今は飲めないが、でもこれでまた三日は問題なく活動ができるのでそのときは喜んだ。
私はそのPCリュックごと頂いた。通常なら武器と非常食以外は重量的にも無駄なのだが、この先に車があることを見越した。カーナビ付きなら尚更ありがたいしシガーソケットにスマホの充電が可能になっていれば、すぐアメリカで息子の面倒を見てくれている母に連絡ができることを優先したかった。領事館などからの通常一般電話では確実に傍受される。この”拾った”回線、もしくはこのアカウントのSkypeなどからなら間違いなくマークなんてされていない。
車の捜索の道中、空腹だった私は日本のおにぎりを食べながら進んだ。ビニールの包みを剥がしてかぶりついた。冷たいお米なのにフワッとした歯ざわりに先ずは感動した。空腹は最大の調味料と言うが、それを差し引いても美味しかった。日本人はみんなこういったものを食べているのかと少し関心もしたと同時に、なんだか懐かしい気もする。小さい時、父に食べさせてもらっているのかもしれない・・・・・・
中心部に具材が入っていて、何かの魚の身にマヨソースを和えたもので、お米と海苔との相性が抜群にいいと感じた。欧米人は海苔を消化できず、下してしまうと聞いたこともあるが、そんなことはどうでもいいという思いで食べつくした。私の中の日本人の血が懐かしんだかのように、脳も覚醒した。
数十分ほど進んだところで、グレーの乗用車を見つけた。車の頭が少し草むらに突っ込んでいる。その後ろ側には舗装されていない林道、というべきか山道というべきか、車輪に踏みしだかれ道の真ん中に草を残してできた”車の獣道”が通っていた。
草をかき分けなんとか車に乗りこみ、車内を探るがスマホの充電器は無かった。残念だ。カーナビもないシンプルなATの車だった。充電が後3%しかないので節電のために|TRON《トロン》の地図アプリを一度だけ開いてすぐに閉じ、現在地を確認して大まかな方向などを把握した。ガソリンも残量が少なく、どこまで使えるか分からなかったが今の優先順位は家族の安全だ。車をバックで戻し、不安定でどこに続いているのかすら不明な車の獣道へと進行方向を取り、静かに走らせた。
地図に無い道をずっと進み民家を求めた。道中、一応にトラビスを探しながら研究所側の兵士に警戒し、ガソリンが無くなるまでゆっくりと走らせていくと、また車が乗り捨てられていた白のワゴン車を発見した。
車を停めてM4カービンにSuppressorを装着し、周辺を警戒しながら車内を外から覗いた。中には誰もいない。各扉からの足跡を調べるが、ほとんど消えているため、天候にもよるが数日から数か月前に乗り捨てられていることになる。
念のために周辺を探ることにした。またなにか”獲得”できるかもしれないという不謹慎な理由からよ。旋回しながら探ってみると、すぐに少し焼け焦げた臭いがしてきた。嗅覚に集中させながら臭いの元へと向かう。
どんどんと焦げ臭さの中に異臭も混じってきた。その瞬間にもすでに嫌な予感はしたわ。そしてその予感は的中。臭いの元へと到着した私は、少しだけ開けた森林の空間のような場所の中心部で真っ黒な物体を見下ろしていた。
『焼身自殺』だった。地面も、土まで燃えつくした焦げが少し離れた場所に辿るようにもう一つ。恐らくそこにはガソリンを入れたタンクか何かが投げ捨てられていたのだろう。そこまで炎が走り今の痕跡を残している。
ここで私は悟った。配属後に聞いた話だったがこの辺一帯の森は例の『自殺の名所』になっているのだと。アメリカでは自宅などでの銃自殺が多いので、なぜわざわざこんなところまでやってくるのかと不思議に思った。なにかを家族や世間にバレずに死にたいという理由があるのかとも考えた。・・・だったら、さっきの絞自殺をした彼の身分証明書を残したことは逆に悪いことをしたのかもしれないとも思ったが、そんなことを気にしている場合でもないのですぐに車の元へと引き返した。
とりあえずこのワゴン車は焼身した人の物だと仮定し、車内を物色した。特にこれと言った物もなく、食料も無かった。ただ灯油などを移すSiphon Pump(灯油ポンプ)がトランクにあったので感謝と歓喜した。
しかしワゴンもガソリンはあまり入っていなかった。四分の一程度だったが、無いよりはましだ。ワゴン車は大きく高さもあるので乗り換えるのではなく、最初に拾った絞自殺者の普通車へとそのポンプを使いガソリンを入れ替えた。
