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東京都同情塔。傑作。

九段理江さんの小説で、芥川賞の一冊。

結論から言えば、傑作。2024年の今、目を通すべき作品である。

ザハの国立競技場が完成し、寛容論が浸透したもう一つの日本で、新しい刑務所「シンパシータワートーキョー」が建てられることに。犯罪者に寛容になれない建築家・牧名は、仕事と信条の乖離に苦悩しながら、パワフルに未来を追求する。ゆるふわな言葉と実のない正義の関係を豊かなフロウで暴く、生成AI時代の預言の書。

公式HP

今作は評価するとき、

  • AIを使って書かれた

  • 筆者がHIPHOP好きでタイトルも韻を踏んでる。

あたりの評価がよく言われるのかな。たぶん。
私は同小説を「AI始まりの時代における言葉の小説」と考えています。だいそれた表現だけど、「言葉が自動で生まれる時代に『言葉』の定義を改めて考える小説」とも言えるかな。


言葉が意味を生む。

言霊。言葉には魂が宿る。これは何も霊的な話ではなく、言葉がモノを定義づけるってこと。
よく言われるけど、昔は「うつ病」なんて言葉なかったでしょ?あったかもしれないけど、一般的じゃなかった。
だけど、「うつ病」が一般的になってから、自分も…って思う人が増えた。
いい悪いじゃなくて、これは事実。

ダウンタウンの松本さんが自分はSかMかなんての話して、SとMが一般化して。自分自信はSでもMでもないのに、どっちかに属さなきゃいけない気がしたり。

言葉が浸透することで人の意識や考え方が変わるってことはよくある話。

この辺は、古今東西、いろんなジャンルで言われているので、詳しくは割愛します。

AIが作る言葉と身体を離れた言葉

どちらも本書のテーマであると思う。そして、どちらも2024年に考えるべきテーマでもある。

AIが作る言葉

Chatgptの出現により分かりやく、明確な議題となった。Xやらnoteでも盛んにこの話はされてますね。宮台真司的に言えば言葉の自動生成機がガチで自動になったみたいな。

「AIは己に向き合えない」
「無傷で言葉を盗む」
とAIに対し言及しており、さらに

「質問すれば何でも答えが返ってくると思っているところがAIネイティブの嫌いなところ。私はAIじゃない」

というセリフがあります。

人と人のコミュニケーションで「なんでも答えてくれる人」を人はどう感じますか?
もちろん池上彰的な先生タイプもいるでしょう。
私は何でも的確に答えてくれる人には対しては
詐欺師」「うさんくさい」って思いますね。

この前、本当にchatgptみたいな職場の人がいて、その人と会話してたら「じゃあ、今のをchatgptに聞いてみよう」ってなって。
打ち込んだらマジで上司と同じような答えが返ってきて笑っちゃった。
なんでも答えてくれるんだけど、己に向き合ってないし、無傷で他の人の言葉を盗むんだ彼は。
同じ職場の人でもテレビでもネットでも本でもNewsPicksでも。言葉を盗んで使っちゃうから軽く見られちゃう。

たぶん、皆さんの職場にもいると思う。
自身の体験ではなく、本やネットの言葉で話す人が。chatgptはそれによく似ている。

AIとはなにか。AIが生む言葉には何が宿るのか。
を考えるには意味のあるパンチラインだと思う。

身体を離れた言葉

個人的にはこれが今作の肝な気がしてます。

すげー今更だけど、本作の「東京都同情塔」は犯罪者を閉じ込める収容施設です。
犯罪者は犯罪を犯したくて犯したわけじゃない。むしろ環境に問題がある。罪に問う存在ではなく、かわいそうで守ってあげるべき存在だ。だから、自由な空間で彼らを過ごさせるべきだ。

で、東京都同情塔が出来たわけです。


その中の施設で、特に上層部に図書館を作るくだりがあるんですよ。言葉を忘れないようにって。

これがツボでして。

犯罪うんぬんとはあまり関係ないし、作者もそういうつもりで書いてないと思うんですけど。

言葉が自動生成される世界の塔で、地面(身体の比喩)を離れれば離れる言葉をなくしていく。そこに図書館がある。
つまり、言葉の世界だけが残る。

Twitter、Xって今、これですよね。

顔も見えないインフルエンサーが呟いた言葉があまりにも巨大な影響力を持ってしまう。
しかし、そこには身体もなく、AIではないという確証もない。
言葉だけの世界。

東京都同情塔の世界はいずれ言葉だけの世界になっていく。
Xもそうでしょう。言葉だけの世界。

「いやいや、言葉だけだけどそんな大げさな…」
って思う人もいると思うけど。

あなたの働いている環境。職場。Xの市場規模とどっちが大きいですか?
たぶん、Xより大きな市場規模で働いている人ってほぼいないですよね?
資本主義社会で、市場規模の大きなXこそが現実、、、って考えるのはおかしいことですか?


AIは言葉だけの世界を作ります。神のような振る舞いで。

私達は抗うべきなのか、従うべきなのか。
壮大になっちゃったけど、考えなきゃいけないですね。

私は人がAIに勝つ、っていうか抗うのはさっきも出た「答えられない」ってことじゃないかと思ってて。
全てに答えられない、わからない、さらには判断がブレる、あとから変わる。
その曖昧さが人間を形作る気がします。

言葉は極限まで自由です。

「オロナミンCが木を食べます」

意味わからない。でも言葉のルールだけで言えばこれは成立する。
でも我々には身体があるからこの分を許せない。

言葉の自由さを制限してしまう身体こそがAIではない人間が生む言葉になる気がします。

最後に簡単な書評。

本書はテーマ設定があり、そこから自問自答するような本です。
非常に面白いが、このテーマをストーリーに落とし込んでいるわけではありません。なので、哲学書に近い気がします。
面白いストーリー、奇想天外、起承転結を求めているなら向かないかも。
同じような作家だと村田沙耶香さんとかに近いのかな。
村田さんはもっとはっきりストーリーがあるけど。

というこで、おすすめですが、もっとストーリを楽しみたい!どんでん返しがほしい!みたいな人にはおすすめしないです。
芥川賞作品にそんなの求めてないと思いますが、、、


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