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「社内恋愛探偵」① (たぶん8分で読める)

<あらすじ/企画> (1話約4000文字)
”社内で恋するってリスクしかない、だから楽しいんだよね”
主人公の「いちえ」は、某企業で働く平凡なOL。しかし、彼女には特別な才能があった。それは、職場で繰り広げられるさまざまな恋愛関係を見抜き、推理する力。彼女の鋭い観察眼と洞察力は、同僚たちの恋愛模様を次々と暴き出し、いつしか彼女は「社内恋愛探偵」として密かに知られるようになる。

同僚が、同僚でなくなってしまう瞬間が一番たのしいのに。

社会人になると誰もが壁をつくる。同じ会社の人を好きになると後々面倒、社内だと別れたら気まずい。大学時代あれだけ同じサークルやゼミで付き合っておいて、社会人になると誰もが同じコミュニティ内の恋愛となるとリスクだと逃げる。

 だから社内恋愛は燃える。熱い。“同僚”という高く分厚い壁を突き崩す、あの高揚感。それまで、ただの後輩だったのが、ある時を境にちょっと気になる“後輩くん”に昇格してしまうアクシデント。他の人がいない執務室では、なぜかタメ口じゃなくなる上司と部下。重なるはずのない、平日の連続有給が見つかる社内カレンダー。そう、社内恋愛は私たちの身近で、知らない間に確実に育まれている。

 実は、最近、社内恋愛は会社の上役にも注目されている。社内の誰と誰が付き合っていて、そして別れているのか、本当は把握したいらしい。表向きは、社員同士の恋模様なんて本人同士の自由だ、という姿勢を会社は取っている。しかし、全くどうでもよくない。例えば、同じプロジェクトに以前付き合っていた同僚同士をメンバーに加える“地雷編成”をした暁には、そのプロジェクトは終わったも同然。逆にこれが付き合っている者同士だったとしても、お互い何もかも知っているからなのか、会議中にこじれにこじれたりする。

 他にも問題はたくさんあるのだが、会社としても円滑にプロジェクトを進めるためには、誰が誰と付き合っているのかを一応、把握しておきたいというのが本音だ。でも、上役は恋愛毎には鈍感だ。社員同士のコミュニケーションの微妙な変化なんて絶対に気づけない。ましてや、社内で付き合おうなんて猛者は、皆潜伏恋愛のプロだ。え?そこと、そこ!?という、まさかの組み合わせなんてザラだ。まぁ、そこが面白いところなんだけど。

 では、どうする?見破るにはプロがいる。数多の恋愛経験から、ちょっとした会話の違和感や、社内での振る舞いの変化を察知する。社内中の噂のすべてを把握し、誰と、誰が付き合っているのかを推理で突き止める。それが私、社内恋愛探偵。

「恋歴」

 わたしの名前は、いちえ。社内では「いちさん」もしくは「いち」って呼ばれている。年齢はべつに語る必要もないので割愛。社会人歴はだいたい十二から十三年目ってところ。入社以来、いろんな男といろいろあった。いい恋愛も、悪い恋愛も、両方経験してきた。そのおかげで、洞察力も磨かれた。表面上はいい人そうに見えても、実は裏では悪どいことを平気やっている、クズ男を、今では簡単に見破ることができる。くやしいかな、二十代のときに、この洞察力があれば、わたしはきっと別の人生を歩んでいたと思う。でも、それは難しいよね。人は騙されて成長するのだから。

 今のわたしの洞察力の糧となった過去のことをさらりと振り返ってみる。
恋歴
 入社一年目・・・まさき。入社式でとなりに座っていた冴えない男。でも、グループワーク中に手を机の下で手を握って来る積極的な男でもあった。当時はそういうの好きだったんだよね。
 
 入社三年目・・・はやと。2個上の先輩。口癖は「そういうとこあるよね」だった。私よりもギャンブルだ好きだった。デートは動物が見たいと言った私を競馬場につれていった。すぐにお金がなくなるから、よく貸していた。

 入社六年目・・・しゅうへい。三つ下の後輩で、あどけない、あざとい子だった。ホワイトデーに発掘チョコという、チョコをつるはしで崩していくと、恐竜の形をしたホワイトチョコが見つかると言う不思議な体験を提供してくれた。斬新すぎて別れた。
 
 入社八年目・・・けいすけ。一番好きだった。内緒で同棲していて、夜食でみそらーめんか、しおらーめんかどちらにするのか揉めてた。それが、楽しかった。わたしは本気で結婚を考えてた。でもしなかった。なんでかなぁ。いま元気かな、けいすけ。
 