ゆっくりと車をすすめながら、定期的に停車し周辺の足跡を探っていった。この辺が”いわくつきの場所”であるならば、なおさら人がそんな簡単に踏み入れるような場所ではないはず。トラビスと捜索隊の足跡があればすぐに対応ができそうだった。
その後はほかの乗り捨てられた乗り物を見ることもなく、たまたま自殺者の二名と出会ったのかと思い始めてきた。また再度、周辺を探ってみようと思い停車した。ここら辺で夕暮れ時が迫ってきていたので、周辺の安全を確保し寝床を確保する必要もあったからだ。
急いで母へ連絡をしたい気持ちで寝ずに移動もしたかったが、その感情を必死に押し殺した。夜間の移動はそもそも危険だし、車のヘッドライトの明かりは何十メートルも遠くからでも先に見つかってしまう危険しかない。
車を停めた場所を中心にしてまた旋回し、まだ空が明るいうちに足跡などのなんらかの痕跡を探した。
すると、所どころに印のようなマークがされているのに気が付いた。点々と自然にはない色のテープが、赤やピンク、青と木の枝に括られている。少し辿っていくと、道案内するかのようにFilm Tape(スズランテープ)がずっと奥へと続いていた。確実に誰か人間が意図して記しているかのように。
まさか、研究所へとすでに近づいてしまっていたのかと不安と焦りで、スマホのマップを確認してみた。しかしGPSはもう読み込みができなくなっていた。樹海の深くへと来ていて電波が基地局からこの辺はきていなかったのだ。
体感ではそんなに移動しているとは流石に考えられないので、不安ではあるが自分に大丈夫と言い聞かせる。不安と心配にさせているのは、私も知らなかった何らかの施設、見張りをする展望台でもあるのかもしれないと考えたから。
でも、逆に危険ではあるし規模にもよるが、見張り台があるなら電気を通している可能性もあるとも考えた。電線を引っ張ってきていないとしても、小規模のバッテリーか自家発電設備を置いているかもしれない。
そこには希望と危険が伴う展望が見える。
いったん戻り草木で車を隠し、念のため今日も穴を掘ってその中で眠ることにした。昼のうちにもっと近づいてから、明日の夜にでも忍び込もう。
今はそんなプランでいる。
July 16 「abandoned village」
いま私はこれを潜入する前に書いている。現在は夕方、時刻は18時になろうとしているところだ。
朝一から昨日、一番最初に見つけたスズランテープを辿ってみた。ちなみにその周辺には新しいといえる足跡などの痕跡は殆どなく、このテープを張ったであろう人物も頻繁に使うルートではなかったようだった。
ずっと辿って進むと、車を停めた場所から数十メートル先の同じ”土系舗装道”に出てきた。その道中に落ちていた物といえば
・ウサギのぬいぐるみ
・ドラム缶が二個
・様々な骨(人間の大腿骨らしきものもあった)
・ボロボロになった靴や鞄
そんなものばかり。懐中電灯もあり、電池が使えないかと思ったが腐食と錆だらけだった。
次に別にあった色の違うテープを追うと、道中、衣服や寝袋、空き缶などが散乱してあったりしていた。誰かが野営していたのか、キャンプでもしていたのか、そのような形跡があった。
そしてその先の終点では、木から垂れ下がったままの標識ロープ(別名トラロープ)が、先端は首を通せるように丸く結ばれている状態で見つかった。
他のどのルートも、その終点らしき地点で遺体や、白骨死体ですらみつかってはいない。が、この二つ目のコースは明らかに自殺の残骸だと思われる痕跡だ。やはり自殺の名所のような樹海なんだと確信めいたものをこれで感じた。
しかし、ではロープだけで死体がないということは、誰かが見つけて処理をしているということにもなる。この近くに間違いなく複数の人間が集まっている組織的な何かがある。
テープをたどるのを止めて、獣道を背にして真っすぐ進んでみることにした。車で堂々と、軍の迷彩戦闘服を着た人物が民間の村へ入るのは目立ちすぎる。それにあの絞自殺の男がその村の住民だったとしたら、その車に乗ってきているだけで異常性と疑いが増す。
