吉美駿一郎

祖父は商売上手でしたが「男は小金を持つと浮気するから」と儲けを寺に寄付していたそうです。第1・2回ブンゲイファイトクラブ本選出場。第2回かぐやSFコンテスト大賞受賞。視聴覚文芸部。文体の舵をとってます。 メールアドレス:shun.yoshimi728@gmail.com

吉美駿一郎

祖父は商売上手でしたが「男は小金を持つと浮気するから」と儲けを寺に寄付していたそうです。第1・2回ブンゲイファイトクラブ本選出場。第2回かぐやSFコンテスト大賞受賞。視聴覚文芸部。文体の舵をとってます。 メールアドレス:shun.yoshimi728@gmail.com

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    ブーツを食べた男と冷たい人魚(朗読版)

      • 「ベリーショート」

         私が氷のように冷えた足先を握っている間、言語郎は枕の話ばかりした。  その日は朝から曇っていて、私が家を出るのを見計らったように雪がちらつき始めた。傘を持って出なかったのを後悔しながらフードをかぶり、砂砂糖をかけたようなアスファルトを歩いた。市民文化センターにつくころには本格的に降り始め、強い風にあおられた雪が舞い上がり、前が見えないほどだった。稽古場に向かったのは、ホン読みが大事だったのではなく、引き返すよりも進んだほうが屋根のある場所に近かったからだ。肩の雪を払いながら

        • 千年のモルフォ蝶

           傘をさすべきかどうか迷うような雨だった。  通りを上から眺めても、傘をさす人もいれば手ぶらで歩く人もいて判断がつかない。僕は窓を閉め、着替えをすませると、折り畳みの傘をバックパックに突っこんで部屋を出た。早朝の空気が心地よかった。曇り空のした、路面は濡れて穏やかに光っている。走り出した。身体を動かしていないと、余計なことを考えそうになる。千年が悪いんだ。足を動かしながら思う。あいつが僕の頼みを聞いてくれたりしなければ良かったのに。  千年刑(ゆきとし・けい)は僕に富山がガラ

          • 幽霊の視点

            「死にたみ温泉」の感想を書きます。読んでないかたは読んでからお願いします。 希死念慮について否定しないので、苦手なかたは回れ右。 さて、書きます。 弟が死んだ現場に行ったことが一度ある。 十五階から下を眺めると、眩暈がした。こんなところから、と思うような高さからアスファルトの駐車場をのぞきこんで、記憶に焼きつけた。 寝る前にはそこから飛び降りたらどんな気持ちになるのか想像した。弟の気持ちを知りたかった。眠りに落ちる寸前、成功しそうなこともあったが、夢の中でさえ、地面に激

            無知のヴェール

            BFC4参加作品である、「鉱夫とカナリア」について書きます。 ネタバレしますので、先に作品を読んでから目を通していただけると幸いです。 読みました? 原稿用紙6枚ですからすぐですよ。読んでくださいね。 さてと、読みましたね。では始めます。 なぜ「私」の隣には誰も座らず、先生が座ったのだろう。 ぼくは「私」がまだうまく英語を話せないからだろうと解釈しました。それにはいくつか理由がある。パネルを見ている「私」に秀才のマーシャが内容を説明してくれる。〈彼女はまだ私が英文をうま

            あまり好きではない作品について書くのは気が進まない

            冬乃くじ 「サトゥルヌスの子ら」についての感想を書きます。 まず文章について。 ブンゲイファイトクラブは小説ファイトクラブではないので、滞りなく読めるとか、意味が理解できるなどという点はそれほど重要ではない。 大事なのは詩的な跳躍があるかどうか。例えば、「口笛」という言葉の隣に「惑星」という言葉が並ぶと、そこには詩的な距離が生まれる。西崎憲による「世界小説化計画」という講座で、ぼくはそれを学んだ。言葉でも、文章でもいいのだけれど、並ぶものが連想的でなく、原因と結果ではなく、

            でも

             十五階と映像、どちらを先にしますかとたずねると、高田信明は十五階を選んだ。エレベーターの中ではずっと監視カメラを見ていた。もみあげのあたりにちらほらと白いものが交じっていて、さすがに洋一とよく似ている。信明の十年後の姿が、あの映像だったみたいだと思ったところでエレベーターが止まった。降りてすぐ、寒さと共に白いものが吹き付けてきて目を細める。上着のジッパーを引き上げて廊下に出た。  左手すぐに非常階段のドアが見える。胸までの高さのコンクリート壁が手すりの役割を果たしていて、右

            自己紹介が苦手

             理解できないと判断するには、それについて未来永劫わかるはずがないのだと知覚せねばならない。それはつまり、ある種の理解を得たことになる。時間的な経緯があったとしても全体像は把握できない、という種類の理解を。 「つまり、兄さんが試合を見に行くとインディゴソックスが勝つって言ってる?」  兄はうなずく。まっすぐにこちらを見つめている。微塵もぶれない視線だった。目があうのは久しぶりだなと思うと、急に現実が夢の中の夢のように、あやふやになった気がした。砕け散る波をずっと見ていると、自

