「月面ジャンプ」のネタバレ感想

「月面ジャンプ」のネタバレ感想を書きます。
読んでない人は今すぐに読んできましょう。4000文字の小説なので、あっという間に読めちゃいますよ。

月面ジャンプ | VG+ (バゴプラ) (virtualgorillaplus.com)

ということで、読んできましたね?
ではネタバレ感想を書きます。
この作品、最初に「こりゃただ者ではないな」と感じたのは、

垣根の向こう側からはおじいさんの「核廃絶なんかしなければ、地球なんか簡単に二、三回は壊せていたのになあ……」と嘆く低いつぶやき声が聞こえてきた。

「月面ジャンプ」より

というところで、それまでのどこかほのぼのとしていたムードから一変してしまって、しかも急にスケールが大きくなっていて、ぼくは心をガッチリつかまれてしまいました。
直前に交わされた「あと一センチ、どうしても目標まで届かないんだよ」「足りない分の一センチは、ぼくが余分に飛んでおきますよ」という会話が謎めいていることもあって、なにやら尋常ではない話がこの先にあるんだなと予感させてくれる。
物語の早い段階で、ギャップ効果を利用しつつ、作品のムードを決定づけるのが抜群に巧いですよね。

で、『ウサギさん』とか「ぴょんぴょん」で和ませておいて、急に来るんだよね「オリンピック」が。

「にいに、オリンピック楽しみだねえ。今夜、みんなで一緒に飛ぶんだよねえ」
「もちろん」とぼくは重々しく言った。「オリンピックってのは参加することに意義があるんだから、ひとり残らず全員が参加しなくっちゃ意味がないだろう?」

「月面ジャンプ」より

ラストまで読むと、ここに嘘がまったくないのがわかって清々しいです。何も隠そうとはしていない。ただ、読者が(ぼくですね)文脈が読めてなくて、何を言っているのかわからない。でも、文脈が読めてないときって、「文脈が読めてない」ということそのものは理解できるんですよね。自分には今は必要な情報がまだ足りないために、この二人の会話が理解できないのだ、という「欠け」は自覚できるので、それにぴったりあうピースを探し求めたくなる。
と思って先を読んでいくと、こっからがんがん情報が開示されていく。
ただし、効果的に小出しにされているので、うまーく先へ先へと誘導されてしまう。
謎がどんどん大きくなっていくというべきか。

なにせ今年のオリンピックが、正式種目は月面ジャンプのみと発表されてからというもの、この星からはそれ以外のスポーツが姿を消してしまっているのだ。スポーツといえば月面ジャンプしか知らない妹がぼくは不憫だった。

「月面ジャンプ」より

なんなんだ、ってなるわけですよ、ここで。兄の情はわかる。それはとても不憫だ。でも、どうしてそんなことになった。なぜ、そんな状況が生まれたんだ、という肝心かなめな情報はまだ伏せられている。
ここまでくると、もう、にくいですよね、うん。
ここの会話とかもね、最後まで読んでから再読すると、うわ、にくいなってなってしまう。

「ねえ、にいに、もし地球上の人がいっぺんにジャンプしたら地球がこわれるって本当?」と妹がぼくをじっと見て言った。ぼくは笑った。
「まさか、そんなのはただのガセネタだよ。物理的にありえない。地球の内側には硬い岩石でできた分厚い地殻っていうのがあるんだ。世界中の人が一斉にジャンプしたぐらいじゃ、びくともしないんだよ」

「月面ジャンプ」より

ロッシュ限界、地球が金メダルのようにぴかぴかになっている描写など、科学的に考察された情報がさらに小出しにされる。ロッシュ限界が、最初に言葉だけを、次に詳しい説明を加えて提示されるところも、親切でいいなと思います。
主人公の正体が明かされますが、これはおそらく書きたいことのメインではなくて、「生まれ変わり」という言葉が仮死状態で宇宙を彷徨ってから、意識を取り戻すことを指している、その気が遠くなるような旅の時間こそが、描きたいことの本丸なのかなと思いました。
科学的な基礎を元にして、人間の想像力の限界を超えてジャンプすること。
それが作者の狙いなのかなと。
そして、それは見事に成功していると、ぼくは思います。

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