あと、万が一こんな末端な場所で見張りだけの任務で配属されているのならば、研究所お抱えの警備兵や傭兵の可能性は低い。我々のような”敵ではないアピール国家”の軍に任せたいはずだ。そうすればわざわざ研究内容の説明もいらないし”密告”の心配もない。その場合はこの戦闘服の方が違和感もなく遠目では仲間として普通に入り込める。
もしなにもなければ、めちゃくちゃ嫌だけどさっき落ちていた服に着替えて村が十中八九あるだろうさっきの道をさらに進み、遭難者のふりをして一時的に匿ってもらうしかない。
母への連絡もしたいが、トラビスの捜索もしたい。だからできれば見張り台、監視塔のような施設があったほうがありがたかった。充電のための電源だけではなく、無線や監視システムが充実した設備もあれば、軍の連絡網の情報が見れるかもしれない。
そして、この拾ったノートPCに直接インターフェイスしてアプリケーションやデータをインストールすれば、私はいつでもどこでも軍の機密にアクセスができことになる。
配属が私たちのようなアメリカ兵なら、おおよそアクセスコードもパスワードも付箋でPCモニターに張っつけたままだろうしね。
・・・・・・って、そんな期待をしてここまで来たのだけど、私の予想の斜め上をいく事態になったのよ。
すごくサビれたというか、田舎の村というには建物はほとんど廃墟のようにボロボロになっている集落を見つけた。誰もいないだろうと思っていたが、何人かの村人を目撃した。
最初みたときは白衣をきた研究員かと思い焦ったけど、よくみると日本のお寺とかの写真で見たことがある聖職者が着ているような”白装束”を、私が見かけた村人はみんな着ている。なんとも言えないが、異様な雰囲気を感じてここに到着後はずっとこの村を見張っていた。
どう見ても監視塔ではないが、研究所か軍の野営地か、親族を住まわせているという可能性もある。
・・・だからってこんな廃村みたいなところは流石にないと思うけど。
・・・一時的な野営地ならありえるが、あの服装はあり得ない。
とにかく、なんとも私には判断が難しかった。なので、夜のあいだにこっそりと侵入し、充電と食料とかの何か役立ちそうなものだけを頂くことにした。
・・・・・・さて、そろそろ暗くなってきた。
村人が全員、寝静まっているだろう時間に動き出そうと思う。
万が一のことを考えて、この日記をここに残す。もし見つけた人がいたならば、出来ればアメリカ大使館かどこか、この国以外のところまでこの日記を持って行って下さい。これだけだと物証はないけれど、信じられなくても一つの可能性として、捜査のメスが入るきっかけになればと思う。
非人道的な研究実験をしている団体がいます。この日記の前半を読んでくれているなら分かるはず。その団体は国家ぐるみであり、西も東も関係なく関わっている。神の摂理に反しています。人種や国などは関係なく、人として、やってはいけないことがあります。あなたの個人的な感情などではなく、正しい心だけに従ってみてください。
あなたに、そして世界に、神のご加護があらんことを・・・・・・
〇月 〇日
○○○○年
所 長 Ilya Ivanov 殿
報告者 Gordon G. Gallup
捜索報告書
記
目的 浅倉 祥子容疑者の身柄確保or消去
期間 捕獲、消去の完了
結果 現在進行形
詳細・経緯
⑴浅倉 祥子主任の逃亡
近藤教授との取り調べ、及び推測を交え本件の第一容疑者としての捜索を開始。
⑵近藤 紀子 分析科長の真偽
近藤教授の報告書を参照要。本件の容疑は『白』
⑶逃亡した実験体
浅倉主任が研究していた実験体。個体名:アルバート
近藤教授と逃走経路、状況によるプロファイル結果報告。
浅倉主任の逃走原因や経緯の推察
近藤教授の報告書でも記載はあるだろうが、私なりの見解を添えて報告したいと思う。前回の報告書の補足も交えているため、振りかえりながら追って記述する。
⑴ 実験体の逃亡の主犯は浅倉
近藤教授の推察ではあるが、コントロール制御の破壊は捜索隊の不手際により停電。その騒ぎに便乗して浅倉が動いた可能性があるとのこと。
ミシェル隊員の見解ではブルーノと名付けられた実験体が各部屋に行き、檻の錠を開けていったと報告にあるが、浅倉と、浅倉が管理していた実験体の仕業ではないかと思われる。
その根拠となる一つが映像データだ。
モスマンが暴れ出すシーンの背後に、ブルーノとは毛色が違う姿が一瞬だが映る。これが浅倉が飼っていた実験体「アルバート」ではないかと。