 他にもあるんだけど。けいすけのこと考えたら、なんか昔のこと思い出したくなくなっててしまった。わたしにもいろいろある。別れた後にわかることってほんとにある。やっぱりすきだったなぁ、けいすけのこと。
 
 わたしの恋歴は、という感じである。そんな私は今、経理課で働いている。むかしは、営業だったんだけど、これもまぁ、いろいろあって経理課になったんだよね。みんな言わないけど季節の変わり目でもないのに、出向があったり、異動があったりするのは、だいたい、“そういうこと”だよね。わたしも、そういうことです。

「領収書の真実」

 経理に異動してから、だいだい二年くらいたつ。表向きは、月末に社員から提出される領主書に対して、経費で落とすかどうか、判断してさばいていく仕事。でも、領収書には秘密がたくさん隠されている。一番わかりやすいのは、宿泊先の領収書だね。うちは割と大手の商社だから、営業課のひとは全国にクライアントを抱えていたり、地方でプロジェクトを進めていたりする。だから、出張することじたい日常茶飯事、当然、どこかに宿泊することは当たり前だし、何の問題もない。でも、提出される領収書の中には不自然なものがたくさん存在する。

 例えば、手書きで「シングル」と記載されている領収書は、血のついたナイフぐらい、決定的にあやしい。まず、シングルとなぜ手書きで書かなければいけないのか?そんなものは金額を見ればわかるし、一人で出張するなら、シングルで泊まるのは当たり前だ。誰もが経験しているわかりやすい例に例えると、「今日どこいくの?」って聞いてもないのに、彼氏が「あー、今日は“男3人”の飲み会かぁ〜」って男をやけに強調して出かけるのと同じようなものだ。絶対に黒。オフホワイトでも、グレーでもなく、漆黒の深淵。
 
 しかも、手書きでシングルと記載された領収書はだいたい、金額がおかしすぎる。シングルなのに四万八千円。高すぎんだろ。どんな良いホテル泊まってんだ。ビジネスホテルの相場を軽く超えている。そんなホテルは、まず客に手書きでシングルなんて書かせない。これは確実にダブルで泊まっていますね。ダブルで泊まること事体は、黒というわけではない。例えば泊まりたかったホテルの部屋がダブルしか空いてない、というやむを得ない状況はある。じゃぁ、なんでダブルのホテルではなく、シングルと書いているのか?残念なことにこれで、誤魔化せると思っている男はいまだに多い。

 こういう時は、この領収書を提出した社員のカレンダーを追ってみる。すると、宿泊日の日付に山口に出張していることがわかる。見かけ上は一人で出張している。やれやら、これで社内恋愛探偵の目を誤魔化しているつもりなんだろうか。わたしの目は騙せない。次に、全社員の中から領収書を提出した日付に出張、外回り、あるいは有給を申請している社員をカレンダーで探す。すると、この日、一日中外回りをしている女性社員が見つかった。カレンダーには注釈で、終日連絡がつきにくいです!と記載してある。ふーん。しかも、1日中外回りをしているにも関わらず、移動交通費の申請がない。あらあら、どういうことかしら。この時点で、わたしのニヤニヤは止まらない。私の経験上これは、申請を忘れているのではなく、申請を出せない、のではないかと推測する。移動費を申請してしまえば、金額から移動した距離なんてだいたいわかる。つまり、バレる。
 
 さてさて、ここまでくれば後は、証拠を掴むだけ。こういうときは該当する怪しい社員に確認の連絡はとらない。なぜなら、怪しまれていることがわかった人は証拠を隠滅してしまうから。「すみません、今、思い出したらダブルの部屋でしたわ。書き直します。」と男性社員に、“まじか”という言い訳をされて終わり。わたしたち経理は、仕事を持ってくる営業に強く出られない。だから、深く詮索できないのだ。こうして、領収書で完全犯罪をする輩をわたしは何人も見てきた。
 
 だから証拠を持ってから、営業に確認を取る必要がある。どうするのか?電話をしてみる、男性社員の宿泊先に。ただし、会社の経理として電話をかけるのではない。宿泊先にはこう話してみる。

「あ、すみません○月○日に、三三五室に泊まったものなんですが、メイク道具を忘れてしまって…。預かっていませんでしょうか?」すると宿泊先からこう返って来た、

「あ、○○様のお連れの方でよろしいでしょうか?はい、ただいま確認いたします」

 チェックメイト。ね?こういうことです。この通話はもちろん録音済みである。男性社員にとって、経理にわたしがいるのは誤算でしかない。これが社内恋愛探偵の仕事の一つだ。領収書ひとつの違和感で、すべてが明るみに出る。他の社員は騙せても、わたしを騙すのは無理だね。
 
 わたしは、こういった情報を経理課の上長には共有しない。こういう情報はもっと、上に共有する決まりになっている。

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