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#明治時代

【短編小説】大日本帝国憲法公布、とあるその日その後

【短編小説】大日本帝国憲法公布、とあるその日その後

「明治22年2月11日の憲法公布日。私が尋常小学校の五年生のときでした。忘れもしませんよ。あの日は前夜から大雪で、朝目を覚ますと一面の銀世界だったのを覚えています。父は下界を洗う清めの雪だなんて喜んでいました。いや、忘れないというのは雪のことじゃありません。目の前で見た悲惨な死亡事故のことです。国民総出で千古不磨の大典を祝す中、尊い命が犠牲になる痛ましい事故が起きました。場所は丸の内通りから和田倉

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【短編小説】日本政府脱管届を出した男

【短編小説】日本政府脱管届を出した男

古びた文机に頬杖をつき、しばらく考え込んでいた宮川慎平は、ふと顔を母のほうへ向けて「で、母さんはどう思いますか?」と尋ねた。
慎平からみて右横に座る母は、少女のような無垢な瞳をまっすぐ息子に向けたまま、「母さんがどう思うかってことですか? それを聞いてどうするんです?」と、逆に問い返した。

「別にどうするもないのですが……私としては、この度の行動に強い決意と覚悟をもって臨むつもりなんです」
「だ

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短編小説「決闘書生」

短編小説「決闘書生」

義助(ぎすけ)は口を開け、目を大きく見ひらいて、眼前に座る友人を凝視した。
開け放たれた窓から、通りで遊ぶ子どものはしゃぐ声が聞こえる。それに交じり、風鈴の涼やかな音色が鳴る。
今し方、下宿部屋にやってきた高等学校の同級である源造は、信じがたい事実を義助に告げた。
「冗談じゃない。そんなことがあってたまるか!」
義助は怒りにまかせて否定するが、表情は動揺を隠せないでいる。
「冗談でも何でもない。明

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【短編小説】落ちて流れて(明治時代:スリ師に落ちぶれた元武士の話)

【短編小説】落ちて流れて(明治時代:スリ師に落ちぶれた元武士の話)

与五郎の細い目は、周囲の客と同様、舞台上の洋装に身を固めた男の手先に向いている。

ただひとつ違うのは、客たちがその手先から繰り出される華麗な手妻に感嘆の声をもらしているのに対し、与五郎の表情はいかにも無感動で、声ひとつ上げず、腕を組んだまま石のように動かないことだった。

与五郎の左横には、丹後縮緬の小袖に身を包んだ若い娘が座っている。着物には桔梗の花をかたどった小竹藩の家紋が入っている。その身

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