三体の実験体がそれぞれ秘密裏に育てられていた。
・大野教授:イヴ(消去済み)
・エヴァ博士:カブラ(確保済み)
・浅倉主任:アルバート(逃走中)
そしてもう一つの根拠は、浅倉が主に過ごしていた一階特別研究室に残されていた残骸にブロンドヘアーのウィッグが燃え残っていた。
これは、捜索隊のヘッドセットカメラに写り込んでいたブロンドの女研究員に酷似していると近藤は言う。単為生殖した実験体の捜索中、一人の研究員が部屋の外、階段部で発見された。その際に檻の鍵を持ち出していたら・・・との推測だ。
いま現在、そのウイッグについた皮脂、もしくは付着している人の毛髪からDNAで検証中。浅倉のDNAデータは研究過程でも検出済みのため作業は容易である。状況証拠と現状、逃亡を図っている時点でも黒だと思われるため、DNA鑑定は浅倉捕獲後の物的証拠としてもらいたい。
⑵ 近藤教授
近藤教授は捜査に協力的だ。浅倉の逃亡を誰よりも先に、しかも迅速に気づき現在も積極的に捜索隊の指揮すら執っている。
浅倉の精神分析や状況分析などにより、状況証拠を明示し現在に至る。この初速が遅ければ我々は致命的なほどに取り返しがつかない状況だったことは明白である。
現在も浅倉の捜索には目と鼻の先にいる痕跡を追っている状態だ。数日遅ければ容疑者はとっくに海外だっただろう。
少し気になる点は、近藤の杞憂は他にあるようだ。そこは近藤の報告書を見てもらいたい。そちらの意味でも近藤は必死に浅倉を追っている理由となる。
結論から言えば近藤 紀子分析長の疑惑、捜査の必要性は無しと言い切れる材料が揃っている。
⑶ 実験体
浅倉が逃亡時、カメラに写っていた様子から考えるに『特定の実験体とは”手話”で会話が可能だった』と思われる。信じられない事態だが、冷静に考えるにありえないわけではない。キメラ実験体以前に、猿やチンパンジー、ゴリラですら欲しい物、エサの要求に”訓練なし”でハンドサインを出したりするのは犬や猫でも当たり前である。知能レベルが上がっていくに意思疎通が可能になっている。そう考えてもいいと言える。
これは近藤の懸念点の一つでもある。
ある意味ではこの実験の成功へと繋がる状況でもあり、全総力を挙げてこの「アルバート」という実験体の確保に注力するべきであり、確保済みの「カブラ」の今後の使い方も再検証が必要でもある。
そしてどの程度の実験体がこのような「意思疎通」が出来ていたかという視点も本件の事件の検証に必要とも言える。捜索対象であるアルバートのみが手話でのコミュニケーションが可能だったのか。それとも消去済みの実験体たちもどの程度も会話が可能だったのか。その点では浅倉にしか今は知る由がない状況は、浅倉の消去ではなく確保の必要性も問いたいとも思う。
そしてもう一つの可能性は、我々人間とのコミュニケーションとして手話が妥当だったとして
『実験体同士の会話は可能だったのか』
この点も今後の実験及び本件の見直すべきポイントとなり得るだろう。
私たちが途中で実験の中止を進言した意味と意義が、ここにあります。
今回のように、実験体が徒党を組み暴れ出していくとなると、現状のセキュリティーレベルでは対応が不可能である。それが顕著に表れた結果だと私は結論付ける。
いずれは今現在、我々の認識である「動物実験」という視点から変更が必要であると、この意見には私と近藤教授とも意見が一致している。あらゆる基準値を見直さないと、兵器に取り込まれる。ミイラ取りがミイラとなる。
引き続き浅倉のアルバートの捜索へ尽力する。追って報告い致す。
〇月 〇日
○○○○年
所 長 Ilya Ivanov 殿
記述者 近藤 紀子
報告書 兼 要望書
記
実験体objクラスEuclidから「Keter」への引き上げ
・保護、捕獲、収容という観点から、今後はKeterへの格上げが妥当。
理由としましては、実験体と親密な研究員とのコミュニケーションが可能な状態にまで改良されている、進化しているために個別個体としての対処ではなく生態系、種族としての考慮が今後、研究を進めるにあたり必要とされる。
浅倉主任との会話でも見られる『五歳前後』の知能という供述。
各実験体がそれぞれ成熟期が違えど、まだ未熟児状態だと仮定するならば現状データでの目測ではなく十歳前後まで知能が成長すると見なすべきである。