            短歌その1

            いくつか短歌を書いたので記録に残しておきます。ほぼ書いた順です。 コロナ病棟に行くのは赤紙とどいた兵隊の気持ちに似て あなたは時にマスクを外してひとことふたこと話しかけてくれる 職場で顔をあわせるだけなのになぜ恋ににた気持ちになるのか 靴下の中にサンタクロースがいて私をつまみ袋に入れる 空を飛ぶ船があらわれ淹れたての紅茶を置いて甲板に出る 「月に行く道はファミマの奥にある」君はそう言い消えてしまった 燃え盛る火の海に棲む魚から空の飛びかた教えてもらう

            「おれは、のろけ話なら永遠にできる男だ」をネットから下げました。

            イグBFCで応援いただき、ありがとうございました。 これ書いたの彼女に内緒だったんですが、読んでもらいました。めっちゃ怒られた。しかし、「あたしが愛してるっていうと嬉しいの」と質問された。そういえば、そこは伝えてなかったなと思って、もちろん嬉しいよと答えると、ふうんと言われましたよ。えへへ。 彼女に、今後は作品にするなら名前を変えるなどして、作品らしくするという約束をしました。とりあえず、イグの作品は負けたので、下げます。もっとしょうもない話になると思ってたんですが、書い

             子供のころの話です。長崎県の対馬に住んでいました。近所には廃墟となったアパートがあり、どの部屋も窓が割れていました。炭鉱労働者が住んでいたらしいのですが、当時はそんなことは知りません。ぼくの目にうつっていたのは探検にうってつけの場所です。割れたガラスや汚れた服などを踏みながら二階に上り、壊れたドアから中に入ると、大きな穴があったんです。そこに足を滑らせ飛びこむと、ぼくは大人になっていて、今日とまったく同じ一日を過ごしてから元に戻りました。 ※これは、西崎憲さんが主宰する、

            「アザラシの子どもは生まれてから三日間へその緒をつけたまま泳ぐ」ができるまで

            アザラシ(略)ができるまでを書きます。 まずは彼女と散歩しながら「未来の色彩」について話していたんですよね。面白いテーマであるけれど、どうやって書いたらいいのかわからないって。すると彼女が色鉛筆はどうかという。色鉛筆は、今は肌色ではなく薄橙になったという。そこから、見た人が自分の肌と同じ色に感じる色鉛筆が開発されたらどうなるか、それなら平等だしSFじゃないかと彼女が言い、面白そうだと思った。たぶんその色鉛筆はアイデンティティ・ポリティクスの否定に一役買いそうで、そこまで書け

            かぐやSF最終作の全感想

            〈重要 これは作者発表の前に書いたもので、作者当ては間違ってます。ご了承ください。まさか、こんなに外れるとは……〉 ということで、かぐやSF最終作の全感想を書きます。 「昔、道路は黒かった」 これ、めっちゃ印象的でしたね。異彩を放っていたといってもいい。  まずタイトルと、最初の一行目の遠さがいい。「昔、道路は黒かった」、の次に、「戸川さんにはこっちじゃない」ときたら、何なにって興味を惹かれてしまう。道路からも、黒からも連想しない一行目って、うまいなと思うんです。  一般

            心が大事だって?

             私が育った劇団の俳優は、等身大の役をただ演じることにも、自分と違う人物をただ演じることにも、興味がありませんでした。彼らはね、自分より大きな役を演じたがったのよ。(中略)オイディプス王を演じるためには、偉大な俳優でなければならない。そう要求された時代がありました。三十年か四十年前まではハムレットであれウィリー・ローマンであれ、役の世界に見合う力量、度量、世界観――今後それらを総称して「サイズ」と呼びます――が必要とされました。サイズが足りない俳優はダメなの。 「作品を演じ

            魔術師の韓紅(からくれない)

             ディスプレイに何の表示もないのを確かめ、恭子はつめていた息を吐いた。携帯端末をテーブルに置く。連絡がないのはいいことだ。ホラー映画なら静けさの後に惨劇がくるものだけど。想像であわだった二の腕をさすりながら部屋を見回した。白い壁紙のこざっぱりしたリビングだ。テーブルの上に春先のやわらかい光がさしている。本棚には画材セットが立てかけられ、木炭と絵具がかすかに匂った。半ば以上がバツ印で埋まったカレンダーから目をそらすと、玄関チャイムが鳴った。心臓をおさえつけ玄関ドアから外をのぞい

            天秤

             フェリーのアナウンスが流れたとき、ぼくは半ば夢の中にいた。セノーテでダイビングをしていた。水に沈んだ鍾乳洞。淡水と海水の境目。冷たい水と、斜めに差す光のカーテン。水中に広がった黒髪。翻るドルフィンの尾。ウェットスーツとタンクを脱ぎ捨てた解放感。特別なぼくと、年月を経て作られた白骨の山。  田辺聖子の『小倉百人一首』に指を挟んだまま眠っていたようだ。栞を挟んで本を閉じた。オレンジや水色のプラスチック椅子が並んだデッキにはぼくしかいない。潮風を浴びながら気分が浮き立つのを感じ