「ベントラ、ボール、ベントラ」のネタバレ感想

「ベントラ、ボール、ベントラ」のネタバレ感想を書きます。
読んでない人は今すぐに読んできましょう。4000文字の小説なので、あっという間に読めちゃいますよ。

ベントラ、ボール、ベントラ | VG+ (バゴプラ) (virtualgorillaplus.com)

ということで、読んできましたね?
ではネタバレ感想を書きます。
この作品、最初に「こりゃただ者ではないな」と感じたのは、タイトルです。
「ベントラ、ボール、ベントラ」ってタイトルは、かなり目を惹きました。タイトルだけでいうのならば、「城南小学校運動会午後の部『マルチバース借り物競走』」と一二を争いますね。タイマンでどっちが強いか、色んな人に聞いてみたいレベル。
先に書いておきますと、この作品は、最終候補作中、ラストが一番、どの作品よりも好みでした。大好き。こういうラストを読みたかった。

この作品、最初に読んだときはめちゃくちゃファンタジーっぽい読み心地がしたんですよ。
でも二回目に読んでいくと、ぜんぜんファンタジーじゃない。めっちゃリアルじゃんってなる。ファンタジーみたいだと思ったのはおそらく、こういう文章による影響でしょうね。

ヒジリマルの家の犬だった。六時のチャイムが鳴った瞬間に、ボールである犬を持っていたタムタムが勝者だ。

「ベントラ、ボール、ベントラ」より

ボールである犬ってなんだ、と思うじゃないですか。でも二度目に読むとそれがドッチボールのルールが変質していって、その果てにボールは指定したものがボールになるという知識を得ているので、違って見える。ファンタジーとしか思えなかったものが、リアルな文章になる。異化効果を経験した挙句に、それが逆転するというか、笑っちゃうような読書体験になっている。
そもそも、未来のスポーツというテーマで、今読者の(ぼくのことね)知っているスポーツを取り扱いつつ、そのルールがあり得ないくらい変化しているというの、かなりレアなパターンだと思うんです。すごい発想で、これはなかなか思いつかない。

しかしこれ、再読時にまったく顔が違う人と話しているみたいな感じがしてきますね、すごいな。

大体ボールがバレるのはそのような理由によるものだった。

「ベントラ、ボール、ベントラ」より

二度目だと、しっかり意味が通じる文章になっているし、奇妙でもなんでもなく感じる。これはぼくが小説に調律されてしまったからなのか。ちょっと驚いています(リアルタイム実況)。

これは初読のときにも感じていたんですが、この作者、とても長い文章を書いて状況説明をするかと思うと、「拡散とデマの派生は混乱を呼ぶ」みたいなぴたっと決まった短文も挟んできて、読んでいること自体に快楽を感じるような文章を書いてて、それが魅力になっていますね。

しかし、「ドッジボール」という単語の登場するまでの引っ張り具合と来たら、最高かよ。これは本当によく考え抜かれているなあ。この作品、最初に読んだ時よりも、二度目に読んだときのほうが三倍くらい面白いですね(何度も言う)。
カリヨン広場て大阪にあるんだ、というのも二回目に知りました。最初はファンタジーみたいな印象だったので、そういう架空の場所なんだろうなと決めつけていたんですね。でも、二度目にはリアルな文章だと思えたので、検索していた。

奪取と窃盗に育まれた情念が内野たちのスポーツマンシップになっていった。

「ベントラ、ボール、ベントラ」より

こういう文章が、さらっと入ってくるの、すごくいいです。

徴兵とか疎開道路などという言葉がちらほら見えて、何かが提示されそうで、全体像がつかめないまま、すぱっと終わる。
素晴らしい作品だと思います。ぼくは、これ、児童文学っぽい感じもするので、作者は糸川乃衣さんかなと予測しています。

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