・浅倉主任と実験体X-3(アルバート)とは『手話』という手法でコミュニケーションが可能だったと推測。
浅倉が失踪直後、カメラに移された手話でのメッセージ。これは向けられた対象は不明だが、X-3への合図だと仮定します。
単語レベルの会話だと思われるが、その進化は予測不明。
精神や意識
・精神分析科の設立もしくは専門医の配属。
ブルーノという個体名の実験体が私怨にて拷問や復讐を行っていたように、自我が強く左右している。モスマンとアルマスの行動心理はどうだったのかが不明だが、ブルーノには明らかな怒りや恨み、激情といった感情に支配されていた。トラビスも、恐怖、不安、ストレスに過剰反応している。それらは人間でいう所の思春期にも近い反応であると分析します。研究所という閉鎖的な環境では、人間に近くなった部分の抑制には困難をきたす。
・トランスポンダー(埋め込み式IDチップ)の開発
スティモシーバーでの制御開発が進まない以上、今回のような事件の再発が起きない保証はない。
浅倉主任が研究報告書にて提唱しているように、過去の実験失敗の多くはヒトとの精神状態にどれだけ類似するかにもよるが、同じ研究状況下では上手くいっても『精神退行』及び幼児退行が考えられます。
第三世代のイヴ、アルバート、カブラにはどのような進化、もしくは傾向があるのか。明らかにイヴには愛情という感情が支配し、その対象が大野教授しか存在していなかったことに起因する。
カブラはまた異質な経緯での生誕であるので厳重注意が必要ではあるが、この精神面でのことも考慮しても損はしないのではないか。
繁殖、生殖の対象
同種という認識の欠如。
遺伝子操作の範囲が不明な時点で各実験体には『同種』という概念が無かった。
モスマンや各イレギュラー体の繁殖方法が複雑化したことにより繁殖の多様性が必然として進化している。
食料の飢餓が続くと生物としてどんどん『雑食』として環境に適応していくように、適正な生殖相手がいない状態での繁殖力が生物としての『矛盾』が突然変異として現れた。
実験体X-2カブラの誕生の経緯がその矛盾を示唆している。
その後、考えられるのが爆発的な
『性の雑食化』
ヒトが飼い慣らしてきた動物や植物のなかで、多くの生物としての「退化」を果たしてきた種が多くいます。
イヌやネコは周知でありますが、稲や麦は実や種を広範囲に飛ばすことはおろか穂に留まったままヒトに狩られるのを待つようにヒトと共に「進化」を遂げてきた。
『蚕』は糸の生成として飼われ、成虫でも足の爪が退化し枝に捕まらず、羽が退化し飛べず、口が退化し食事も必要なくなったほどです。この長きに渡る実験と各実験体も進化と退化の『返還期』に到達したと思われる。
クローン生成としての繁殖を我々ヒトが誘い、生殖器などの必要性が失われつつある状態ですが、ウサギ、ヒト、ネズミといった遺伝的に繁殖力が高いかけ合わせ、CHIMERA化があらゆる『矛盾』を生んできています。
なので種族が生物としての安定がなされるまで、爆発的な性の雑食化が始まり、その後にその中での種がさまざまに淘汰され、安定した生物が定着します。
そう考える根拠が、浅倉主任の供述にあった
『ホカホカ』
学術的にもスキンシップのようなニュアンスではあるが、その対象が人間も含まれていた点に注意して欲しい。
イヴと大野教授のパターンはまた異質だったかもしれないが、モスマンの分裂体が多くの研究員へ向けられていた『ホカホカ』がその危険性を示唆しているともいえる。
自然界でもその対象が、類人猿だけでなくキリンやダチョウといった多くの動物が性別の区別なく性行為を行うケースは多々あり、異種交配までに至ることも自然界にはあります。研究所内ではヒト以外の他種がいなかったが、逃げ出したアルバートがどこでどのように過ごしていくかが懸念点であります。
カブラの”それ”も未知数なために、厳重警戒が必要だと思われる。
総評
①研究内容の全貌は浅倉主任の頭の中・・・・・・
②研究を続けるとしても大々的な見直しが必要・・・・・・
③実験体の野放しは内外共にKeter級へとなり得る・・・・・・
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?